冬の寒い日。ミッドガルにチラチラと雪が降っていた。珍しい空からの贈り物に街の人々は心を躍らせた。
そんな中、遠くの田舎町から遥々ミッドガルへ単身やって来た少年もここにたどり着き、心躍る思いでその地を踏みしめた。
ソルジャーへの憧れと希望に溢れた少年の心は地上に降り積もる雪のようにまっさらだった。
* * *
数日前受けたソルジャー適性試験の結果がクラウドの元へ届いた。
あくまで適性であって、これの結果が『可』だったとしてもそこからソルジャーになるにはまだ先は長い。しかし憧れであるソルジャーへの第一歩。クラウドは緊張しながらも届いた結果に見やった。そこには『不可』の二文字が書かれていた。
ソルジャーになる夢はミッドガルへ来て僅か数ヶ月であっけなく潰えた。
クラウドがザックスという人物の名前をはっきりと認識したのは適性試験の結果通知からしばらく経ってからだった。
以前から将来有望な若いソルジャーがいることはクラウドも噂で聞いていたが、自分もそうなれるように頑張ろうと思った程度で、それまで名前は特に気に留めていなかった。
適性試験の結果が届いてからクラウドは鬱々とした気持ちで過ごしていた。正直仕事なんてしたくもなかったが、ただの一般兵がそうそう休みを許されるわけもなく、通常業務を命令を下されたロボットのごとくこなしていた。
その日、クラウドは雑用で神羅ビル本社で書類整理をするよう言いつけられていた。それが終わると今度は会議室に資料を運ぶよう指示された。広い廊下を手一杯の資料を抱えながらよたよたと歩いていると、反対側から歩いてくる二人組の一般兵の会話が耳に入ってきた。
「聞いたか?ザックスさん今度表彰されるらしいぞ」
「すげえな」
「もうしばらくしたら1stに昇進するだろうな」
「いいよなあ。お前の知り合い、あの人と同期だったんだよな」
「そうそう、あっちはまだオレらと同じ一般兵やってるし。もう雲の上の人だな…」
激戦地ウータイにおける働きが優秀であった為、その功績を称えての表彰だという。
片や将来を有望視されている優秀なソルジャー。片や適性試験の段階でソルジャーへの門戸を閉ざされた一般兵。
比べること自体おこがましいのだろうが、その現実がクラウドをひどくみじめな気持ちにさせた。
なぜこうも違うのだろうか。同じ人間のはずなのに。
そのすぐ後、クラウドは件のソルジャーを実際に目にする機会に遭遇した。
神羅ビル正面玄関の警備をしていた時だった。黒髪の男がホール中央からエントランスへ向かおうとしているのが目に付いた。インフォメーションセンターの受付嬢に軽口を叩いてナンパめいたことをしていたからだ。軽薄なやつだ、とそちらへ視線を移すと、ソルジャーの制服を着ていた。
その後方から同じくソルジャーの制服を着込んだ明るい栗毛の男が声を掛けた。
「おい、ザックス。さっきの報告書に不備があるから提出し直せってよ」
「マジかよ。せっかく遊びに行こうと思ったのに」
「残念だったな。とっとと執務室に戻れ」
「あ、置いてくなよ」
ナンパを切り上げ、黒髪の男は栗毛の男の後を追っていった。
「お前いつも提出早いけどどうやってんの?」
「報告書なんてチョチョイと書いて終わりにするもんだろ」
「…それで大体通るんだからズリイよな」
栗毛の男からブツブツ文句を言われながら黒髪の男はエレベーターホールへと姿を消して行った。
何てことはない、ソルジャー同士のただの会話だった。だが、クラウドの脳裏には目の前の光景が鮮烈に焼き付いた。
―――ザックス……あいつがザックス……
噂からもっと屈強そうな男を想像していたが、意外にも普通の青年だった。
だが引き締まった身体に無駄な脂肪は一切なく、理想的な筋肉の付き方をしており、まさしくソルジャーというべき肉体だった。浅黒い肌に腰まで伸びた漆黒の髪、そして精悍な顔立ち。
全てが完璧に見えた。クラウドにとって理想の自分の姿がそこにあった。
筋肉のつきがたい身体、努力はしているがスタミナも人より劣り気味だ。時に女性と間違えられるこの容姿…。その全てと真逆のザックスの姿はクラウドの頭に深く刻み込まれた。
どうしてあんな人がいるのだろう。天は二物を与えずというが、彼には二物も三物も与えているじゃないか。どうしてその一つを自分に回してくれなかったのか。
姿を見るまでは同じ人間なのになぜ…そう思っていたが、それは誤った認識だとクラウドは気付いた。ザックスは自分とはちがう。ソルジャーになるべくして生まれてきたんだ。
その日からザックスへの嫉妬に駆られ、クラウドの心は少しずつ壊れていった。