ザックスとはそれからも普通に付き合いを続けられた。気持ちを隠しながら過ごす日々はつらくないといえばウソになるが、この楽しい時間が全てなくなることに比べたら全然マシだとクラウドは自分に言い聞かせた。
いつものようにクラウドがザックスの自宅を訪れていた時、ザックスが突然メールの話を振って来た。
クラウドは元々メールというものがあまり好きではないので送られてきたメールの返信はしても自らメールをすることはなかった。その内容も必要最低限の言葉だけで済ませた。元の性格が淡泊なのもあるが、下手に文章を打ってボロを出すのを怖れていたというのもある。
「…なんでオレにメールくれないの?」
ザックスから物欲しそうな顔で言われてクラウドは内心動揺した。
自分からのメールを欲しがってくれているのだろうか?
それは単純にうれしかった。しかし口を衝いて出た言葉はいつもの淡々とした言葉で。
「毎日顔合わせてるのになんでメールする必要があるの?」
この言葉自体にウソはなかった。ザックスとは遠征でも入らない限りは頻繁に会っていたし、話したいことがあればその時に言えばいいことだからメールを打つまでもない。それにせっかく会えるのだから直接話したいという気持ちが先にあった。何も無理にメールで済ますこともない。
そんな感じで話をしていると、ザックスは更にクラウドへメールを熱望しだした。
…どうしてこんなに欲しがるのだろう?もしかしてザックスも自分と同じ気持ちを抱いているのだろうか?
そんな淡い期待が胸に湧いてくるが、メール魔のザックスからしたらメールをろくに送らない友達がいるからただ送って欲しいと思っているだけだ、と下手な希望は抱かないようすぐに切り捨てたが…。
「オレと直接会って話したいからメールしないってこと?」
そんなことを突然言われたものだからクラウドの心中は穏やかではない。
なぜ言い当てられてしまったのだろう。しかし「はい、そうです」と素直に言えるわけがない。クラウドが慌てて否定すると、ザックスは「悪い!悪かった!冗談だって」と人好きのする笑顔で謝った。
そしてメールなんてどこがいいのかとクラウドが何気なく尋ねた質問が、二人の関係を大きく変えることとなった。
ザックスに言わせると手紙よりも気軽に送れるからいいのだという。
確かにザックスはメールはバカみたいな量を送ってくるくせに両親に宛てた手紙はろくに書けずに送るのを諦めていた。
「あとほら、口では言いにくいこともメールでなら書けることもあるし」
口で言えないことをメールで済ますのもどうなのだろう…。そう思いつつもクラウドはそれは何だと相槌を打つ。
「あー…告白とか?」
またドキリとする。告白なんて重要なことにメールを使っていいのだろうか。
「例えばお前だってオレの顔見ながらだとちょっと言いにくいこととかあるだろ?そういうのを送るとかさ」
そこでクラウドの思考は完全に止まってしまった。
ザックスはごく普通に当たり障りのないことを言っているだけだということは十分わかっている。だがまるで自分の気持ちをザックスが全て見透かして告白を促しているように聞こえて、クラウドは押し黙ってしまった。
意識しないよう努めていたのに、このままここにいたら自分はきっと取り返しのつかない言葉を発してしまう。いいようのない不安からクラウドは帰ると告げてザックスの自宅を後にした。
* * *
あれから二週間。クラウドは極力ザックスとの接触を避けるように過ごしていた。
ザックスに言われたことが頭の中を巡り続けた。友達に徹すると誓ったにも関わらず本当に告白メールを書いたりもした。しかし途中で自己嫌悪に陥り、その度に削除を繰り返す。
ザックスはそんなつもりで言ったわけではないと自制をかけ、メールを打つ手を何とか抑えた。
しかし告白メールを書いたことで、自分が本当にザックスを好きなのだということを改めて自覚してしまい、余計意識するようになってしまった。もはや顔を見ることすら出来なくなっていた。顔を見たら、二人きりにでもなったら、平常心でなどいられない。
だから本社でザックスを見かけた時は物陰に隠れてそこからいなくなるまで顔を合わすことのないよう心がけた。
あれから会ってないけど元気か?という旨のメールがザックスから来ていたが、変なことを書いてしまいそうで怖くなり、いまだに返信していなかった。
いつまでこんなことを続けないといけないのだろうとクラウドの精神も限界に近くなってきた。
そんな時、上官から資料の返却を命じられ、クラウドは本社の第5資料室へと向かった。資料の量自体はそれほどではないが、元々置かれていた場所がよくわからず、どこへ戻すのか悪戦苦闘しながらの作業だったので意外に時間が掛かってしまった。量が少なくてよかったと息を吐きながら廊下を歩く。
このままザックスを避け続けるのは限界がある。どうすればいいのだろうと思案していると、前方からザックスその人がこちらに向かって歩いてくるのが目に入った。
クラウドは条件反射に近い動作で踵を返して走り出した。後ろからザックスの声が聞こえたが振り返ることが出来なかった。全速力で走り、十字路を左折すると適当な部屋に入って息を殺した。
クラウドは物陰に隠れると膝を抱えて座り込んだ。そして自分のしていることに滑稽さに項垂れる。
一体何をしているんだろう…。
あんな避け方をしたら、ザックスだっていよいよおかしいと思うに決まってる。変なやつだと思われたかもしれない。
…嫌われたかもしれない。
クラウドは部屋の片隅で一人泣いた。
どれくらい時間が経っただろう。さすがにもうザックスもいないだろうと部屋を出ると、果たして廊下には誰もいなかった。ホッとしたの束の間、クラウドは業務中だったことを思い出し、大急ぎで上官の元へ戻った。
上官に多少叱られはしたものの、残りの業務を片付けるよう言い付けられ、山積みとなっていた書類整理を始めた。
半分ほど処理したところで上がっていいと指示を受け、挨拶もそこそこにクラウドは消沈しながら寮へ戻った。
寮の一人部屋でクラウドは携帯を見つめる。
あんなことをしてしまった以上、ザックスは自分のことを不審に思っているはずだ。クラウドは意を決してメールを打つことにした。
本当なら直接言うべきことだが、本人を前にしたらおそらく言いたいことの半分も言えないだろうし、恥ずかしい話だが、もしかしたら泣いてしまうかもしれない。卑怯だと思いつつも、メールに頼ることにした。
これがザックスに送る最後のメールになるかもしれないと覚悟を決めて。
普段極端に短いメールしか送っていないので、言いたいことを短くまとめることが出来ず、結局長いメールになってしまった。それでも意図を取り違えられるよりはいいと、思いのたけを書いた。
しかし打ち終わってもなかなか送信することが出来ない。やはり消去しようして操作を誤り、そのまま送信してしまった。
これでもう後戻りは出来ない…。
クラウドは部屋の壁に収納されているベッドを取り出し、そこに身体を落とした。備え付けの安っぽいマットレスは衝撃などろくに吸収してくれず、背中が痛い。
その上で落ち着きなく寝返りを打ちながら悶々とする。
どう受け取られるだろう。
ザックスのことだから内心どう思っていても友達として付き合おうとしてくれると思う。しかしそれはクラウドにとっては針の筵に座らされているのも同然だ。
やっぱり送らなければよかっただろうかと思い始めたその時、携帯のバイブレーションが作動した。
ああ、ついに来たかと震える手で携帯を持ち上げる。メールが一通届いている。もちろんザックスからだった。
早く読まないと…でも何て書かれているのだろう。
開封するのが怖くて迷っているところに、ドアをノックする音が聞こえた。
誰だろう?とクラウドが携帯を置いて何の気なしにドアを開けると、顔を赤くして息を荒げるザックスの姿があった。