ミッドガルは初夏を迎えていた。アスファルトが照り返す日差しが体温を否応なく上げ、じわりと汗が浮かんでくる。
　この時期の野外訓練はその日の天気によっては地獄のように暑く、体力の消耗も激しい。暑苦しい制服を着込みながら警備で立っているだけでもつらいのに、その上訓練をするともなると、日頃身体を鍛えている兵士でもその暑さのあまり倒れる者も少なくない。

　そんな夏の日の昼どき。ザックスはクラウドを誘って社員食堂へやって来た。
　午前中の教練で身体を動かした為、お腹はペコペコだった。ザックスは日替わり定食を大盛り、クラウドはエビピラフを頼んだ。
　窓際のカウンター席がちょうど二つ空いていたので二人はそこを陣取って食事をすることにした。
「ああ、腹減った！いただきまーす」
　席に着くとザックスは早速定食にかぶりついた。今日の日替わり定食は鳥の唐揚げと魚の煮物がメインのものだった。好き嫌いのないザックスはおいしそうにそれらを頬張る。
　しかし隣のクラウドはあまり食欲が湧かないらしく、ザックスが話しかけても「んー」と小さく唸ったりため息をしたりと会話もろくに出来なかった。ザックスが八割方平らげたところでもクラウドは目の前のエビピラフを半分も食べていなかった。
「どうしたんだ？全然食べてないじゃん」
「うん…」
　元々クラウドは食は細い方だが、それでもいつもなら半分くらいは食べ終わってるはずだ。先ほどから様子もおかしいし、さすがに心配になってくる。季節がら夏バテかと思われたがそうではないと首を横に振る。
「なあ、何かあった？話してみろよ」
　クラウドは持っていたスプーンをカチャリと音を立てて皿の上に置く。そして神妙な面持ちでつぶやいた。
「…笑わない？」
「笑うわけないだろ」
　友達が食が進まないほど悩んでいるのにそんなことするわけがない。ザックスが再度クラウドを促すと、実は…と憂鬱の原因について語り出した。

　…簡単に言ってしまえば来週から行われる水泳訓練が嫌なのだという。
「何で？」
「泳げないんだ」
「あれ？カナヅチだったのか」
「悪かったなっ」
　カナヅチという言葉にカチンと来たようで、クラウドは拗ねて顔を背けてしまった。しまったとばかりにザックスが慌てて取り繕う。
「まあまあ、怒るなって…」
「オレ、神羅辞めようかな…」
　あまりに突飛なことを言い出すものだから、ザックスは飲んでいた水を噴き出した。
「ぶっ！？お前、そんな理由で辞めんなよ」
「そんなって言ったってオレには重大な問題なんだ！」
　よほど水泳が嫌らしい。確かクラウドの故郷は北国だ。自分の故郷と違って泳ぐ習慣がないのかもしれない。泳げないという不安が憂鬱を生み出しているのならばそれを払拭してやればいいだけのことだ。
　ザックスはため息を吐くクラウドの肩をポンと叩いた。
「じゃあさ、オレが教えてやるよ。一週間あるんだからちょっとは泳げるようになるだろ」
「でも…」
　躊躇うクラウドにザックスはぽつりとつぶやいた。
「ソルジャー目指すなら泳げないとな」
「……う」
"ソルジャー"に弱いクラウドは嫌そうな顔をしながらも渋々「わかった」とつぶやいた。



　＊　＊　＊



　その日の夜から訓練は始まった。ザックスは本社に併設してるトレーニング施設へとクラウドを連れてきた。施設内にはあまり広くないが屋内プールもある。
「この時間あんま使ってるやついないから好きなだけ練習出来るぜ」
「うん…」
　プールを目の前に浮かない顔をするクラウドにザックスは準備体操をするよう促した。それが終わるといよいよ練習開始となった。
　しかし、当のクラウドはプールサイドをうろうろとしてばかりでいつまで経ってもプールの中に入ろうとしない。ザックスが軽いノリで早く入れと突っつくと、クラウドは足を滑らせ、そのままプールに落ちてしまった。
　ドボンと派手な水音を立ててプールに落ちたクラウドは水しぶきを撒き散らしながら助けを求めてもがく。
「ザッ…！たすけっげほ！」
「お、おい！」
　慌ててザックスが飛び込んで助けると、クラウドはその身体にしがみついてゼーゼーとまるで濁流へ落ちて九死に一生を得たかのように荒く息を吐く。そしてゲホゲホとむせながら
「もう嫌だ…」と早速泣き言を始めた。
　プールは多少水位はあるがクラウドでもギリギリ足のつく深さだった。
（こりゃ先が思いやられるなあ…）
　気分はぐずる子供を水泳教室に通わせる親だ。
　苦手とは言っていたが、まさかここまでとは思っていなかったザックスは頭を掻いた。