時計の針は戻らない #02



 ザックスが激戦地に駆り出されたことをクラウドが知ったのは辞令が発令された数日後だった。



 クラウドが一般兵用の寮に戻ってからザックスと顔を合わせることもなく、向こうから何か言って来るまで無視を決め込んだ。
 しかしザックスから連絡が入ることも会いに来ることもなかった。それがクラウドをますます意固地にさせた。このまま何も言って来ないならもう別れてやる。そう考えていた。

 苛々が募るある日、クラウドは同僚と一緒に本社ビルで雑務をしている時にそれを知った。
「そういえば急な話でザックスさんも大変だよな」
「急って何が」
「え?何がって」
 一体何のことかわからず、クラウドは同僚を問い質した。
「いや、急な遠征で飛ばされたから…社内報にも載ってただろ。ザックスさんから聞いてないのか?」
 そんなことは聞いてない。寝耳に水だった。
「おい、クラウド」
 同僚の呼びかけに応えることなく、クラウドは仕事を放り出して社内報を閲覧出来る部屋へと向かった。


 社内報で日付を確認するとザックスの元に辞令が下されたのはケンカをした日からすぐのことだった。
 別れの挨拶すら交わせず、しばらくの間ザックスと離れ離れになることとなった。
「……うそだ」
 ザックスが自分に何も告げずに遠征に行った。その事実にクラウドは愕然とした。
 今までこんなことはなかった。例えどんなに短い期間でもミッドガルを離れる時は必ずどこへ行くと告げていたのに。
 その時になって初めてクラウドの胸に後悔の気持ちが湧いて来た。
 これまではケンカになる前にザックスが折れていたので、こんな状態になることはなかった。だから今回もザックスがすぐに謝りにくるだろうと高をくくっていた。だがいつまで経っても来る気配がない。
 本当は早く仲直りしてしまいたかった。しかし今まで自分から折れることなどなかったクラウドにその選択肢は選べなかった。今はその選択をしなかった自分を悔いた。

 ザックスが自分の元を訪れなかったのは遠征の準備で慌ただしくなったから。
 最初そう考えるようにしていたが、そうではなく自分に愛想を尽かしてしまったからではないかとクラウドは危惧するようになった。
 クラウドの脳裏にあの時の情景が蘇る。

 『…もう勝手にしろよ』

 ちょっとしたことで癇癪をを起こしてすっかり呆れさせてしまった。遠征の命令をこれ幸いに自然消滅してしまえばいいと思っているのでは。そうでなかったら準備で忙しいとはいえ自分の元に連絡の一つも寄越さないはずがない。
 クラウドの焦りはいよいよ強まった。

 ――どうしよう。ザックスに本当に嫌われてしまったかもしれない。

 ザックスと話がしたい。このままお別れなんて嫌だ。
 とめどなく湧いてくる不安からクラウドは社内報を載せているイントラネットを毎日毎日穴があくほど見続けた。
 通常の遠征であれば長くても2、3ヶ月程度で帰還となる。その期間だけ待てばザックスは帰ってくる。そう信じつつも毎日チェックを欠かさなかった。
 しかしザックスが事の外向こうで戦果を上げたらしく、派遣期間は延びに延びた。



 * * *



 半年が過ぎた。ザックスはまだ任地から帰還していない。
 時々更新される戦況報告から有能な戦闘要員として重宝されていることがわかった。それを見てザックスが無事であることを確認するのがクラウドの習慣となっていた。
 報告を見ることで安堵することが出来たが、それが更新されるまで無事なのかどうか不安を胸に抱え続けなければならない。いつ死亡報告に名前が載ってくるかわからないのだから。

 任地への連絡手段は限られており、クラウドがザックスと直に連絡を取ることは容易ではなかった。その為、半年の間ただの一度も声を聞いていなかった。
 一時はザックスと同じ任地へ行くことを志願することも考えた。しかし相談を持ちかけた上官のエドワーズから止められた。志願すれば大体通る。人員は喉から手が出るほど欲しいのが実情だ。
 だがエドワーズはクラウドがまだ若いことと向こうへ行くには経験不足だと説き伏せた。
「無駄に命を散らすことはない。今の自分に出来ることをすることだ。それがいつか必ず役に立つ時が来る」
 死んでしまっては元も子もないと説得され、クラウドは日々の仕事と訓練を確実にこなすことに専念した。


 クラウドの悔恨の日々は続いた。
 それは永遠のように続くかと思われた。戦況が全く見えないのだ。終結するのがいつなのか、一般兵が得られる情報はたかが知れている。
 あの後すぐに謝りに行けば関係を修復して帰還を待つことが出来たかもしれないのに。
 なぜあんな些細なことでザックスを問い詰めたのか。なぜあれほど我が儘ばかり言ってしまったのか。なぜ自分から折れることを覚えなかったのか。
 優しかったザックスに甘えきっていた。こんなにも自分が嫌な人間になっていたんだと思い返す。
 言い訳にしかならないが、あの時の自分は子供で、嫉妬する心を抑えきれなかった。
 自分だけを見ていてくれてるはずのザックスが心変わりをしたかもしれない。その不安を怒りに変えて撒き散らすことで自分の弱さをごまかしていたに過ぎない。

 お願いだから謝らせて欲しい。
 もう依りを戻せなくてもいいから、せめて…。

 祈るような気持ちで待ち続けるクラウドの思いが叶うことはなく、ザックスは任地へ派遣されてから一年過ぎても帰って来なかった。




material:君に、






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