あれから寮に戻り、痛む背中をかばいながらベッドに横たわった。
頭に浮かんで来るのは先ほど投げつけられた罵りの言葉。
アランに言われた通り、オレとザックスは釣り合っていない。それは知り合ってからずっと悩んでいたことだ。
ザックスと知り合ったのはたまたま一緒に参加したミッションがきっかけだった。
それから何とはなしに声を掛けられるようになって、ザックスの友達との飲みに誘われたり、いつの頃からか二人で頻繁に遊ぶようになった。
悩みがあるなら何でも言えと孤立しがちだったオレを何かにつけて気に掛けてくれたし、誰かと過ごす時間がこんなにも楽しいものなのだと教えてくれたのはザックスだった。
なにより、こっちに来て初めて友達と言える人が出来たことが一番うれしかった。
オレみたいな人付き合いもろくに出来なかった人間に誰からも好かれて社交的なザックスが友達になってくれたことが信じられなかった。
だから好きだと言われた時、冗談で言っているのかと思った。すぐに違うと否定されたけど、それでもまだ信じられなくて。
自分が抱いているザックスへの気持ちを見抜かれていて、それでからかっているのかと疑いもした。でも普段あまり見せることのない真摯な表情で思いを告げるザックスにこれがからかいなどではないとやっと信じることが出来た、
けれど付き合うようになってからも、なぜ自分のような何の取り柄もない人間のことを気に掛けてくれるのか不安だった。
思いを告げられてからずっと疑問だったそれをザックスにぶつけたことがあった。
ザックスの自宅で恋愛物のDVDを見ていた時だった。思い合っていた主人公とヒロインがやっと結ばれるシーンを見ていて、つい聞いてしまった。
「ザックスは、何でオレが好きなの」
「え?なんだよ、急に…」
ザックスは一瞬照れる素振りを見せたが、画面からこちらへ視線を移し、オレの顔を見て表情を一変させた。
「…誰かに何か言われたのか?」
言われた。だからこそこんな質問をしたのだけれど、誰が言ったかなんて告げ口するような真似はしたくなかった。
「…そんなんじゃないよ」
「じゃあ何でそんなこと言うんだ」
「だって…オレ…」
どうしてオレのことを好きだと思ってくれるの?
オレにザックスに思われるほどの価値があるの?
ザックスは…本当にオレのことが好きなの?
どれだけ考えても答えが見出せなかった。
ずっと心に引っかかっていたことだったけど、真剣な眼差しでこちらを見つめるザックスに、聞いてはいけないことを聞いてしまった気がした。
それまで抑えられていたザックスの"スイッチ"を入れてしまっていたことに…まだ気づいていなかった。
「お前のこと不安にさせるようなことしちまったか?」
ザックスに原因があると思わせてしまったようで、そうじゃないと否定した。
「こんなにお前のこと好きなのに、伝わってない?」
淡々と告げられる言葉に返事をすることも顔を見ることも出来なくなり、膝を抱えて黙り込んだ。
ザックスを怒らせてしまったかもしれない。普段あれだけ良くしてもらっているのに、まだ何か不満に思っているのかと誤解されてしまったかも…。
こんなこと聞かなければよかった。でも今更後悔してももう遅い。
静まり返った室内にDVDの音声だけが響く。こうなってはもう内容も頭に入ってこない。お互い黙っていると、不意にザックスがオレの頬に触れてきた。
「…言葉だけじゃ不安?」
「あ…」
「じゃあ行動で示したらわかる?オレがお前のことどれだけ好きか」
「…っ!」
気が付けばその場に押し倒されていた。
こちらを見つめてくるザックスの瞳がいつもとちがっていて…。思わず目を反らしてしまったけど、心臓が飛び出してしまいそうなくらいドキドキと脈打っていた。
「…なに?なにを…」
「お前が怖がるんじゃないかって…ずっと我慢してたけど」
ザックスは上擦った声で独り言のようにつぶやくと服の隙間から手を差し入れてきた。
「っ…待って!」
「もう待てない」
それは普段交わしていた軽いキスと違って、すごく熱かった。息が出来ないくらいに段々激しさを増していくそれをただ受け入れるのに必死で、何も考えられなくなっていった。
ザックスの舌も手も……もう止まりそうになかった。
服を肌蹴ながら、ザックスが耳元で低くつぶやいた。
「…教えてやるよ。オレがお前のことどう思ってるか」
その日初めてザックスに抱かれた。
無価値だと思っていた自分にも人から愛してもらえる資格があるのかと思えるようになった。だけどザックスから受けていたそれが全て消え失せてしまった今、また自虐的な思いに駆られる。
ザックスに思われていたからこそ、その不安を払拭することが出来たのに、それがなくなった今は…。
* * *
「…クラウド。ただいま」
ザックスだ。
いつものザックスだ…。
駆け寄って抱きつくと、ザックスはそれを受け入れてくれた。
「ザックス!オレのこと、思い出したの?」
もうどこにも行かないで。そう言おうとして顔を上げた。
「お前、誰だ?」
「!」
また、あの冷たい瞳で見つめてくる。
「あ…あ…」
「お前なんて知らねえよ。これでお別れだな」
「ザ…ックス……」
ザックスが行ってしまう。なのに足が鉛のように重くて動かない。そうこうしているうちに足元が急に崩れ始めた。まるで壊れていく自分の心のようだ。
助けを求めても、ザックスは見向きもしてくれない。
「ザックス!待って!行かないで…っ」
叫んでも応えてくれない。ザックスはそのまま背を向けてどこかへ行ってしまった。
オレは、どこまでも続く奈落の底へと落ちて行った…。
気が付くとそこは寮の自分の部屋だった。全身汗まみれになりながら荒く息を吐く。ふと頬に手をやると濡れているのがわかった。それは汗ではなく…。
…嫌な夢だ。
でも…これで本当にお別れなのかもしれない…。