「なあ、アドレス交換しようぜ」
ミッションの後、同行したソルジャー――ザックスから携帯片手に声を掛けられた。突然のことに面食らったクラウドは何を言われているのか理解出来ず、しばらく固まった。
一方返事をせず黙ったままのクラウドにザックスは首を傾げる。
「あれ?携帯持って来てないのか?」
「あ、あります」
我に返ったクラウドは慌ててポケットから携帯を取り出した。
「よし、じゃ送信。お前も送れたか?」
「…は、はい」
「今度メシでも食いに行こうぜ」
そう言いながらザックスはまるで親しい友人のようにクラウドの肩を叩いた。
(なぜ自分とアドレス交換したいなどと言うのだろう?)
ザックスと別れた後、クラウドはずっとそんなことを考えていた。
ミッション中、とりたてて仲良くなったわけでもない。ただ同行メンバーになっただけなのに。
同僚にそれとなくザックスのことを聞くと、ミッションで同行した人間とはソルジャー、一般兵関係なくアドレス交換をしているらしい。更に聞くと交友関係が非常に広い人間だという。
つまりザックスにとってミッション後のアドレス交換は習慣に近い、誰彼関係なく行っていることなのだ。
(自意識過剰すぎだな、オレ…)
まるで特別扱いされたかのような気持ちになっていた自分をクラウドは恥じた。食事の誘いもアドレス交換後の決まり文句なのだろう。
そう思っていたが、ミッション後の早いうちにザックスから本当にお誘いのメールが来た。何を食べたいか聞かれたが、特になかったし、ここに行きたいという店もなかったので――そもそも繁華街にもろくに出たことがないので知らないという方が正しい――予定の空いてる日と店はどこでもいいと簡単に書いて返信した。
数日後、クラウドはザックスに連れられ、八番街の裏通りにある飲食店へやって来た。
今日行く店はザックスが行ってみたいと前から思っていたがなかなか機会が合わず一度も行けてない店で、今回クラウドがどこでもいいと言ってくれたのを幸いにそこを選んだと話した。
「だから味の保証は出来ないんだ。まずかったらごめんな」
と楽しげに語りかけた。クラウドも釣られて小さく笑うと、そんな笑顔で言われれば誰でも許してしまうんだろうなあ…とザックスのことを悪く言う人間がいないのを理解した。
辿り着いたその店は照明を幾分落とした薄暗い雰囲気の店だった。全席が洞窟を彷彿させる内装の半個室で、まるでミッドガルを抜けてどこかの山中にでも迷い込んだようだった。料理の味も悪くなく、これなら合格点だとザックスも満足気に口に運ぶ。
出掛ける前はろくに話したこともないのに一体何を話せばいいのか少し憂鬱だったが、交友関係が広いだけあってザックスは話題の豊富な人間で、泉のように湧いてくる色々な話に耳を傾けるだけで十分面白かった。
それにどこで耳に挟んだのか、クラウドがニブルヘイムの出身であることを話に持ち出し、唯一の共通の話題といえる田舎話に花が咲いた。
アルコールが入り、ある程度打ち解けたところで、クラウドは口にするつもりのなかった言葉をぽつりとつぶやいた。
「本当にごはんに行くとは思わなかったです」
「え?何で?」
「社交辞令的なものだと…」
「あー、なるほどね。忙しい時だと誘ってからなかなか行けないこともあるけど、誘ったからにはちゃんと行くのがオレの主義でね」
二時間ほどそこで食事をしてからその日はお開きとなった。
楽しくはあったが、今回だけで終わる付き合いだろうとクラウドは冷めた考えでいた。しかしそんなことはなく、ザックスとの付き合いはクラウドが想像していたより遥かに長く濃密なものとなっていった。
頻繁に繁華街へ遊びにも行くようになったし、食事も幾度となく誘われた。そのうち自宅にも遊びに行くようになり、いつしかクラウドの持っていたザックスへ冷めた気持ちは全く形を変えたものになっていった。ザックスという人間にどんどん引き込まれ、気付けば友達という間柄になっていた。
おかしいと思い始めたのはいつだろう。
ザックスと過ごすのは変わらず楽しい。本音だって遠慮なくぶつけられるし、郷里にいる母親を除けば自然体で付き合うことの出来る唯一の人間だ。
それなのにザックスが誰かと楽しく会話している姿や自分以外の人間にメールを打つ姿を見るたびにイライラするようになった。
最初は何でそんなことを思うようになったのかわからなかった。もしかしてザックスのことを嫌いになったんだろうか?と自問していた時期もあった。
しかしそうではなく、それは嫉妬なのだと気付いた時には、ザックスへの気持ちが簡単に治まりがつくようなものではないということにも気付いてしまった。
同性に対してこんな気持ちを抱くなんて自分はおかしい。クラウドは自責した。しかしどれだけ責めても気持ちにウソはつけなかった。
ザックスのことが好きになってしまったのだ。友達としてではなく、それ以上の存在として。
でもそうだとわかったからといって、どうするというのか?
女性だったならば思いのたけを告白するということを考えたかもしれないが、自分は男だ。気持ちを受け入れてもらえるはずがない。
ではこの先どうしたらいい?こちらの気持など知らないザックスはこれからも友達として接して来るのに。
そうやって堂々巡りの日々を過ごしていたある日、クラウドの元に郷里の母親から手紙が届いた。
いつもと変わらず、元気でいるか、病気はしていないかなど身体を気遣う母の手紙がささくれ立っていたクラウドの心に安らぎを与えてくれた。
しかしその中の一文を読んでいるうちにクラウドは胸がチクリと痛むのを感じた。
『ザックスさんもお元気?せっかく出来たお友達なのだから仲良くしてもらいなさいね』
そうだ。ザックスは…友達なんだ。
安易に気持ちを告げて関係が気まずくなったらどうする?
…そんなことになるくらいなら今の関係のままでいい。
ザックスに忌避の目を向けられることだけは耐えられない…。
そうしてクラウドは自分の気持ちを隠し、友達に徹することを胸に決めた。