時計の針は戻らない #01



 時計の針を戻すことが出来たなら。あの日の夜に戻ることが出来たなら。
 何度それを願ったかわからない。
 どれだけ願おうとそれが叶うことは決してないのに。



 * * *



 ザックスとクラウドの性格はまるで正反対だった。ザックスは外へ遊びに出るのが好きで時間があれば外出するのが常だった。対するクラウドは屋内で静かに過ごすのが好きだった。
 食べ物や服装の好みにしても二人に共通している点は少なかった。
 なぜこんなに真逆の性格をしているのに付き合うようになったか。それはザックスが好意を寄せていたところが強い。
 付き合うきっかけを作ったのはザックスで、クラウドも断る理由もなかったのでそれに応じて今に至る。
 ザックスが惚れた弱みもあり、自分の方が年上ということもあってクラウドの我が儘をほとんど聞き入れていた。外でデートをしたい時もクラウドが気乗りしなければ無理強いはしなかったし、一緒に買い物に行く予定があった時でも、反故されても文句らしい文句も言わずにそのまま一人で出掛けて行くこともままあった。何をするにしても声を荒げることもない。

 クラウドにしてみれば、それが気に食わないところでもあった。いつまで経っても子供扱いされている。同等に見られていない。その思いから却ってザックスを困らせることばかり言うようになった。
 しかしそれでもザックスはクラウドを許す。それが気に食わない。悪循環だった。
 いつしかそれはエスカレートしていき、ついに取り返しのつかないことが起こってしまった。



 きっかけは些細なことだった。

 時間は深夜0時を過ぎていたがザックスはまだ戻っていない。クラウドはすでに入浴も済ませ、ベッドに一人潜り込んでいた。
 飲みに行くから遅くなるとは言っていたけど、これだけ遅くなるなら連絡の一つでも入れればいいのに…とクラウドはベッドの中で苛立っていた。
 もうザックスの帰りを待たずにさっさと寝てしまおう。そう思ってもう一時間以上経つ。
 同居するようになってしばらく経つが、日付が変わる時間になっても連絡を入れなかったことは今までにないことだった。
 クラウドは枕元に置いた携帯を閉じたり開いたりしながら連絡が来るのを待った。

 午前1時を少し過ぎた時、玄関のドアの開く音が聞こえた。足音は真っ直ぐ寝室の方へ向かって来て、部屋のドアが開いた。
「…クラウド?もう寝ちまった?」
 ザックスはなるべく足音を立てないよう、静かにベッドに歩み寄った。
 このまま寝たふりをしようか、それとも起きて文句の一言でも言ってやろうか。
 クラウドが布団の中でどうしようか考えているうちにザックスは寝室を出て行った。しばらくしてリビングからザックスの声が聞こえてきたのでクラウドはドアの側に立って聞き耳を立てた。
「ああ。大丈夫だから、気にしないで」
 携帯電話で誰かと話しているようだった。ドア越しのせいで細かい部分がよく聞き取れない。
「……ダちゃんも早く寝ろよ。じゃあ」
 名前まではわからなかったが女性と話していたのがクラウドにもわかった。
 ザックスがこんな遅くまで自分に連絡を入れずに女性と飲んでいた。
 カッと頭に血が昇り、クラウドは寝たふりをしていたことも忘れて勢いよくドアを開けた。寝ていたとばかり思っていたクラウドの突然の登場にザックスは携帯電話を片手に面食らった。
「あれ、起きて…」
「…誰と飲んでたんだよ」
「え?同僚のクリスたちと…」
「今電話した女の人と飲んでたんだろ!?」
 この期に及んでごまかそうとするザックスにクラウドの怒りは冷めやらない。さっき寝室に入って来たのも電話を掛けたかったから自分が寝ていることを確認する為に入って来たんだ。クラウドはそう確信した。
「こんなに遅くまで女の人と何してたんだよ」
「いや、それは」
 言い訳をしようとするザックスにクラウドの苛立ちは増す。嫉妬だった。自分以外に目を向けることのなかったザックスがよりによって女性と深夜まで飲んでいた。独占欲がクラウドの感情を高ぶらせる。
「連絡も入れないで何してたんだよ!?」
 ザックスは赤ら顔をしながら黙ってしまった。子供じみた嫉妬はクラウドの思考を更に暴走させた。
「オレに言えないようなことしてたんだ。…ザックスなんか嫌いだ!」
 はあはあと息を吐きながらクラウドはザックスの出方を待った。普段であれば、ザックスが平謝りして終わるはずだった。しかしザックスは口を開かず固まっていた。

 おかしいと気付いたクラウドはザックスの方をちらりと見やった。その瞬間、硬直した。
 ザックスがクラウドに対して怒ったことは一度もない。そのザックスが怒りを露わにしてクラウドを睨んでいた。
「…なんだそれ」
 聞いたこともないような冷たい声色だった。
「オレはお前の奴隷か?することなすこと全部お前に報告しないといけないのか?」
「だって…」
「今日たまたま連絡するの忘れて、帰るのが遅くなっただけでそこまで言われないといけないのか?」
「……」
 初めてザックスに反論され、クラウドも返す言葉がなかった。
「…もう勝手にしろよ」
 それは溜まりかねたザックスからの"別れの言葉"のように聞こえた。
 ザックスもアルコールが入っていたし、お互い興奮していた。勢いで出た言葉で本気で愛想を尽かしたわけではない。そこですぐに謝ればわだかまりも消えたはずだ。
 しかしクラウドも意地になっていた。寝室のドアを音を立てて閉じると鞄に荷物を入れ始めた。元々物は多く持っていない。所有物のほとんどは手持ちの鞄に詰められた。

(なんだよ、ザックスが悪いんだ。ザックスなんかもう知るもんか……)

 着替えを済まして寝室を出ると、リビングで酔い醒ましの水を飲んでいたザックスに出くわした。
「出て行く」
 一言告げて玄関へ向かった。ザックスは通り過ぎるクラウドをただ見つめるだけで、引き留めの言葉も動作もしなかった。それは突然のことに驚いた為、すぐに行動を起こせなかったからだが、クラウドはそれを『さっさと出て行け』という言葉の代わりと受け取った。
 ここまで来てもう止めることは出来なかった。クラウドは玄関から出るとあらん限りの力を込めて扉を閉めた。




material:君に、






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