遥か遠くで墜落したヘリが炎上していた。操縦士は脱出できただろうか。何とか脱出出来たと信じたい。そう思いながらクラウドは彼方を見やった。
他人を心配する余裕があるのは雪のクッションと墜落の瞬間ザックスがかばってくれたおかげで軽い打撲程度で済んだからだ。あの時、ザックスが状況を逸早く見定めて脱出しなかったらもっとひどいことになっていただろう。
クラウドはザックスに抱えられ、その上に重なった状態で雪の降り積もる山道に倒れていた。頭を打ったのだろうか。ザックスの意識はなく、雪の中に半分頭を埋もれさせていた。
顔にかかっている雪を払ってやると、クラウドは自分の下で気を失っているザックスに声を掛けた。
「…ザックス、ザックス…」
身体を揺り動かしてもザックスは目を開ける気配がない。脈もあるし、出血もしていない。おそらく失神しているだけだろう。
しかしソルジャーが強靭な肉体を有していると言ってもこんな雪の吹き荒れる場所にいては危険だ。しかもザックスは激戦地での連戦で肉体が疲弊しているはずだ。しばらくしたら吹雪もひどくなるだろう。
クラウドはザックスの身体を支えながら雪が避けられる場所を探し歩いた。洞窟でも何でもいい。吹雪を凌げる場所を。
ザックスの体躯はクラウドより大きく、背負うこともままならない。このままでは体力も持たないし、引きずりながらではそう遠くに運ぶこともできない。背中に抱えているバスターソードの重さも相まってクラウドの身体にズシリと圧し掛かってくる。それでも少しずつ前に進むことは出来た。
二年間鍛練を怠らずにいてよかったとクラウドは助言をしてくれた上官に感謝した。
どれくらい彷徨っただろう。雪を踏みしめる足が段々重くなってきた。吹雪も強くなり、いよいよ視界が塞がれると思った時、前方に小さな山小屋を発見した。
あそこに行けば何とかなる。クラウドの心に光明が差した
ザックスの身体を抱えながらクラウドは最後の力を振り絞って山小屋を目指して足を進めた。
* * *
何とか吹雪がひどくなる前に山小屋に着くことができた。更に運のいいことに山小屋の中にはいくらかの薪が残っていた。クラウドは悴む手で薪を何本か取り、備えられている小さな暖炉にくべて火を点けた。
いまだ気を失ったままのザックスを暖炉の前へ連れてくる。元々薄着だったせいもあって身体がかなり冷えている。このままだと危ないかもしれない。
クラウドはザックスの着ている服を脱がすと自らも衣服を脱いだ。ザックスの身体を床に横たえたると自分の方へ抱き寄せながら先ほど脱いだ衣服や小屋の片隅に放置されていた粗末なボロ切れを身体に掛ける。
最後に肌を寄せ合ったのはいつだっただろう。クラウドは遠い日々に思いを馳せる。
ザックスが任地へ赴いてすぐ、クラウドはあの日の夜の真実を知った。
社内報を見てから数日後、社員食堂で食事を取っていた時のことだった。クラウドの席近くに座っていたソルジャー二人の会話が漏れ聞こえてきた。
「しかしまあ、クリスに続いてザックスもあっちに飛ばされるなんてな」
「結局クリスの送別会があいつの送別会にもなっちまったしな」
クリス。聞いたことのある名前だった。クラウドは居ても立ってもいられず、会話の主たちの元へ駆け寄った。
「あ、あの、すみません」
「え?」
怪訝そうな顔をするソルジャーに一瞬ひるむが、クラウドは意を決して口を開いた。
「その送別会のこと、教えてもらえませんか」
「…ああ、お前ザックスと仲良くしてたやつか。ザックスから聞いてないのか?」
「教えて下さい」
二人は不思議そうな顔をしたがクラウドに乞われてその時のことを話し始めた。
「クリスってやつが遠征行くことになって、ちょっと任期が長いから仲間内で送別会したんだよ。ザックスも一緒にな」
「あいつ送別会に彼女連れて来て号泣してたよな〜。帰ってきたら結婚するとか喚いてたけど」
(彼女…ザックスが電話で話してたのはもしかして…)
「クリスが泥酔しちまって、何でかわかんねえけどザックスのこと放さねえもんだから彼女と一緒に最後まで付き合ってたんだよな?」
「オレ途中で退散したから知らねえよ。クリスがダウンしたからザックスが代わりに彼女送ってあげたみたいだけど」
「あいつはどうしようもねえな…」
自分を余所に盛り上がる二人にクラウドは一番聞きたかったことを訊ねた。
「あの、その女性の名前って」
「何だっけ?……あ、リンダちゃんだ。かわいかったなー、あの子。いい子だったし」
「そらクリスの彼女やってるくらいだからな」
はっきりとは聞こえなかったが、ザックスが電話で話していた時に聞いた覚えのある名前。あの時ザックスはこのことを言おうとしていたにちがいない。それを怒りに任せて遮ったのはクラウド自身だった。落ち着いてザックスの話を聞いていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
時計の針をあの日に戻すことが出来たなら。何度願ったかわからない。しかし進んでしまった針は戻ることはない。
過去を悔いる気持ちは自分に与えられた罰。こうならなければザックスにどれだけ大切にされ、甘やかされていたか気付くこともなかったのだから。
いなくなってからクラウドはやっと気付いた。自分がどれほどザックスに依存し、気持ちを傾けていたか。
何も告げずに戦地へ赴いてしまった時に味わった喪失感。戦況報告を確認しながらザックスが現地で無事でいるか、ずっと気をもみ続けた二年間。
好きだと告げてきたのはザックス。何となく付き合っていただけ。
そんなのはウソだ。本当は好きだと言ってもらえてうれしかった。だけど素直にそれを告げることが出来なくて、気のない素振りを見せた。それでもザックスは一緒にいたいと言ってくれた。
その思いに胡坐をかき続けていたくせに、今更調子のいいことを言うなとザックスから呆れられるだろう。全ては遅すぎた。
目が覚めたらザックスの側にはいられなくなる。ザックスはもう自分の方を見向きもしないだろう。なぜならすでに終わった関係の人間なのだから。
任務が終了してミッドガルへ帰還したらザックスは新しい恋人を見つけるだろう。きっとすぐに見つかる。ザックスは男女の別なく誰に対しても優しく接していた。社内でザックスに思いを寄せている女性をクラウドも何人か知っている。
自分というしがらみから解放されて新しい恋人と寄り添うザックスの姿を想像するだけでも胸が痛くなる。でもそれは自ら招いたことだ。ザックスを止める権利などない。
「…ザックス……」
クラウドは堪え切れずにザックスの冷え切った顔に頬ずりをした。そして体温を外気から守るようにして自分より一回り大きい体躯を包み込んだ。
この時間が永遠に続けばいいのに。そうすればずっとこうして側にいられるのに。
時計の針が止まってくれればいいのに……。
幾らか時間が過ぎてクラウドにも疲労の色が見え始めた。眠らないよう気を張っていたが、ついにそれに負け、ザックスの身体を抱えながらクラウドも意識を手放した。