時計の針は戻らない #05



「出て行く」
 それはいつも見る夢の始まりの言葉。
 追いかけようとしても、遠ざかって行く背中をただ見つめることしか出来ない。
 もうダメなんだ。そう思ったところで目が覚める。
 眠りから覚めた時に湧き起こる虚無感は戦場という現実が忘れさせてくれた。だが、その現実ももうすぐ終わる。
 これからこの空しさとどうやって向き合って行けばいい?
 その問いに応えてくれる者は誰もいなかった。



 * * *



 パチパチと火花の散る音が響く。暖かい何かに包まれながらザックスは目を覚ました。
「……ここは?」
 確かヘリが墜落しそうになったから同行していた一般兵を抱えて咄嗟に外に飛び出たはずだ。いつの間に室内へ入ったのだろうとザックスは辺りを見回した。外はすでに暗くなっており、窓が吹雪でガタガタと悲鳴を上げていた。
 そして自分の置かれている状況に気付くと、ザックスは釣り上げられた魚のように身体をびくっと跳ねさせた。
「ク…クラウド…?」
 目の前に静かな寝息を立てて眠っているクラウドがいた。互いに衣服を脱いでおり、自分を守るようにクラウドが身体を包み込んでいた。
 まだ夢の続きを見ているのだろうかとザックスは身体を横に向けてクラウドを見つめた。

 ―――なぜここに……

 ザックスはハッと息を飲んだ。さっきまで自分と行動を共にしていたのは…。
 その時、目の前で眠っていたクラウドが小さく声を上げた。
「…ん…んん」
 クラウドは身じろぎするとゆっくりと瞼を開いた。その瞬間ザックスと視線が絡み合う。
「ザッ…クス……」
「お前、だったのか…」
 まさか同行していたのがクラウドだったとは思わず、ザックスは頻りに瞬きを繰り返す。クラウドはザックスから身体を少し離すと視線から逃れるように目を逸らした。
「お前が助けてくれたんだな」
 先に助けてもらったのは自分の方だとクラウドは無言で首を横に振った。
「…二年ぶりだな」
「うん…」
「背伸びたな」
「ん…」
 そこで会話がぱたりと止まってしまった。
 言うなら今しかないとクラウドが謝罪の言葉を告げようとするが、なかなか口から出てこない。どうやって切り出せばいいのか。何と言えばいいのか。迷いが口を塞ぐ。
 クラウドが黙りこくっていると、ザックスが再び口を開いた。
「あの日のことずっと気になっててさ。…ごめんな。ひどいこと言っちまって」
 それは思いがけない言葉だった。
 なぜザックスは謝っているのだろう。
 何を謝っているのだろう。
 クラウドがそれを理解するのにしばらく時間を要した。
「なんで…」
「え?」
「なんでザックスが謝るの。悪いのは…オレなのに」
 謝るつもりだったのに謝らせてしまった。謝られる資格なんてないのに。
 二年経ってもザックスは変わっていなかった。まだこうして自分のことを気に掛けてくれている。積もり積もった思いと共にクラウドの目から涙が溢れた。
「ずっと謝りたくて……でもザックスいなくなっちゃって…オレ…っ」
「ごめん、ごめんな」
 泣き出してしまったクラウドにザックスは宥めるように言葉を掛けた。
「あの時ちゃんと話せばよかったのに…意地になってたんだ」
 ザックスは目を伏せるとその時のことを思い出し、寂しげな表情を浮かべた。そしてクラウドが部屋を出て行った時のことを少しずつ語り始めた。


 それは二人にとって初めてのケンカだった。普段はケンカになる前にザックスが一歩引いていたので言い争いに発展することはなかった。しかし、この時ザックスは少し酔っていた。
 責め立てられるような後ろめたいことなど何もなかったし、帰宅が遅くなったのはちゃんと理由があった。それを聞きもしないで一方的に捲くし立てるクラウドについ言い返してしまった。
 冷たい言葉を浴びせた時に見せたクラウドの表情にザックスは胸を抉られたような痛みを覚えた。
 しまったと思った時にはすでに遅く、クラウドは寝室に姿を消していた。

 何もあんな意地の悪い言い方をしなくとも、本当のことを話せばよかったのだ。リビングに一人残されたザックスは己の吐いた言葉を悔いた。
 だが酔った頭は正常に機能せず、悪い方向に事が進んでいるとわかっているのにあれだけのことを言ってしまった手前、なかなか行動を起こせない。そうこうしているうちにクラウドは身支度を済ませてさっさと出て行ってしまった。
 ザックスは引き留めずに黙ったまま棒立ちになっていた。その様子から『さっさと出て行け』と思っている。クラウドはそう捉えた。
 実際はその逆で、まさかクラウドが部屋を飛び出ると思っていなかったザックスは内心大きなショックを受けていた。だから止めることもその後会いに行くことも出来なかったと気持ちを吐露した。元々一緒に暮らしたいと迫ったのは自分の方だったから余計にそうすることが出来ずにいたとも。

「もう嫌われただろうなって…顔も見たくないなんて言われたらどうしようとかそんなことばっか考えてて、向こうに発つ前に会いに行けなかった。それで二年も経っちまって……」
 連絡手段も乏しい地にいて遠く離れてしまっては、クラウドももう自分のことなど忘れて自由にやっているだろう。
 ザックスは諦めに近い気持ちで戦況が安定するまで戦地に留まることを選択した。結果的に戻ってこれるまで二年もかかってしまった。
 しかしその間も後悔の念が消えることはなかった。

 なぜ遠征へ出る前に会いに行かなかったのか。
 なぜクラウドが出て行くと言った時に止めなかったのか。
 なぜ帰宅が遅れた本当の理由を話さなかったのか。

 最初からちゃんと話していれば、こんなにこじれることはなかったかもしれないのに。
 ザックスもまた二年間苦しんでいた。

 ぽつぽつと綴られるザックスの言葉がクラウドの心を戒めていた鎖を砕け散らせた。
 忘れられていたわけではなかった。自分と同じように思い続けていてくれた。
 クラウドの喉の奥にずっと引っ掛かっていた言葉がするりと口から零れてきた。
「…ごめんなさい。ひどいことばっか言って…ごめん…なさい…我が儘言って困らせて…ごめん…」
 ザックスは静かにそれを聞き入れた。そして小さく笑った。
「バカだな。そういうとこもかわいいから好きなんだよ」
「ザックス…!」
 クラウドは涙声になりながらザックスの胸に飛び込んだ。
「会いたかった…っ会いたかったぁ……」
「…オレも会いたかった…クラウド」
 ザックスはクラウドの頭を引き寄せて唇を重ねた。二年ぶりに交わしたキスだった。




material:君に、






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