「ここが給水塔か」
明けて翌日。朝食を済ませた二人は早速村の観光を始めた。
もっとも、クラウドが旅立つ前に言っていた通り観光するほどの施設はないに等しく、いわばクラウドの思い出の場所巡りみたいなものだった。それも数えるほどしかないという。
「昔はここ上るの苦労したんだけどね。もっと高いと思ったんだけどなあ…」
「子供の頃って何でも大きく感じたりするもんな」
色々なことを思い返しているのだろう。給水塔を見上げるクラウドにザックスは以前聞いた話について訊ねた。
「そういえばさ。お前の初恋の子いるんだろ。会いに行かなくていいのか?」
クラウドは見上げていた給水塔から視線を外し、今度は逆に俯いてしまった。
「ん…いいよ」
「なんで。せっかく帰って来たのに」
「だって…ここ出て行く時にソルジャーになるって大見得切っちゃったから…なんか会いづらいんだ」
「向こうは気にしてないかもしれないぜ」
外気に冷やされた白い息を吐きながらしばらく考え込むが、クラウドは首を横に振った。
「…ううん。やっぱりいい」
小さくそう言うと、クラウドは別の場所に行こうとザックスの手を引っ張った。
* * *
それから何箇所か回った後、二人は村に唯一ある喫茶店に入った。まだ開店したばかりのようで中に客はおらず、カウンターの奥にいたマスターが食器の手入れをしていた。二人に気付くとヒゲ面のマスターは目をパチクリさせた。
「…あんたもしかしてストライフさんのところの息子かい?」
「あ…どうも」
「ミッドガルでソルジャーになるって出て行ったきり戻って来てないって聞いてたけど、帰ってきたのかね」
「ちょっと里帰りで…明後日にはまた向こうに」
「ははあ。ソルジャーになったから故郷に錦飾りに帰ってきたんだろ?」
「……ソルジャーには、なれなくて」
クラウドが気まずそうに言うと、マスターもいらないことを言ってしまったと決まりが悪そうな顔をした。
「そうそう、お前さん確かココアが好きだったね。後ろの人は友達だろ?一杯ごちそうしてやろう」
「ありがとうございます。…ザックスなに飲む?」
「あ、じゃあオレはコーヒーで。ごちそうさまです」
「ごゆっくり」
マスターはココアとコーヒーの入ったカップをテーブルに置くとカウンターに戻って行った。
二人は店の奥のパーテーションで仕切られた半個室になっている席についた。
クラウドも、そして珍しくザックスも無言でカップの中身を啜った。こういう時はすぐに喋り始めるのにどうしたんだろうと不思議に思いながら、クラウドは様子を見守った。
一方のザックスは再びカップを傾けると顔を顰めながらそれをソーサーに戻した。
初恋の子といい、さっきのマスターといい、ソルジャーのことは故郷の人には触れて欲しくない話題なのだろう。しかしソルジャーになると宣言して村を出た以上、どうしてもついて回ってしまう話題なわけで。
昨日、着いて早々家に行こうと言っていたのはこのことがあったからなのだろう。
本当は帰って来づらかったのかもしれない。それを自分がせがんだばかりに無理をさせてしまっただろうか。ザックスは旅行を強引に推し進めてしまったことを少し後悔した。
「どうかした?」
どこか表情の暗いザックスにクラウドは心配そうに訊ねた。
「…無理させてたかな」
「え…どうしたの急に」
「帰って来たくなかったのに無理やり付き合わせちまったかなって」
「そんなことないよ。帰りづらくなかったって言ったらウソになるけど、母さんに会いたかったし。…それでさっきから元気なかったの?」
「…ん」
様子がおかしかったことの理由がわかり、クラウドは小さく笑った。
「ザックスがきっかけをくれなかったら、きっと悩んでばかりでいつまで経っても里帰り出来なかったと思う。いい機会になったよ」
「そっか…」
本当にそうならいいが、変に気を遣わせてしまったかもしれない。グダグダと悩んでいるうちにザックスは移動中のことを思い出した。
ニブルヘイムへ向かう移動車の中でのことだ。二人以外に客は乗っておらず、席を悠々と利用出来た。
乗り物酔いで少々気分の悪そうなクラウドを心配しつつも、車の揺れの気持ちよさからザックスは次第に微睡み、眠りに落ちていた。
その夢の中で歌が聞こえてきた。
楽しげなその歌を歌いながらクラウドが笑顔でこちらに手を伸ばしていた。ザックスがその手を掴もうとしたところで身体がガクンと揺れ、目が覚めた。
「♪〜……♪♪」
「…ん?何その歌」
「うわ!お、起きてたの?」
ザックスに歌を聞かれていたことに気付き、クラウドは少々照れた様子を見せた。
「夢の中で歌が聞こえてきた…」
「ニブルの民謡だよ。なんか懐かしくなって」
酔いを紛らわすために口ずさんでいるうちについつい乗ってしまったという。そういえばクラウドが歌うのを聞いたのはこれが初めてかもしれない。
「そっか…じゃあそれを子守唄にもう一眠りする」
「あ、ちょっと…」
ザックスは隣に座るクラウドの膝の上にコテンと頭を落とすと再び眠りに入った。するとまた遠くであの歌が聞こえてきた。夢の中のクラウドはザックスの髪を優しく梳きながら静かに微笑んだ。ザックスはさっき掴み損ねたその手を今度はしっかり掴まえた。
楽しそうに故郷の民謡を歌うクラウドを思い出し、ザックスは心の安寧を取り戻した。
二人はカウンターにカップを返しがてら、マスターに礼を言った。
「帰ってきたらまたいつでも寄りなさい」
「ありがとうございます」
「お前さん、神羅で働いてるんだろ?」
「あ、はい…」
またソルジャーのことを訊ねられるのだろうかとクラウドは少し顔を曇らせた。
「ビアズリーのとこの息子いただろ。ヤツもミッドガルに行ったんだよ。神羅に入社するつもりが雇ってもらえなくて、今じゃ向こうのスラムで働いてるそうだ」
ビアズリーの息子とはクラウドと同年代のケインという少年のことで、当然ながら仲は良くなかった。皮肉屋で少々乱暴なところがあり、クラウドも特に苦手に感じていた少年だった。
クラウドがニブルヘイムを出る時も、お前がソルジャーになれるわけがないと揶揄してきた。そのケインがまさかミッドガルに来ていて、それも神羅に入社しようとしていたなんて寝耳に水だった。
「そう…ですか」
「神羅ってのは大企業だけあって入社するのも大変なんだな。そこでちゃんと働いてるなら大したもんさ。神羅で何やってるんだね?」
「神羅軍の兵卒です」
「そうかそうか、立派なもんだ」
母親以外からそんな風に言ってもらえるとは思っていなかったのでクラウドも素直にうれしかった。
「あんたもかね?」
「ん?まあな。おじさん、コーヒーごちそうさま。美味かったよ」
マスターの問いかけを適当にごまかしながらザックスはクラウドの身体を引いて店を後にした。
喫茶店を出て、そろそろ帰ろうとクラウドの家に向かっていた時だった。突然背後から声を掛けられた。
「おい、クラウドだろ?」
振り向くと、クラウドと同じ年頃の少年が二人立っていた。
「…友達か?」
「ん…まあ」
言葉を濁すクラウドに友達と呼べるほどのものじゃないのだとザックスも悟った。そもそも故郷に友達はいなかったと聞かされていたのをすっかり忘れていた。
「ミッドガルから帰ってきたんだって?」
「ソルジャーにはなれたのかよ」
明らかに小バカにした口調だった。しかしクラウドは慣れ切った様子で淡々と言葉を吐いた。
「…ソルジャーにはなれなかった。話はそれだけ?」
すると少年二人はそれ見たことかと笑いだした。
「ほらな。お前じゃなれないってみんな言ってただろ?それでノコノコ帰ってきたわけか」
「ティファも呆れてるよ」
感情を押し殺していたクラウドが、その名を聞いた途端に表情を一変させた。その瞳は怒りに燃えていた。
しかし怒りにまかせて怒鳴るでもなく、クラウドはきゅっと口を結んでじっと耐えた。
何も言い返されないのいいことに、調子づいた二人がクラウドを更に煽る。
「神羅で働いてるのも実はウソなんじゃないか?」
「だよな。あのケインだって入れなかった……」
クラウドのすぐ横で凄まじい気迫を持って自分たちを睨むザックスの存在に気付き、二人は黙り込んだ。
「…そういう言い方はないんじゃねえの?故郷離れて一生懸命働いてるヤツに向かってさ」
「な、なんだよ。あんたには関係ねえだろ?」
ザックスは素早い動作で二人の手首を掴むと自分の方へと引き寄せた。
「関係ねえってことはねえよ。一緒に神羅で働いてるダチがコケにされてんだからな…」
「ちょ、ちょっとザックス…」
殺気にも似た威圧感を肌に感じ、クラウドも止めに入るが、ザックスは二人の手をがっちり掴んで離さない。そして蒼く光る魔晄の瞳で怯える二人を睨んだ。
「ひっ…こいつ、ソルジャーじゃ…」
「セ、セフィロスと同じ眼だ…」
ソルジャーの持つ魔晄の瞳は英雄セフィロスの知名度共にミッドガルから遠く離れた地方へも広く知れ渡っていた。その常人離れした力の凄まじさも同様に。
「…お願いだからオレの大事な友達に絡むのやめてくれない?」
ザックスはニッコリと笑顔で言うものの、両の手に込めた力をそれに反して強め、ギリギリと骨が軋むほどに二人の手首を締め上げる。
「いてえっ!いてえよ!」
「や、やめてくれ!オレたちが悪かった!」
かぶりを振りながら必死に謝罪の言葉を叫ぶ二人に、ザックスはあっさりとその手を解放した。怪物並みの強さを誇るソルジャーが相手では敵うわけないと二人は一目散でその場から立ち去って行った。
「嫌なヤツらだな」
「ちょっとやり過ぎじゃ…」
「は?あんなの手加減しまくりだよ。本当なら思いきり殴り飛ばしてやりてえところあれで済ませてやったんだぜ」
「…も、いいから帰ろ」
クラウドはザックスの顔を見ないようにしながら手を引いた。顔を逸らす瞬間に見えた頬が赤く染まっているのをザックスは見逃していなかった。
* * *
夕飯の準備をする刻限になった。ザックスは昨日クラウドの母からお願いされたシチューの仕込みを始めることにした。
買い出しに行かねばならない物がいくつかあったので、手持無沙汰だったクラウドがそのお使いを買って出た。
先ほどのこともあり、ザックスが自分が行こうかと申し出たが、「買い出しに行くお店の場所を知らないだろ」と言われて、大人しくクラウドの母と二人で家に残ることにした。
クラウドとしても、もうあの程度ことでザックスを頼りたくなかった。村を出た頃ならいざ知らず、今は一般兵といえども軍隊に所属しているのだから、あれくらい一人で対処出来るという自負もあった。
ザックスとクラウドの母はイスに座っておしゃべりに興じながらジャガイモなどの野菜の皮を剥く作業を始めた。
「それにしてもお母さん美人だなあ…とてもクラウドくらいの子供がいるようには見えないですよ」
聞けばクラウドを産んだのは十代の頃で、現在三十代だという。
ザックスは逆に母親が年を経てからの子供だったので、これほど若い母親がいるということは単純に驚いたし、羨ましく思えた。加えて自分の母親とまるで雰囲気が違う。自分のとこはもっとどっしりとしていて、こんな上品じゃなかったな…というのが正直な感想だった。
「こんなおばさんつかまえてお上手ね」
クラウドの母はフフフと少女のように笑った。それが妙にかわいらしかった。
「いやいや、お世辞じゃなくて。それにクラウドそっくりだからびっくりしましたよ」
「昔からよく言われてねえ…でもあの子それを気にしてたみたいで」
「え?」
「さすがにもう言わないけど、昔はお父さんに似せて産んでくれればよかったのにって」
「あー…それは…」
クラウドは自分が女顔であることにコンプレックスを抱いていた。
神羅に入社してからもそれはずっとあって、ザックスが出会った当初もそのような印象を受けたので、つい口にしてしまったところ盛大に怒られたことがある。おまけにそれからしばらくは口もきいてもらえなかった。
一通り皮を剥き終わり、台所にそれらを運ぶとクラウドの母がお茶にしようとお湯を沸かし始めた。クッキーを乗せた皿を持って再びテーブルに着くと、先ほどの話の続きを話し始めた。
「誰かにからかわれたのかしらね。ここの子とあまり仲良くなれなかったし…片親のせいかもって悩んだわ」
「いやそんな」
「だからあの子がザックスさんのこと手紙に書いてきた時はとてもホッとしたのよ。友達が出来て、楽しくやってるのがわかって。ここを出て行くって言い出した時はあの子がミッドガルみたいな都会でやっていけるのか本当に心配で…」
「お母さん…」
俯いていた顔を上げるとクラウドの母はザックスに向かって破顔した。
「あなたと友達になれて本当にうれしかったのね。友達が出来たって手紙が来てからはあなたのことばかり書いて寄越すの」
「……」
「そういえば少し前に突然ザックスさんのこと手紙に書かなくなった時期があったけど…ケンカでもしてたのかしら?」
「あ、いや、全然ケンカなんて…」
ザックスはともすればニヤけてしまう口元を手で覆い隠した。そんなことなど露知らず、クラウドの母はザックスの空いてる手を両手で包むと再び笑いかけた。
「あの子と仲良くしてやって下さいね。お父さんに似てちょっと気難しいところがあるけど、根は素直な子だから…」
ザックスは口元にやっていた手でクラウドの母の手を取った。
「もう、よーくわかってます。ちょっとばかし意地っ張りだから苦労してますけど」
「仕方のない子ねえ…」
「そういうところもかわいいですから」
「まあ…」
クラウドの母が何か言おうとしたところで、玄関のドアが開いた。
「ただいま」
「お、おかえり〜」
ザックスは上機嫌で席を立つと自宅にいる時のような自然な動作でクラウドの元へ向かった。
「寒くなかったか?」
クラウドが手に持っていた荷物を取りながら、ザックスは頭を優しく撫でる。
「あ…うん、寒くないよ」
母親の視線が気になったクラウドが目配せをすると、ザックスもパッと手を離した。
「そ、そうだよなー、北国育ちだもんな!」
言いながら今度はクラウドの背中をバンバンと叩いた。
* * *
その日の夕飯のメインはザックスの作ったシチューだった。それ以外の付け合わせなどは全てクラウドの母が作った。
クラウドの母はシチューを掬って食べると、にこりとザックスに微笑んだ。この笑顔も明日で見納めか…とザックスは少ししんみりした気持ちになった。クラウドも母の手料理を噛み締めるようにして食べた。
翌日の出発が早かったので、二人は早々に入浴を済まし、あとは寝るだけとなった。
あと何時間後かにはもうここを発ってしまう。クラウドは名残惜しそうに窓から外を覗いた。
その後ろ姿を見つめていたザックスは、昼間クラウドの母と話したことを思い出した。それと同時にいつだったか突然思い立って寮に押し掛けた時、書いていた手紙を慌てて隠すクラウドの顔がなぜかりんごのように赤く染まっていたのを思い返す。
あなたと友達になれて本当にうれしかったのね
友達が出来たって手紙が来てからはあなたのことばかり書いて寄越すの
「あ、雪が降ってきた。ねえザックス、明日…」
クラウドがそう言いかけたところでザックスはその首に腕を巻き付けながら胸の中に細身の身体を抱き込んだ。
「え…どうし…」
突然のことに戸惑うクラウドにザックスは耳元で囁いた。
「…あっためて」
「な、なんだよ、急に…」
その言葉の裏に秘められた意味を理解し、クラウドは頬を赤く染める。そしてザックスはさらに甘えるような声で言った。
「オレ南国育ちだもん。雪なんて降ったら寒くて風邪引いちまうよ。人肌であっためて」
クラウドが服を脱いでベッドに潜り込むと先に入っていたザックスが待ってましたと言わんばかりに抱き付いた。
「ひゃっ」
「あったけー」
抱き付いたザックスも裸で。お互い生まれたままの姿でベッドで抱き合った。
「…本当にちょっとだけだからな」
「わかってるよ」
ザックスはなめらかな肌の感触を楽しむようにクラウドの身体を触り回すと、一際熱を持ち始めたそこへ手を伸ばした。
「あ、ん…こっちじゃしないって言ってたのにウソつき…」
「だってお前かわいいんだもん。仕方ないだろ」
「なに、それ…」
外はすっかり吹雪いていたが、互いを暖め合うように身体を絡め合わせる二人の間の温度は次第に上昇していった。