ソルジャー部門との合同ミッションが終わって数日経った。
クラウドはそれまでと変わることなく、業務をこなし寮に帰って寝るだけの日々を送っていた。
ミッションの疲れはまだ多少残っているが、この日は日中本社内の警備をするだけの比較的楽な仕事だったので、問題なくこなせた。
昼時となり、クラウドはパンと牛乳の入った袋を片手に昼食の時間に利用している場所へと向かう。以前は社食を利用していたが、昼時にも絡んでくる面倒な輩がいる為、今はほとんど利用しなくなった。屋外の人気がないベンチスペースが食事を取るお決まりの場所になっていた。
ビルの陰になっているせいで日当たりは最悪だ。しかしそのおかげで人通りがほとんどないのでクラウドが会社にいる時に心を休ませることの出来る唯一の場所だった。
なぜ自分はここにいるのだろう。
もうソルジャーにはなれないのに。
適性試験の結果が出てから、クラウドはここにいる理由を考え続けていた。
英雄セフィロスに憧れてソルジャーになることを夢見て単身ミッドガルへやって来た。その目的が叶わないとわかった以上、神羅に居続ける理由などない。
かと言って故郷へ帰ったところで一体何になるのだろう。
地元での人間関係は良好とは言い難い。特に同世代の連中との仲は最悪だ。友人と呼べる者は誰もいない。故郷に残してきた母親を安心させることは出来るだろうが、無為に日々を過ごすことになるのは目に見えていた。
だからこうして惰性のごとくここで働いているが、どこにも居場所はない。
生きていること自体の意味が見出せなくなりつつあった。
底無し沼のごとく深く淀んだ思考に頭を支配されながらクラウドがモソモソとパンを食べていると、突然誰かから声を掛けられた。
「よ!ミッション以来だな」
顔を上げると、そこにはザックスが立っていた。突然の訪問者にドキリとしたが、それを悟られるまいとクラウドは気のない返事をした。
「…ああ、どうも」
一瞬目を合わせたが、クラウドはすぐさま視線を逸らした。日陰の中に在ってもザックスは太陽のように輝かんばかりのオーラを放っていた。それがクラウドには居心地が悪いほどまぶしかった。
ザックスがなぜここに…。
ここは社内の人間がほとんど寄りつかない場所だ。だからこそここを利用していたのに、よりによってザックスが現れた。まさか今日に限って場所を間違えただろうかとクラウドはちらりと周囲に目を走らせる。
ザックスは動揺するクラウドの横にどかっと腰を下ろした。
「一緒に昼させてくれよ」
「はあ…」
「いつもここで食べてるのか?」
自分の秘密の領域を侵されたような子供じみた思考から、クラウドは少し不機嫌な面持ちで頷いた。
何の目的でここに来たのだろう。
クラウドが疑心暗鬼になっていると、ザックスはそれに応えるように言った。
「いつもは社食行ってるんだけど、今日時間ずらして行ったらちょっと混んじゃっててさ。たまには外で食うのもいいかなーと思って食べる場所探してたんだ」
ただの気まぐれらしい。
それならばこんな薄暗い場所になど来なければいいのに。日当たりのいい、昼を取るのにうってつけの場所はいくらでもある。あんたみたいな人間にここは似つかわしくないだろう。
思わずそんなことを口走りそうになり、クラウドは食べていたパンと共に言葉を飲み込んだ。
「この間はありがとうな」
「え?」
何の前触れもなく礼を告げられ、クラウドは明後日の方に向けていた視線をザックスの方へ移した。やっと関心を示してくれたのがうれしかったのか、ザックスは顔を崩して笑いかけた。
「ほら、ミッションの時に援護射撃してくれただろ?」
「…別にあれくらい」
もしかしてその礼を言う為に昼時に自分を探してここに来たのだろうか。だとしたらバカがつくくらいお人好しだ。しかし治安維持部門においても好印象を持たれ、兵士たちに慕われているのはこういう性格だからなのだろう。卑屈な自分とはまるで違う。
クラウドの思考はまた深みに落ちて行った。
食事中、ザックスから何気ない話を振られるが、話の内容などほとんど頭に入って来ず、ただ時間が過ぎるのを待った。
もし、まだ適性試験を受けていなかったなら。憧れであるソルジャーと偶然居合わせ、食事を共にし、ミッションでの活躍を褒められる。その上ソルジャーの中でも出世頭と謳われているザックスとだ。この状況を素直に喜べたかもしれない。
だが、憧憬に値する存在も今となっては嫉妬の対象でしかない。
「じゃあそろそろ行くよ。またな」
十分くらいで昼食を食べ終え、ザックスはその場から離れて行った。
誰かに一緒にいるところを見られていなかったか気になり、クラウドは周りを見回した。
見られでもしたら、この前の車中のようにまた誰かに因縁をつけられるかもしれない。今日は幸い誰にも見られていなかったようだが、もう関わらないで欲しい。一緒に居てもみじめになるだけだ。
そんなクラウドの気持ちがザックスに伝わることはなく、更に接触するようになっていった。