Lack of Moon -欠けた月- #07






 ザックスの部屋を出て行って数日経った。
 ザックスとはあれから話をしてないし、顔を合わせてもいない。

 そんな中、ソルジャーや治安維持部門の間で噂が流れ出した。この数日間でオレとザックスが仲違いするほどのケンカをしたということになっているようだ。
 同僚から腫れものに触れるようにしてザックスのことを聞かれてそれを知った。適当に誤魔化していると、振ってはいけない話題だと認識され、そのことが話に出ることはなくなった。
 おそらく陰では色々言われているのだろうが、状況だけ見れば、憶測が生まれるのも仕方のないことだった。
 オレがザックスの自宅を出て寮に戻り、それと時を同じくしてザックスが再び女の人と遊び歩くようになったのだから。

 いまだに向こうから連絡はない。オレに関する記憶が戻っていないということの何よりの証左だ。


 いつまでこんなことを続けなければならないのだろう?
 ザックスの記憶は、まだ戻らないのだろうか…。
 記憶を失くした原因である例の実験について、オレは本来だったらそんなことがあったことすら知らないんだ。なぜザックスが記憶喪失になってしまったのか、どうやったら記憶が戻るのか、それを誰にも問い質せないもどかしさを感じながら何をすることも出来ない。
 ザックスに自分の存在を訴えることも、出来ない…。

 ザックスの無事がわからなかった日々もつらかったが、今のこの状況も耐え難いものだった。
手を伸ばせば触れられる場所にザックスはいるのに、それを拒絶されるのではないかという恐怖が頭からこびり付いて離れない。

 全てを受け止めてくれたあの身体に抱き縋りたかった。会えなかった空白を埋めて欲しい。
 心も身体もザックスを欲している。
 これほどまでに求めているのに、ザックスはこちらのことなど気にも掛けてくれない。
 まるでオレという存在がザックスの中に最初からいなかったかのように…。



 * * *



 その日、ソルジャー部門と治安維持部門の合同訓練が行われた。ザックスは現在休暇を取っている為、この訓練には参加していない。
 ホッと安堵するも、ソルジャーから向けられる好奇の眼差しが苦しかった。それを意識しすぎたせいで、訓練中に何度もミスをしてしまい、それが余計に関心を引いてしまうことになった。
 こちらを見ながら何かを囁き合っているような気がして、情けないことにまともに訓練をこなすことが出来なかった。

 長かった合同訓練がやっと終わった。居心地の悪い訓練場から引き上げ、ロッカールームへ戻る途中で訓練で一緒だったソルジャーたちと出くわした。…と言うより待ち伏せされていた。
「よおストライフ。さっきは散々だったな」
 声を掛けて来たのはその中の一人、クラス3rdのソルジャー、アランだった。ザックスに憧れているらしく、これまでも何かにつけて絡まれたことがある。

 ソルジャーでもないただの一般兵と将来を有望視されているソルジャーが一緒にいることが気に入らないようで、それを持ち出されては何度も因縁をつけられた。時には叩かれたこともある。
 ザックスにそんなことがあったなんて話したくなかったから自分からそのことを話題にしたことはなかった。

 だけど絡まれているところをたまたま見掛けた誰かが知らせたらしく、ザックスから一言言っておくと告げられて以降はアランから難癖をつけられることもなく、顔を会わせることも稀になった。何度か社内で遭遇したこともあったが、その時は向こうがそそくさとどこかへ逃げるようにして姿を消すようになった。
 ザックスがアランと何を話したかはわからない。後輩に対しても分け隔てなく優しいザックスだったけど、パタリとそれが止んだということは存外厳しく咎めたのかもしれない。


 だからアランに話しかけられるのは久しぶりのことだった。
 …これまで積りに積もったもの一気に押し寄せてきそうだ。

 噂のことは当然アランも知っているはずだ。それで何か言いにきたことは明らかだった。その証拠に厭らしい笑みを浮かべている。一緒にいるソルジャーたちも同じだ。
 どうせ前のように絡まれるのが関の山だ。会釈だけしてそのまま素通りしようとしたところ、肩を掴まれた。
「無視するんじゃねえよ」
 肩を掴まれたことで自然に後ろを振り返ると、アランたちがニヤニヤと下卑た顔でこちらを見ていた。
「最近ザックスさんといるところあまり見かけないな」
 予想通りだ…。アンタには関係ないだろうと言いたかったが、相手にすれば余計調子づいて来るだろうし、絡まれたら厄介だ。何も言わずに顔を反らした。
「ザックスさんとお前じゃ釣り合い取れてなかったし、ちょうどよかったんじゃないか?」
「……」
「みんなおかしいって思ってたんだよ。ソルジャーでもないお前みたいな一般兵なんかとつるんでてさあ。な?」
 一緒にいるソルジャーたちも楽しげに頷き合う。そしてからかいの言葉を放ちながら身体を小突いてきた。
 向こうは複数。少しでも抵抗すればどういう目に遭うかはわかりきったことで…。
 反論せずに無言のままでいると、アランは舌打ちをして怒鳴りつけて来た。
「目ざわりなんだよ!もうあの人の周りうろちょろするな!」
 そう忌々しげに言うと、肩が痛むほどの力を込めて壁に身体を叩きつけられた。その衝撃で一瞬息が詰まる。
「…っ」
「いい気味だ。…おい行くぞ」
 それで気が済んだのか、アランたちはその場から去っていった。
 打ちつけられた壁に寄りかかりながら、まるで糸の切られた操り人形のようにズルズルと床へ腰を落とした。

 なぜこんな仕打ちを受けなければならないのだろう。
 これは何かの罰なんだろうか。
 では何に対する罰?ザックスの思いを享受していたことに対する罰?
 ザックスが自分を思ってくれるのと同じくらいにザックスのことを思っていたつもりだけど、そうではなかったのかもしれない。だから罰が当たったの?
 なら、もっともっとザックスのことをたくさん思うから、ザックスを返して。
 あの優しかったザックスを…。



material:clef




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