初めは雪のように白い肌に目が釘付けになった。
軍に属する人間とは思えないその容姿に一瞬にして虜にされた。
でもそれ以上に、その瞳に囚われた。
まるで何かを訴えかけているようなその瞳に。
* * *
ミッション当日。招集時間は早朝。定刻になり一同が直立不動でカーティスから告げられるミッションの詳細に耳を傾ける。
それが終わると順次輸送車――といっても一般兵が乗るのはただのトラックだが――へ乗りこみ、目的のエリアへと出発する準備が着々と進んだ。台数はあまり用意されてないらしく、ぎゅうぎゅうのすし詰め状態だった。
ザックスはソルジャー専用の輸送車が宛がわれており、その中に突っ込まれる心配はなかったが、詰め込まれている兵士たちを見やりながら、
(ありゃ着くまでにヘトヘトになっちまうな…)
と作戦実行前から疲れ果てているであろう姿が容易に想像出来、彼らに同情した。ザックスは輸送車に乗り込むとカーティスに歩み寄った。
「途中早めに休憩取ってやった方がよさそうですね」
「だろうな」
「台数もっと用意してやればいいのに…」
車両手配をした人間の考えの浅さにザックスは舌打ちした。一般兵など捨石扱いなのだろうかと他人事ながら胸がむかむかしてくる。
ようやっと全員車両に乗り込んだことが確認出来、予定時間を5分遅れて出発となった。
出発してから二時間ほど経った。予定より早めに休憩を取ることとなり、輸送車は目的地の手前の草地で一時停車した。相当ひどい状態だったのだろう。熱いだの、苦しいだの皆一斉に車から飛び出て来た。
「今から15分間の休憩を取る。全員定刻までに定められた車両に戻ってくるように。以上」
兵士たちは各々水分補給をするなどして束の間の休息に身体を休めた。
「大変だったな。ご苦労さん」
一般兵の全面的な指揮を任せられているという責任感からか、ザックスはなるべく多くの兵士たちに声を掛けようと休憩場所を回った。
方々を巡回していると輸送車近くで地べたに座りながら会話をしている兵士の話声が聞こえてきた。
「あいつ大丈夫かな?かなりグロッキーだったけど」
「車の中で倒れてるんじゃないか?」
ザックスはすぐ会話のしていた方へ近寄った。
「どうした?誰か具合悪いのか?」
「あ?…あっ失礼しました!」
不遜な態度で聞き返してきた兵士が、声を掛けられたのが副隊長のザックスとわかるやいなや、起立して敬礼した。
「いや今はいい。それより誰だ?車の中に残ってるのか?」
「はい、あの自分たちと同じ車に乗ってたヤツが移動中ずっと具合が悪そうで…」
いかなソルジャーといえども身体は一つしかない。何十人もいる兵士一人一人を気にかけていては自分の目が回ってしまう。が、生来の面倒見のいい性格が、車中にこもりきりの人間がいると聞いておきながらそのまま放っておくことを許さなかった。
* * *
「おーい。いるか?」
外から声を掛けてみるが返事はない。輸送車とは名ばかりのトラックの中に入ると車体に身体を預けて蹲っている兵士がすぐ目に入った。
ザックスは車に乗り込むと兵士の元へ近寄り目線を合わせるようにして屈んだ。まるで反応がないので肩をポンポンと叩いて声を掛ける。
「おい、大丈夫か?」
「…いえ」
大丈夫じゃないか…。
よく見ると他の一般兵と比べて細いし小さい。これでこの中に長時間押し込められてたならば、気分が悪くなっても仕方がないというものだ。
そのままじゃ苦しいだろうとザックスはマスクを外してやる。
「あっ」
小さくそれを拒否する声が上がったが、ザックスの耳には入ってこなかった。
外したマスクからあふれ出した薄小麦色の金髪と透き通るような白い肌、そしてこちらを見つめてくる蒼い瞳をぼーっと見つめた。
まるで軍人とは思えない容姿にザックスの心は一瞬にして奪われた。気を抜けば吸い込まれてしまいそうなアイスブルーの瞳はその色に反してどこか熱さを秘めているように見えた。
しばらく無言のまま見つめていたせいで、逆に金髪の兵士から怪訝そうに見つめ返され、ザックスは我に返った。
一度視線を外しごまかすように咳払いをすると、再び兵士の方へ視線を戻した。
その時初めて気付いた。白いと思ったが違う。白を通り越して真っ青な顔色をしていた。
「このまま行けるか?顔色悪いぞ」
「……乗り物酔いで」
「ああ、それで」
必死に言葉を紡ぎだしたのだろう、それだけ言って兵士は「うっ」と呻きながら口に手を当てた。
「とりあえず外に出ようぜ。ここじゃ吐くものも吐けないだろ」
兵士を支えてやりながらザックスは車外へと連れ出した。
「うぇ…げほ…」
「全部吐いちまえ。楽になるぞ」
ザックスは兵士を草むらに連れて行き、背中を優しく擦ってやった。
「…大分、楽になりました。すみません、副隊長。ご迷惑掛けて…」
「気にすんな。しょうがないって」
言いながらザックスは腕時計で時間を確認する。出立時刻まで後5分だった。
「では、自分は車に戻ります…」
敬礼して戻ろうとした兵士の腕をザックスは咄嗟につかむ。当然のごとく何か言いたげな顔をされる。
「…?」
「あっちには戻らなくていい。オレの乗ってる輸送車に来い」
「え、でも」
拒否する暇を与えず、ザックスは腕をぐいぐい引っ張りながらソルジャー用の輸送車へ向かう。
あまりにも具合が悪そうで心配だった。それはウソではない。
でもそれ以上にこいつともうしばらく一緒にいたいという感情が先にあった。具合が悪いのはそばに置いておくのにうってつけの理由だった。
そしてあんな兵士だらけのところに再び押し込めたくなかった。
(職権乱用もいいところだな…)
そう思いながら今は副隊長の権限を大いに使わせてもらおうと開き直った。
「どうせあっちに戻っても途中でまた具合が悪くなるだけだ。こっちに乗れ」
「……」
否とも応とも言わず、兵士は黙って従った。指揮官からこう言われて逆らう者などいないだろう。ザックスは兵士を小脇に連れてカーティスの元へ向かった。
「隊長、乗員が一人増えましたから」
「ああ、そうか」
とカーティスは軽く流した。生真面目そうに見えて案外ラフなところがあるのは以前一緒になったミッションですでに知っていたので、ザックスもそのまま横を素通りした。
「あの、いいんですか」
「たった今隊長殿からお許しの言葉をもらっただろ。お前の所属してる隊にはオレから伝えておく」
「…はい」
兵士は返事をしたもののどこか不安げな顔をしていたが、周りがソルジャーだらけだからだろうとザックスはそれほど気にはしなかった。
「酔うにしてもこっちの方がまだマシだ。…そういえば名前まだ聞いてなかったな」
「…クラウド・ストライフです」
「クラウドね。オレはザックス・フェア。着いたらよろしく頼むぜ」
手を差し出すと、クラウドもおずおずと手を差し出した。ザックスは自分と比べて細く小さなそれを力強く握った。
それがザックスにとってクラウドとの初めての出会いとなった。