「じゃ、まずバタ足の練習してみっか」
「えっと…」
「手を前に持って来て足をバタバタさせるんだよ」
ザックスのジェスチャーを真似してやってみるが5mも進まないうちにクラウドはもがき出す。結局さっきと同じくザックスが助けるハメになった。
「…わかった。オレが手持って引いてやるから。今日はバタ足出来るようになって帰ろうぜ」
ザックスはクラウドと向き合うようにして立つと、その両手を掴んだ。すると周りが気になるようで、クラウドはきょろきょろと周囲を見回す。
「誰も見てねえって…」
「わかってるよ!」
クラウドはムッとしながら言い返すと水面に顔を付けてバタ足の練習を始めた。
ザックスはゆっくりクラウドを引っ張りながら後ろに下がった。5m、10mと進んでいくうちにザックスはふと何か忘れていることに気付いた。しかしそれが何だか思い出せない。
うーむと唸りながらクラウドを引っ張っていくうちにコツンと背中に硬い衝撃を覚えた。対岸側の壁に当たったのだ。
ああ、やっと片道泳ぎ切ったかと思ったところでザックスは何を忘れているのか思い出した。
「息継ぎしてねえ!」
叫びながら水死体のように浮かんだままのクラウド慌てて引き上げる。クラウドはゼーゼーと息をつきながら
「殺す気か!!」
と思い切りザックスにプールの水をぶっかけながら怒鳴った。息継ぎの仕方がわからなかったらしい。相当苦しかったようで、涙目になりながらザックスを睨む。
「んな、苦しいなら足つけばいいじゃねえか!」
「ザックスがどんどん引っ張るから足つけなかったんだよ!」
あーもう…とザックスは水面に顔を沈めるとブクブクと息を吐いた。
そうして一悶着あって。クラウドはザックスの助けありで何とか息継ぎをしながらバタ足を出来るようになった。
普段は減らず口を叩くクラウドの一生懸命な姿にザックスは少しばかり感動を覚えた。
「よしよし。一歩前進だな。次は一人でやってみろよ」
「ちょ、ちょっと…一休みさせてよ」
「じゃあ一度上がるか」
プールから上がると、二人は壁際に座って休憩を取った。かなり疲れたようで、クラウドはザックスの横で肩息をつく。
「大丈夫か?まあ初めてでここまで泳げるなら上出来だ」
子供じゃあるまいしバタ足程度で上出来も何もないだろうことはクラウドにもわかった。ポタポタと髪から滴る水を振り払うと、ザックスに話しかけた。
「ねえ…ザックスは誰に泳ぎを教わったの」
「え?誰ってわけでもないな。ガキの頃の遊び場って言ったら近くの川だったから自然に」
「じゃあ自分一人で覚えたの?」
「誰かしらの真似して覚えたと思うけど、特別誰かに教わった記憶はないかな」
「いいな。自然に覚えられて」
「泳げなきゃ遊べないからなあ。ニブルヘイムじゃ川遊びしなかったのか?」
おそらく土地柄もあるのだろう。ザックスの故郷のゴンガガは年中常夏の気候で川遊びは常習的に行われていたが、寒冷気候のニブルヘイムはそうではないようだ。
「…近くに大きい川あったけど、流れが急だから近付いちゃダメだって言われてた」
「ゴンガガは年中暑いから川行って涼むのが普通だったなあ。まあ、こういうのってガキの頃に覚えておくと便利だよな」
「うん」
「自転車とかもさ、この歳になってから急に乗れって言われてもすんなり乗れないかもしれないしな」
クラウドはどこか羨ましそうな顔をしながらザックスを見つめると、そこから視線を反らして膝を抱えた。
「…ザックスって何でも出来るよな」
「え?別にそんなことねえよ」
「前に門限過ぎて寮の門が閉められた時、スイスイ昇って中に入っていっただろ」
ザックスがクラウドを誘って繁華街へ遊びに行った時のことだった。
初めて繁華街へ行くというクラウドをザックスがお気に入りの場所へあれこれと連れ回した結果、クラウドの居住している一般兵用の寮の門限に間に合わず締め出されてしまったことがあった。
ザックスの住んでいるソルジャー用の住居は門限は特になかったのでクラウドに一晩泊るかと持ちかけたが、翌日は朝一にやらねばならない寮の清掃当番の日だったので、断って何とか中に入ろうと試みた。だが塀をよじ登ろうにも上手く登れない。
結局見かねたザックスが代わりに昇って中から門のカギを開けてやった。
「ああ…あれは昔取った杵柄っていうか。ガキの頃木登りが大好きでさ。一日中お気に入りの木で遊んでたら母ちゃんに"お前は猿か!"って呆れられたことあってよー。まああれくらいはお手の物ってね」
ザックスの思い出話にクラウドも少し破顔するが、すぐに寂しそうな顔をする。
「…何かいいな、そういうの」
「そうかあ?」
「すごく楽しそうだ」
「まあアホみたいに遊んでばっかだったから楽しかったけど」
こっちでもあんまり変わらないけどなとザックスは笑いながら付けたした。
「楽しかったこと…あんまりなかったな」
故郷のことを思い出しているのだろう。俯くクラウドをザックスは無言で見つめた。そういえば故郷に友達はいなかったといつだったか話していたのを思い出した。
「…クラウド。明後日仕事休みだったよな?」
「え?そうだけど」
「よし。川遊びに行くぞ」
突然の提案にクラウドは何を言っているのかとしばらく黙りこんだ。
「…何で?」
「いいだろ。行きたくなったんだ」
「何それ」
「いいな、明後日早起きしろよ?」
「え、うん…」
ザックスの強引な誘いに押し切られながら、クラウドは小さく頷いた。
翌日、クラウドの携帯にザックスから明日の件でメールが届いた。
一晩経ってすっかりそのことを忘れていたクラウドは、冗談ではなく本気で行くつもりなのだとその時理解した。