粉雪
  




第八話 空しい帰還       side:Cloud



 合同ミッションの内容を目にした時に危惧した通り、クラウドは移動の途中で体調を崩した。
 何の因果かザックスに介抱され、クラウドはソルジャー用の輸送車に連れて行かれた。一般兵が乗っている輸送車とは名ばかりのトラックとちがって、中は広々としている。窮屈な思いをすることなくゆっくり身体を休めることが出来た。
 休憩後は酔いもそれほどひどくなくなり、目的地到着時には問題なくミッションに参加出来るくらいに体調は戻っていた。
 だがこんな特別扱いをされれば、やっかむ人間は当然出てくる。ザックスの気遣いをそのまま受け止めることはクラウドには出来なく、逆に余計なことをしないで欲しいとさえ思った。


 モンスターの発生ポイントまでは徒歩での行軍だった。クラウドは後方集団の真ん中あたりを歩いていた。遥か前方に長い黒髪の男が見える。ザックスだ。
 先だって表彰されたことを受けて副隊長に選ばれたのだろう。このミッションを成功させればザックスの評価はまた更に上がるはずだ。
 ソルジャーとして順調に階段を昇るザックスの姿は夢を閉ざされたばかりのクラウドには眩しすぎた。
 行軍中、クラウドはなるべくザックスの姿を目に入れないように視線を下に向けた。



 * * *



 一時間ほど歩いたところで問題の場所に着いた。一般兵はザックスの指示の元、攻撃を開始する。
 クラウドはサブマシンガンで弾幕を張りながらザックスの方を見やる。バスターソードを繰りながら自陣に向かってくるモンスターを斬り伏せていた。
 それはクラウドにとって理想のソルジャーの姿だった。自分がソルジャーだったら…そう妄想していた姿がそのままそこにあった。
 羨ましく、そして妬ましかった。
 暗く淀んだ思考は後方に戻って来たザックスの姿を見た瞬間に消え失せた。
 ザックスは負傷した兵士の元へ向かうと、襲いかかろうとしていたモンスターに一太刀浴びせた。しかし完全に仕留められていなかったようで、後ろへ下がるよう指示するザックスの背後にモンスターが迫っていた。
 クラウドは条件反射のごとくそのモンスターに向かって銃弾を浴びせた。
 ザックスは援護射撃が放たれた方角――クラウドの方を見やるとジェスチャーで礼を告げ、再び前方へと向かって行った。

 それから数時間、ミッションは終了した。
 輸送車が停車している場所を目指して全員ぞろぞろと麓を目指して下ってゆく。
 傷ついた身体を引きずってヨロヨロと獣道を下る兵士たちがいる中、クラウドは幸いにもケガらしいケガを負わずに済んだ。
 ふと、ザックスが近くを歩いていることに気付いた。
 なぜ指揮官がこんなところを…とクラウドは少し後ろに引いて歩いた。そして一人で歩けない兵士に肩を貸してやりながら助け歩いていた為、先頭集団をわずかに外れて一般兵に混ざっていることに気付いた。
 ザックスは抱えている兵士や周りで疲れ果てている人間にも目ざとく労いの言葉を掛けていた。
土で煤けたその顔は充足感で満ち溢れていた。

 犠牲者を出すことなくミッションを終えたということは指揮官として有能だという証拠だ。これでまたザックスの評価は上がるのだろう。
 翻って同じく煤けた自分の顔の、なんと惨めなことか。
 どんなに努力しても、ソルジャーにはなれない…。誰にも評価されない…。

 クラウドの心にまた黒いものが渦巻いた。



 * * *



 復路は一般兵用のトラックに乗った。
 他の一般兵らと共に無事に帰投出来る喜びを分かち合うザックスに見咎められれば自分も声を掛けられるのではないかとクラウドは早々に車に乗り込んだ。
 こんなみじめな気持ちのままザックスの前でポーカーフェイスを装う余裕がなかった。

 乗車したトラックが発車すると、案の定厭らしい笑みを浮かべた連中が話しかけて来た。
「おい、ストライフ。ソルジャー専用車の乗り心地はどうだったんだ?」
「……」
 クラウドはマスクを目深に被り、会話をするつもりはないと顔を横へ反らした。が、それでもしつこく絡んでくる。ミッション後によくそんな元気が余っているものだとクラウドも感心した。
「ソルジャー様相手に新しい"コイビト"探しか?」
 乗り物酔いでフラフラだったのにそんな余裕があるように見えるから不思議だ。どうせ全て演技だとでも思ってるのだろう。
 クラウドが冷めた気持ちで膝を抱えていると、一人が聞き捨てならないことを言い出した。
「今度は2ndのザックスさん狙いじゃねーの?」
「!」
 その名前を出されてクラウドの身体がわずかに揺れる。ざわっと胸の中に黒い感情が湧いてきた。
「そんなわけあるか。冗談じゃない」
 ザックスの名前に思わず反応してしまったが、失敗だったとクラウドは後悔した。つけ上がらせるだけだと頭でわかってはいたが、口が先に言葉を発してしまった。
「へ、ムキになるところを見ると図星じゃねえの?」
「さすがお目が高いよなあ」
 ニヤニヤと人を小馬鹿にしたうすら笑いを浮かべる。
 クラウドが何も言わず拳をぎゅっと握って堪えていると、
「反論出来ないでやんの」と笑い声が上がった。
 黙ったままのクラウドを尻目に会話は更に盛り上がる。
「あ、そういえば行きの休憩の時、こいつザックスさんと二人でどこかに行ってたぜ」
「おいおい、マジかよ。手早すぎじゃねえか?」
 あと一歩で殴りかかろうかというところで、重労働後でイライラがピークに達している兵士の一人が窘めた。
「お前らいい加減にしろよ。うるせえんだよ」
 それを皮切りに周囲から非難の声が上がり、連中は決まりが悪そうに捨て台詞を吐いた。
「け、売春野郎が…」

 ―――何も知らないくせに…勝手なことばかりいいやがって。

 クラウドは騒ぎ立てた連中を一睨みすると、またマスクを深く被りミッドガルに着くのを静かに待った。

 介抱されなければ、向こうの輸送車に行かなければこんな連中に絡まれることもなかったんだ。余計なことをしてくれたおかげでこっちは大迷惑だ。親切にしてくれなんて誰も頼んでもいないのに。

 ただの逆恨みだと、クラウドも頭のどこかではわかっていた。けれどそれが義務づけられたことであるかのようにザックスへの憎悪をまた一つ募らせていった。





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