My home,Sweet home #01



 母さんへ

 そろそろ寒くなる季節だね。そっちはもうすぐ雪が降り出す頃かな。
 こっちもそっちほどじゃないけどちょっと肌寒くなって来たよ。オレは寒いの慣れてるから全然平気だけど、ザックスは南国育ちだからこの季節は少し苦手だって言うんだ。ソルジャーって暑さや寒さに強いんだけど、ザックスは寒いのだけはどうしても我慢出来ないって、寒い寒い言いながら一緒にいる時は纏わりついて来るんだ。子供みたいだろ。

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 それでちょっと急な話なんだけど、今度休暇を取ってそっちに帰ろうかと思ってる。ザックスがニブルヘイムに行ってみたいって言うんだ。何もないところだって言っても全然聞かないし、母さんに会ってみたいんだって。来月あたりに休みを取ろうと思ってるんだけど、大丈夫かな?もし大丈夫なら休暇の手続きがいるから早めに連絡して欲しい。それじゃ風邪を引かないようにね。
クラウドより





「今度連休取って里帰りしよう」

 ザックスが唐突にそれを提案して二ヶ月弱。ニブルヘイムへの帰郷の日が明日に迫っていた。

「やっぱ服もっとあったかいやつの方がいいよな」
「上着はダウンジャケットにした方がいいかな?」

 旅行カバンに服を詰めながらザックスはあれこれと頻りにクラウドに訊ねる。まるで翌日の遠足を楽しみにする子供のようだった。
「ニブルの方、そろそろ雪降るみたいだから靴はブーツがいいよ」
「そっか、雪か…そうだよな、北国だもんな」
 ザックスはそうつぶやくと、こちらに背を向けていそいそとカバンの整理をするクラウドに抱き付いた。
「もう、なに?」
 すでに慣れっこになったそれを軽く流しながら、クラウドは荷物整理を続ける。
「楽しみだな」
「だから魔晄炉以外何もないところだってば」
「お前の家がある」
 それだけで十分だろ?と言われ、クラウドは整理する手をピタリと止めた。
「…そうだね」



 * * *



 ニブルヘイムへの交通網は都会ほど発達しておらず、空路でも駆使しない限りは滞在日数より移動日数の方が時間が掛かってしまう。休暇の取れる日数と相談した結果、向こうに滞在するのは二泊三日となった。
 クラウドがミッドガルへ出てきた時は手持ちのお金がギリギリの貧乏旅行だった為、移動だけで一ヶ月近く掛かってしまった。
 今回はその時よりは移動にお金を掛けられるので移動期間はグッと短縮出来た。

 定期連絡船に乗り、陸路を辿ってやっとたどり着いた故郷は、日々変わっていく都会のめまぐるしさなどウソのように何一つ変わることなくそこにあった。
 あたりはすでに薄暗く、人通りもまばらだった。クラウドはキョロキョロと周りを気にしながらニット帽を目深に被るとザックスの腕を引っ張った。
「何だよ、どうした?」
「…いいから早く家に行こう」
 何を焦っているのかわからないが、ザックスもそれ以上問わず、クラウドに従った。

 村の入り口からしばらく歩いたところにクラウドの家はあった。
「ここか…ここがクラウドの家か〜」
 ザックスがレンガ造りのこじんまりとした建物を感慨深げに見入っているのを尻目に、クラウドは真鍮製のドアノックをコンコンと叩いた。
「はーい」
 その懐かしい声にクラウドは顔を僅かに歪めた。中から聞こえた女性の声はもちろん…。
「ただいま、母さん…」
「ああ、おかえりなさい、クラウド」
 ドアを開けた先に息子の姿を認めた母親は居ても立ってもいられず、抱き締めた。
「元気そうでよかったわ。ノックが聞こえた時、きっとあなただと思ったのよ」
 息子との再会を喜ぶ母は、そのすぐ後ろに立っているザックスへ視線を向けた。
「あなたがザックスさん?」
「あ、どうも。ザックスといいます。初めまして」
「クラウドの母です。いつも息子がお世話になってます」
 そう言うとクラウドの母はザックスに向かって丁寧にお辞儀をした。つられてザックスも深々とお辞儀をし返す。お辞儀をした姿がその小柄さをより強調させていた。

 クラウドの母は息子であるクラウドより少し背が低く、畑でキラキラ輝く小麦のような金髪を後ろで纏めていた。ツンツンした頭髪、肌の白さ、そして何よりどこか幼さを残すその顔はクラウドの容姿が母親譲りであることを一目で納得させた。
 前掛けをした格好が家庭に入った女性であることを表していたが、逆に生活感のない服装をしていれば、クラウドほどの年頃の子供がいるようには見えないかもしれない。美しい女性だとザックスは思った。
「遠いところをようこそ。…手紙に書いてあった通り素敵な人ね」
「え?手紙に?」
 その二文字に食いつくザックスにクラウドはドキリと胸を弾ませた。
「この子ったらあなたのことばかり手紙に書いて…」
「ちょっと!やめてよ母さん!」
「そうなんすか〜。オレのことばっか書いてるんすか〜」
 背後でニヤけるザックスに軽く肘鉄を食らわすと、クラウドは母親に取りすがった。
「ほ、他のことも書いてるだろ?」
「あら、そうだったかしら…」
 とぼけているのか本当に記憶がないのか、首を傾げる母にクラウドはガクリと肩を落とした。対するザックスは予想外にうれしい話を聞くことが出来て到着早々すっかり舞い上がっていた。



 * * *



 つい玄関先で話し込んでしまい、クラウドの母は慌てて二人を中へと招き入れた。
 沸かした湯を陶器のポットに注ぎながらお茶の用意を始めた。母は手伝おうとするクラウドを今日はお客様だからとイスへ座るよう促した。
「よかったわ。雪が降らないうちに着いて」
「うん。予報だと明日か明後日あたりに降るみたいだね」
「今はまだ雪降ってないからいいけど…ちょっと困ったことになっちゃって」
「どうかしたの?」
「ストーブの調子が悪いのよ。修理に来てもらおうと思ったんだけど今日は来れないって言われて」
「あ、じゃあオレが見ますよ」
 ザックスは荷物を床に置いてコートを脱ぐと故障してしまった円筒型のストーブの元へ向かった。
 中を調べてみると故障の原因は大したものではなく、少し手を加えてやっただけで元通り稼働するようになった。
「着いたばかりなのにごめんなさいね。でも本当に器用ね」
「ああ、これぐらい大したことないっすよ。お母さん、裁縫で生計立ててるんでしょ?それに比べたら全然」
「裁縫と料理は子供の頃から母に厳しく仕込まれたの。出来ないと嫁に行けないってよく脅されたもの。…うちの子も不器用ってわけじゃないんだけど、特に料理が本当にダメでねえ」
 そう言われて、クラウドも対抗心を燃やしたように声を荒げる。
「オレだって簡単な料理くらいは出来るようになったよ!」
「そうだったの?手紙に書いてなかったから…何か作れるようになった?」
「あ…スクランブルエッグとか…サラダとか…」
 そのスクランブルエッグに卵の殻が入っていたのは記憶に新しい。サラダも輪切りにしたトマトとスライスした玉ねぎを盛っただけのごくシンプルな物だった。
 ザックスは煤で汚れた手を洗いながら苦笑した。
「あとこの間パスタ作ってたよなあ」
「あら、そうなの?」
「パスタにケチャップ和えただけの簡単パスタだけどな」
「バ、バカにしてるだろ!?」
「え?オレはクラウドが日々ちゃんと進歩してることをお母さんに教えたかっただけだぜ」
 くやしそうに頬を膨らませるクラウドがかわいくて、ザックスもついいじめてしまった。それに母親の前にいるせいか、いつもより少し子供っぽくなっているような気がする。母親の前でだけ見せる顔をこうして見ることが出来たのだから、それだけでもこっちに来た甲斐があるというものだ。

「そういえばシチューがお上手なんですってね」
「いや、クラウドからお母さんの作ったシチューのこと聞いて真似て作っただけで」
「お客様なのにお願いして申し訳ないけど、もしよかったら明日作っていただけます?」
「ああ、オレが作ったのでよければ」
「まあ、うれしい。手紙で読んでから食べてみたくて」
 ニコニコと楽しげに話すクラウドの母にザックスは笑顔で返す。
 まるで少女のようにかわいらしい人だ。クラウドが女性だったらこんな感じだったのだろうか。
 そんなことを考えながらザックスが隣のクラウドを見やると、ミッドガルにいた時とは違う、子供のような無邪気な顔で母親を見つめていた。



 * * *



 村の観光は明日に回し、この日はもう遅かったので夕飯をとることにした。
 クラウドの母は二人が来るからと昼間から仕込んでいた料理をテーブルに次々に乗せていく。その中に、クラウドご自慢のシチューもあった。
「たくさん作ったからどんどん食べてね」
 二人とも昼から何も食べておらず、遠慮せずに出された料理を平らげていった。自慢するだけあってシチューも美味しかったが、ザックスは付け合わせの料理に引き付けられた。
「このミートボールうまいな…」
「隠し味があるんだよね」
「え?何だよそれ」
 興味津々で聞き返すザックスにクラウドと母親は顔を見合わせて笑った。
「そんな大したものじゃないんですよ。村のどこの家庭にもある木の実のソースを少し入れてるだけ」
「ミッドガルには売ってないんだ」
「ふーん。ミッドガルにもあったらいいのにな」
「よかったらうちで作ったのがあるからお土産に持って行って下さいな」
「え?いいんすか?じゃあせっかくだからもらってこうか」
「うん」
 食事の話から次第にミッドガルでの生活のことや神羅での仕事の話へと花が咲き、食卓を彩る話題は尽きなかった。
 楽しそうに喋る息子と友達の話に耳を傾けながらクラウドの母は顔を綻ばせた。


 食事を終えて入浴を済ますとクラウドの母が寝床の支度をしてくれていた。客用のベッドもふとんもないのでクラウドがここにいた時に使っていたベッドを二人で使うことにした。
「ごめんなさいね。お客さんなんて滅多に来ないから」
「いえいえ、構わないですって。だって…」
 向こうでもいつも同じベッドで寝てるからと言おうとしてザックスは口を噤んだ。
「え?」
「いやほら、二人でも全然余裕ですから!……なんか子供用にしては大きいような」
 よくよく見てみると十代の子供が使っていたにしてはかなり大きめのベッドだった。その疑問についてはクラウドが答えた。
「これ元々父さんが使ってたベッドだから」
「あ、そうなの」
 父親が亡くなった後もこのベッドは処分せずに残しておき、クラウドが一人で寝るようになってからはこのお下がりを使っていたのだという。大人用のベッドだったので、小さい頃は広々としたこのベッドが大層お気に入りだったらしい。

「それじゃ、おやすみなさい」
 母が出て行った後、二人は小さなランプだけを点けてベッドに入り込んだ。ミッドガルでいつも一緒に寝ているベッドよりは少し狭いが、肌寒いこちらではぴっとりくっつくくらいが暖かくてちょうどよかった。
「オレの母ちゃんと全然ちがう」
「そう?」
「正直料理あんなに上手くなかったぜ…」
「ザックスが料理上手だからてっきりお母さんもそうなのかと思ってたけど」
「いや…下手じゃないけどすげえ大雑把。隠し味なんて言葉、聞いた記憶ねえよ」
「ふーん」
「それによ…クラウドのお母さん美人だな」
 ザックスは寝返りを打つと、ランプに照らされたクラウドの顔を見ながらしみじみと言った。
「そう、かな」
「あれで未亡人か…村のおっさんどもが放っておかないんじゃねえか?」
「…知らない。でも母さん再婚するつもりはないって、大分前に言ってた」
「それだけ亡くなった親父さんを惚れ抜いてるってわけか……かー、いい奥さんだなあ。クラウドも未亡人になったらそうしてくれる?」
「なにわけのわかんないこと言ってんだよ!もう寝るよ!」
 クラウドはザックスに背を向けるとランプの灯りを消した。



material:フリー素材「Material-M」






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