粉雪
  




第七話 失われた夢       side:Cloud



 昇進話を持ちかけられた一件からクラウドはまるで魂が抜けたようになっていた。身体よりも心がボロボロだった。一日の演習をこなすのもやっとで、あれほど精を出していた個人練習をやる気力もなくなった。

 ある時、クラウドが廊下を一人歩いていた時、同僚の一般兵二人が顔をニタつかせながら通りすがりに話しかけてきた。
「ストライフ、最近頑張ってんだってなあ」
「上官に媚び売るよりオレたちの相手してくれよ」
 ゲラゲラ笑いながら告げられたその言葉にクラウドの中で何かが切れた。
 次の瞬間、クラウドは二人相手に殴りかかっていた。
 いくら身体を鍛えているとはいえ相手も軍人。最後は互いにもみくちゃになり、通りかかった同じ一般兵やソルジャーが見かねて止めに入った。



 * * *



「一体何が原因なんだ?」
 直属の上司であるエドワーズ曹長に殴り合いになった理由を訊ねられてもクラウドは頑として口を割らなかった。
「殴りたくなったからです」
 どれだけ訊ねてもそれを繰り返すクラウドにエドワーズは息を吐いた。
「君がそんな無鉄砲なことをするとは思わないがね…。理由があるなら話してみなさい」
 公平を重んじ、思慮深い性格のエドワーズは治安維持の中でクラウドが唯一信頼の置ける人間だった。
 それでもクラウドは胸の内を曝け出すことはなかった。上官に頼らずとも自分の力でそれぐらい撥ね退けられる。自分を正当に評価してくれる数少ない人にそんなつまらないことで頼ったりなどしたら、その時点で負けを認めることになる気がしたからだ。
 クラウドは一瞬ためらう素振りを見せたが、真実を吐露することはなかった。
「言えません。自分の…プライドに関わることです」
 そう言うのが精一杯だった。
 殴りかかった相手にも何らかの原因があるだろうことはわかったが、これ以上聞いても無駄足だと判断したエドワーズは、報告書にクラウドが廊下ですれ違った際に同僚へ一方的に殴りかかった旨を書き記した。
 こうしてクラウドだけが謹慎を命じられたが、エドワーズの計らいによって期間は短縮され、それ以上のお咎めを受けることはなかった。


 謹慎中、クラウドは寮の自室に引きこもった。誰とも会いたくないし、そもそも会う人間などいない。
 これで上等兵への昇進も遅れることだろう。むしろその方がいい。己の実力で得られなかった地位などいらない。
 ソルジャーになりたい。この煩わしさやしがらみから解放されたい。実力が全ての世界へ行きたい…。
 クラウドのソルジャーへの憧れはより一層増していった。



 ただソルジャーになるという夢を叶える為に、それだけを支えに耐えてきた。
 だが、その夢も"不可"の二文字で終わった。
 結果に納得がいかず、クラウドはソルジャー部門の試験担当官を詰問した。そして言われた。どれだけ肉体を鍛えようとも精神の脆弱な人間はソルジャーになれないと。
 ソルジャーになるには魔晄に耐えうる精神力も重要な適性の一つに数えられる。つまり魔晄に耐えるだけの精神の強さがないと判断されたのだ。
 肉体と違って内面的なものは鍛えようと思ってもなかなか鍛えられるものではない。
 一度試験に落ちて再選考で合格出来た者は、ほとんどが肉体的要因、もしくはペーパーテストの成績で落とされた者ばかりだ。
 精神面の適性が原因で落とされた人間は、その多くが再選考でも同じ理由で蹴られる。
 つまり、最初に受けた試験でソルジャーにはなれないと最後通牒を突き付けられたも同然だった。


 夢が崩れた今、何を糧に生きればいい?


 クラウドの壊れた心の隙間を埋め合わせるかのようにザックスが現れた。
 自分の手に入れられなかった全てを持っているザックス。
 許せない。くやしい。妬ましい。憎い。どうしてあいつだけ。何でオレが。

 会話すら交わしたことのないザックスへの自分勝手な黒い感情がクラウドの胸の中に渦巻いていった。



 * * *



 クラウドがザックスの姿を目撃してからしばらく経ったある日。クラウドはソルジャーとの合同ミッションに駆り出されることになった。ミッドガルにほど近いエリアに大量発生しているモンスターの掃討が目的だった。
 それほど強力なモンスターではないが、とにかく数が多量で魔法で一掃しようにも建設途中の神羅の施設が近くにある為、迂闊に魔法を使えばモンスターもろとも施設を破壊しかねない。人海戦術でいくしかないということになった。
 しかしソルジャーを大量に投入するほどのものでもないと判断された為、補助要員として一般兵が駆り出されることとなった。つまりはその補助要員に選ばれてしまった。
 それほど危険な任務ではないようだが、面倒なのは移動だ。絶対に乗り物酔いになるだろうと憂鬱になりながらクラウドがミッション内容を確認していた時、令状の一か所に目が釘付けになった。

 ―――副隊長:ザックス・フェア(ソルジャークラス2nd)


 遠く離れた場所を彷徨っていた二本の糸が交錯しようとしていた。





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