Lack of Moon -欠けた月- #14  side:Zack






 神羅内の一部の関係者以外は立ち入り禁止となっている厳重警備の研究領域。そこで丸一日かけて行われることとなった極秘実験。
 化学部門が主導で進めていたそのプロジェクトはソルジャーの肉体強化に大きく関わるもので、ソルジャーの今後を左右するといっても過言ではない重要な実験なのだそうだ。
 魔晄耐性や身体能力などを加味した結果、オレが適任だと判断され、運悪くそれの被験者に選ばれてしまった。
 危険はないとのことだったが、化学部門の言っていることなど当てになるわけもない。

 実験内容については箝口令がしかれており、当然クラウドに話すことは出来ない。かといって同居している以上、何も告げずに出ていくわけにもいかず、会社側から言われた通り実験をメディカルチェックと偽って話した。
「どこか調子でも悪いの?」
 横で話を聞いていたクラウドが心配そうにこちらを窺う。
 ウソをつくのはあまり得意でもないし好きじゃないが、今回ばかりは本当のことを言うわけにもいかない。
「そういうのじゃないから大丈夫だって。ほら、人間ドックみたいに定期的に受けるやつでさ」
「そう…」
 まだ少し気にしているようだったので軽く頭を撫でて安心させてやる。そして頬にキスを落としながら抱き寄せた。
「そんなことより…しない?」
「もう…ダメだよ。明日も明後日も演習きついんだ。それにザックスも検査の前なんだから…」
「ちぇ、お預けか。じゃあ帰ったら、な?」
「…ん」
 キスをすると伝わってくる温もり。
 同居するようになってから帰る場所がある安らぎを得た。
 クラウドからキスをされると、「ああ、戻って来たんだな」と思うようになった。
 帰ってきたらまたこの温もりを貰おう。



 * * *



 実験当日。実験棟へ行く前に統括の執務室に顔を出した。
「じゃあこれから行ってきますんで」
「すまないな」
 統括が申し訳なさそうに言う。この人がこんな顔をするなんて珍しい。
 オレが選ばれなくともソルジャーの誰かしらから選ばれることに変わりはない。外れくじを引いたようなものだと冗談まじりに返した。
「その代わりといっては何だが…協力費は事前に提示された額より多めに貰えるよう手配しておいた」
「そりゃどうも。せっかくなんで終わったら休暇取ってかわいい恋人と旅行でも行ってきますよ」
「ああ、それがいい」
 ここまで気を回されるということはそんなに危険なのか。かと言ってもう後には引けないが…。


 執務室を出て実験棟に向かう途中でレノと出くわした。どうやら待ち伏せされていたらしい。
「大変な任務を仰せつかったそうだな」
「面倒だからお前代わってくれない?」
「オレ、ソルジャーじゃないし」
 レノは俄かに近寄ると、耳元で囁いた。
「…実験棟に宝条が来てるらしい。気を付けろよ」
「またあのおっさんか」
「お前の魔晄耐性はソルジャーの中でも高いが…少しでも気を抜けば飲まれるぞ」
「…実験内容を知ってるのか?」
「さあてね。…ま、大体想像はつくさ」
 おそらくはある程度情報を掴んでいるのだろう。
 が、実験内容がわかったところで今更拒否することなど出来るわけでもないし、それ以上詮索するつもりはなかった。
「オレはそんな簡単にくたばらねえよ。これが終わったらかわいい恋人と旅行に行くことになってましてね」
「あっそ。じゃあさっさと終わらせて来るんだな」
 何があろうと生きて帰ってくるつもりだ。だけど心残りなのはやはり…。
「…なあ。多分ないと思うけど、オレにもしものことがあったら…うちのチョコボちゃんのことお願い出来る?」
「そんなのはタークスの業務外だな」
「いいだろ。総務なんだから」
「…総務は何でも屋じゃないっつーの」
 むくれるレノの肩を叩きながら頼むと一言告げると、「へいへい」と小さく返事をした。



 * * *



 化学部門の連中に囲まれながらそれは始まった。レノの言っていた通り、その中にあの悪名高い宝条もいた。
 まず簡単な身体チェックから始まり、医療ベッドに横になるよう指示され、大量のコード類を全身に付けられる。
「脳波に異常は見受けられません」
「バイタルも安定しています」
 少し首を動かすと心電図を映し出すモニターが見えた。とりあえず問題なしということなのだろう。
「では…始めるとしようか」
 計器類を眺めながら宝条が不気味な笑みを浮かべる。慌てふためくモルモットを見つめて楽しんでいるような、そんな笑みだ。
 今更ではあるが、何をされるのか不安になってくる。こちらの心の内を見透かすように宝条が向き直る。
「なあに。眠ってる間に終わるさ。眠ってる間にな…」
 その口調にゾッとする。相変わらず不気味なヤツだ。
 しかし、そう思ったのも束の間、知らぬうちに何かを投与でもされたのか次第に意識が薄くなっていった。




 あれからどれくらい経ったんだろう。
 おぼろげな意識で周囲へ視線を巡らせると、何かの中に入れられているのがわかった。
 周りを覆っているのはガラスだろうか。おそらく医療用ポッドの中にでも入れられたのだろう。その仕切りを隔てた向こう側に白衣を身に纏った研究員の姿が目に入る。こちらを見ながら何か話している。あいにく声までは聞こえなかった。
 それにしても…今何をしているのだろうか。
 実験の詳細はあまり知らされていなかったが、ソルジャーの肉体強化に関わる実験だと言っていたからおそらく魔晄を照射されているのだろう。それにしたって魔晄漬けにして一体何をしようというのか。
 考えようとすると頭に痛みが走る。まるで鎖でギリギリと締めつけられているようだ。痛みに意識の全てが支配される。


  痛い  痛い  痛い  痛い


 まさか…ここでこのまま死ぬのか?
 その瞬間、死への恐怖と生への執着が芽生える。
 そして…クラウドの顔が浮かんできた。最後に顔を見たのが遠い過去のように思える。
 今何をしているのだろう。会いたい。会って抱き締めたい。
 本能的な…純粋な欲求が湧いてくる。
 すると眼下の研究員たちが何やら騒ぎ出した。

 頭の痛みがどんどんひどくなっていく。気が狂いそうなほどの痛みに耐え切れず、オレはポッドを力任せに叩いた。
 幾度も叩いているとポッドにひびが入った。 これで出られるだろうか?
 早くクラウドに会いたい…。
 ただそれだけを考えてポッドに拳を叩きつける。
 が、突然電撃を浴びたかのような衝撃が身体に走り、また意識が遠のいていく。割れた隙間からポッドの外の会話が僅かに耳入ってきた。
「実験中止だ」
「早く魔晄を…」
 そこで意識が完全に途切れた。



material:clef




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