昼を少し過ぎた午後。本社ビルの廊下を巡回しているクラウドの元に同僚の一般兵が駆け寄って来た。
「交代の時間だ」
クラウドは申し送りをするとロッカールームへと足を向けた。この仕事が終わったら今日の担当業務は他になかったので着替えてから食堂で遅めの昼食を取ることにした。
「じゃあよろしく」
「あ、そうだ。曹長がお前のこと探してたぞ。仕事上がったら来いってさ」
「わかった。ありがとう」
月日は流れ、ザックスがミッドガルを離れて二年経った。
ザックスの派遣された地域の戦況が落ち着いたとの報せが現地より届いた。戦争が終結したのだ。
向こうに赴いていたソルジャーや治安維持の兵士たちも続々と帰還して来ている。ザックスが戻ってくるのも時間の問題となった。
付き合っていた期間よりも長く離れ離れになってしまったが、クラウドのザックスへの思いは少しも変わっていなかった。
これほどの間離れていては、ザックスの気持ちが自分から乖離してしまっているだろうことはクラウドも覚悟の上だった。別れ話すら切り出されることもなく、昔恋人だった人間としか見られないかもしれない。声を掛けても見向きもされないかもしれない。気後れする気持ちもあるが、それでも会って話をしたい。
あの日の夜のことを清算するまではクラウド自身が気持ちを終わらせることが出来なかった。
* * *
遂に社内報の帰還者の欄にザックスの名前が載せられた。もうすぐザックスが帰ってくる。そんな時、クラウドの元にうれしくない話が持ちかけられた。
仕事を終えた後、エドワーズに呼び出されたクラウドはその話を聞きながら顔を強ばらせた。
「アイシクルエリアですか…?」
「そうだ。現地に潜伏していた反乱分子は壊滅状態に近い。危険はほとんどないそうだがくれぐれも気を付けるように」
「は、はい…」
「北国出身ということで君に白羽の矢が立ったらしい。出発は明後日の07:15だ。よろしく頼むぞ」
「…わかりました」
ここに来てアイシクルエリアへの遠征を余儀なくされた。後もう少しでザックスと会えるのに。だが命令を拒否することはできない。クラウドはザックスと入れ替わるようにして任地へ向かった。
任務の内容は物資輸送がメインだった。他にもすることはあったが、ほとんどが雑多なものだった。わざわざミッドガルにいる人間が行くほどのものとは思えなかったが、アイシクルエリアは慢性的な人手不足、そしてミッドガルも激戦地に駆り出された兵士の休暇などで動ける人間が限られていた。それほど長い距離ではないが雪の中を行軍する必要もある。そうした理由からクラウドが選出された。
クラウドは現地に着くと合流予定のソルジャーを探した。当初ミッドガルを一緒に発つはずだったが、急遽現地で落ち合うことになった。
アイシクルエリアに詰めているソルジャーと行軍するのだろうか。そんなことを考えながら合流地点をうろついていたが、見覚えのある人間を目にし、クラウドの身体は硬直した。
クラウドは慌てて周囲を見回し、建物の陰に隠れた。心臓が飛び出てしまいそうなほど高鳴る。しばらくして気を落ち着けると、クラウドは陰からそっと様子を窺った。
(なんで…どうして…)
見間違いかもしれない。そう思ったがやはり違った。
ここにいるはずのないザックスが現地に詰めている神羅の人間と話をしていた。旧知の間柄らしく、再会を喜び合っていた。
「久しぶりだな。こっちに異動になったのか」
「そうなんだよ。寒くて参っちまうぜ。…ってあれ?この間ミッドガルに帰還したよな?社内報に書いてあった気がしたんだけど」
「帰還する直前にこっち行けって急に言われてさ。手が空いてるやつが休暇入っちまったらしくて」
「そりゃ災難だな。まあ向こうと違ってこっちのお仕事は楽なもんさ」
ザックスは遠目からは二年前と変わらない姿でそこにいた。
しかしよく見ると身体の至るところに傷跡が増えていた。連戦の影響か少し痩せたように見えたが、筋肉は少しも衰えてはいない。顔つきもどこか変わったように見える。戦場での過酷な経験がザックスを変化させていた。
離れていた間にザックスが自分の知らない遠い世界に行ってしまったような感覚にクラウドは陥った。自分のことなんてもう忘れているかもしれない。
「大分長かったよなあ。早くミッドガルに帰りたいだろ」
「気付いたら二年経ってたよ」
「そういえばミッドガルに恋人残して来たんだっけ?向こうも会いたくてたまらないだろうな」
「ん…まあ、な」
どこか表情を曇らせるザックス。クラウドの胸に不安が走る。
「あれ?オレもしかして余計なこと言っちまった?……あー、まあ戻ってまた新しい子見つければいいじゃん。な!」
「ああ、そうだな」
ザックスの返した言葉がクラウドの頭の中をこだまする。クラウドは会話を立ち聞きしながら足を震わせた。
もうザックスの中で自分はすでに過去の人間になっているのだ。覚悟していたことだが、こうして現実になってしまうとショックを隠し切れなかった。
名乗り出られない。どんな顔をしてザックスと向き合えばいいのか、わからなかった。
* * *
定刻となり、クラウドは恐る恐る合流地点に向かった。ヘリに搭乗する際、ザックスはクラウドと気付かずに声を掛けてきた。
「お前が同行の一般兵か。よろしくな」
クラウドはマスクで顔を隠し、会釈だけした。
あれだけ会いたいと思っていた人がすぐ側にいるのに。もう後悔するようなことはしないと誓ったのに。それでも行動を起こすことの出来ない自分をクラウドは恨めしく思った。
ヘリの中には操縦士を除いて二人きり。言葉を交わすことなく、クラウドは座り込んだままじっと黙った。
「…天気悪くなってきたな」
ザックスはヘリの窓から外を覗く。少し雪が吹いていた。
「そういえばお前、出身どこなんだ?」
ザックスから訊ねられ、クラウドは口を開こうか迷った。するとヘリが突然大きく揺れた。バランスを崩したと思った刹那、ヘリ内部に重力が掛かる。
ヘリに乗り慣れていないクラウドは何が起こったのか理解出来ず、支えになる物を掴むだけで精一杯だった。状況を瞬時に察知したザックスは再び窓を覗いてぎりっと歯ぎしりをした。
「…墜落する。降りるぞ」
「!?」
ザックスはヘリのドアを勢いよく開けるとクラウドの身体を抱えて飛び降りた。
空を漂う感覚に酔いそうになりながらクラウドは雪山へ墜ちて行くヘリを見た。
それはほんの数秒の間の出来事だった。