次の日、ザックスは同僚からの昼食の誘いを断り、再び屋外へ出た。
昨日とは反対方向をブラつくが、やはり見当たらない。三十分ほど歩いて、今日も収穫なしかと諦めて一人で食べようと思い始めたところ、ビルの陰になっている場所へたどり着いた。
屋外で食事を取るにしてもここでは気が滅入ると違う場所へ足を運ぼうとして気付いた。一つだけあるベンチに誰かが座っていることに。
特徴的な頭髪だから遠くからでもわかる。あれはクラウドだ。まるで人目を避けるようにして食事をしている。いつもこんなところで昼をしているのだろうか。
人と接することに臆しないザックスでも声を掛けづらい何かを感じ取った。しかしせっかく見つけられたのにこのまま素通りしては意味がない。ザックスは少し考えてから偶然を装って近付くことにした。
「よ!ミッション以来だな」
「…ああ、どうも」
ザックスが通りすがりに声を掛けてきただけですぐ去ると思ったのか、クラウドは軽く会釈をすると視線を逸らした。しかしザックスはその横に腰を下ろすと再び話しかけた。
「一緒に昼させてくれよ」
「はあ…」
「いつもここで食べてるのか?」
クラウドは無言で頷く。
一体何をしに来たのか。クラウドは自分の縄張りに入ってきた者を警戒する猫のようにザックスの方をチラチラと見やる。
早速怪しまれている。ザックスは慌ててここに来た理由を適当にでっち上げた。
「いつもは社食行ってるんだけど、今日時間ずらして行ったらちょっと混んじゃっててさ。たまには外で食うのもいいかなーと思って食べる場所探してたんだ」
ザックスが取り繕うようにそう言うが、クラウドは興味ないとばかりに横を向いたまま牛乳パックのストローを吸う。
偶然ではないと見抜かれているのだろうか。下手なウソをつけばもっと警戒されてしまうかもしれない。ザックスは話題を変えることにした。
「この間はありがとうな」
「え?」
突然お礼の言葉告げられ、クラウドはザックスの方に顔を向けた。やっとこちらを向いてくれたとザックスは破顔した。
こうして向き合うのは車の中で初めて顔を合わせて以来だ。その端正な顔立ちにザックスは再び目を奪われた。
車中で初めて会った時は青白い具合の悪そうな表情をしていたが、今は血色もよく、一瞬見せた驚いた顔が年相応の少年らしくかわいらしかった。
「ほら、ミッションの時に援護してくれただろ?」
「…別にあれくらい」
やはりあれはクラウドだった。己の嗅覚のよさにザックスは少しばかり感心する。
やっと顔を合わせてくれたこと、そしてクラウドが援護してくれたことがわかり、ザックスは浮足立った様子で持って来たパンを齧りつつ話しかける。が、有頂天になっているザックスとは逆にクラウドは気のない返事を返すばかりで話があまり盛り上がらない。
こんなところで食事をするくらいだ。一人で静かに食事をするのが好きなのだろうとザックスも察した。十分ほど居座ったところで、ザックスはベンチから立った。
「じゃあそろそろ行くよ。またな」
ザックスが後ろを振り返りながら軽く手を振るが、クラウドの反応は素っ気ないものだった。
話してみてわかったのは口下手で人付き合いがあまり得意ではなさそうということ。あと人見知りも激しそうだ。自分とまるで正反対の人間だとすぐにわかった。
しかし人間不思議なもので、ザックスはその正反対なところが逆に気になり、あの鉄面皮を破ってみたいという気持ちに駆られた。
こちらを向いた時に見せたような、素のクラウドを知りたい。
うれしい時はどんな顔をするのだろう。拗ねた顔はどんな風だろうか。冷淡な印象を受けるが、からかわれて恥ずかしがったりするのだろうか。その時の顔を見てみたい。
ザックスの中に際限なく欲求が湧き起こってくる。
最初はゲームを攻略するような、そんな軽い気持ちから始まった。
* * *
「今日の合同訓練一緒だったんだな」
ソルジャー部門と治安維持部門の合同訓練が終わってすぐ、ザックスはクラウドの元へ近寄った。マスクを外して片付けをしていたので、どこにいるかはすぐにわかった。
「どうも…」
と一言挨拶するとクラウドはまた片付けを再開した。話しかけないで欲しいと言わんばかりのオーラを醸していたがザックスは構わず話しかける。
「片付け手伝おうか」
「…いいです。すぐ終わりますから」
取り付く島もない。
ザックスは片付けが終わった頃を見計らって再びクラウドに話しかけた。
「なあ。今度一緒にメシ食いに行かないか?」
「え?」
「この間のミッションのお礼させてくれよ。うまい店あるんだ。な?」
我ながら随分強引だと思いながらも、クラウドからOKをもらえるまでザックスはしつこく誘いかけた。それとなく断る言葉を告げ続けていたが、ついに根負けしたクラウドが首を縦に振った。
「…わかりました」
気乗りしてなさそうだったが、ザックスにとってはどうでもよかった。二人で出かけるきっかけさえ掴めればどうとでもなる。これまでの経験からそう確信していた。
「じゃあ決まり。…そういえばアドレス聞いてなかったよな。教えてくれよ」
ザックスの申し出にクラウドは躊躇う素振りを見せたが制服のポケットから業務用携帯を取り出した。
理由を付けて断られるかもしれないと思っていたのでザックスは上機嫌でアドレス交換をした。
「じゃあ後でメールするからな」
今日の目的はアドレス交換をすることだった。思いの外簡単に達成出来たので、このままいけば案外早く打ち解けられるかもしれない。
ザックスが機嫌良く訓練場の外廊下でメールを打っていると物騒な会話が聞こえてきた。
「ストライフ…てめえ今度はザックスさんに媚び売ってんのか?」
「お前みたいなのが側に寄れるような人じゃねーんだよ」
どういうわけか、自分のせいでクラウドが絡まれているようだとわかり、ザックスは壁伝いに身体を寄せて様子を探る。
何を言われてもクラウドは顔を伏せたまま無言で貫き通した。それが癪に障ったのか、一般兵は更に声を荒げる。
「お前、何とか言えよっ」
絡んでる一般兵がクラウドの胸倉を掴まえる姿が目に入り、すぐさまその場へ躍り出た。ザックスはさも今来たばかりにクラウドに向かって大声で呼びかけた。
「おーい、クラウド」
「!?」
クラウドに絡んでいた一般兵はその声に驚いてパッと手を離すと、ザックスの方に振り返った。
「さっきメール送ったからな」
「はい」
短く返事をするとクラウドは反対方向へ去って行った。
それを見届けてからザックスは気まずそうに顔を見合わせている二人の一般兵の元へ歩み寄って肩に腕を回した。
「なあ。あいつに絡むなよ」
「…す、すみません」
「同僚だろ?仲良くやろうぜ」
「はい…」
ザックスはバツの悪そうな顔をする一般兵の背中を軽く叩くとクラウドが去った方向と逆の方へ足を向けた。
クラウドがいつも陰を引きずった表情をしている理由がザックスにも何となくわかった。ああやって何でもないことで突っかかってくる輩がいるのだろう。
だから自分と…他人との接触を極端に嫌っているのかもしれない。
「まずったな…」
そこまで考えて去り際にあの二人に声をかけたのは失敗だったかもしれないと後悔した。きっとあれを理由にまた絡まれるのだろう。
下らないやっかみで嫌な思いをしているのなら、何とかしてやりたい。あの暗い表情をもっと明るくしてやりたい。笑った顔を見てみたい。
クラウドを覆う氷の壁を取り除くには一体どうしたらいいのだろう。
あの分厚そうな壁を壊すのは一筋縄ではいかないだろうとザックスは苦笑した。