カンセルさんに言われた通り、実験のことは知らないフリをし、表面上は何事もないように過ごした。
ザックスの身に起こったことなど、社内では微塵も話題にされず、昨日までと何ら変わらない風景がそこにあった。
昨日カンセルさんが来たのはもしかして夢だったのでは?
現実逃避にも似たその考えは社内で偶然会った時にカンセルさんが浮かべた気まずそうな表情の前にあっさりと否定された。
それでも昨日に続いてきつい演習を強いられ、なるべく実験のことを考えずにその日を過ごすことが出来た。
時間は午後7時近く。長引いた演習を終えてやっとのことで帰宅した。
疲れ果てた身体でヨロヨロと部屋に転がり込むと、ごく自然な流れで帰宅の言葉を告げる。
「…ただいま」
返事はなく、中には誰もいなくて。電灯の点いていない部屋が主の帰りを今かと待っているようだった。
ザックスはまだ帰っておらず、それどころかいつ帰ってくるかもわからない状況なのだとやっと頭が理解した。
何もする気にならなかったがとりあえず汚れた身体をシャワーで洗い流し、食欲はなかったが明日も演習が控えているので簡単な食事を作った。何とか胃に流し込むと早々に寝室に向かい、ベッドの上で横になった。
ついこの間までザックスはここにいて、元気にしていたのに。どうしてこんなことに…。
実験って何?
ザックスは今一体どうなってしまったの?
誰が答えてくれるわけでもない問いかけが次々に頭に浮かんで来る。
大丈夫、きっと明日になれば元気な姿を見せてくれる。そう考えながら冷え切った布団の中に潜り込んだ。
* * *
しかし翌日になってもカンセルさんから連絡はなかった。携帯を開いてみても着信はなくメールも届いてなかった。
…午後になったら何か連絡があるかもしれない。そう信じてロッカールームで準備を整えると携帯を閉じて演習場へ向かった。
今日の射撃演習は昨日に比べればハードな内容ではなかったので、どこか余裕が生まれてしまう。そうなるとどうしても…ザックスのことが頭に浮かんでくる。
今どうしているのだろう。もしかしてカンセルさんから連絡が来ていないだろうか。そんなことを考えながら表面上は黙々と作業をこなしているとチームを組んでる同僚のコリンから声を掛けられた。
「おいクラウド。お前、セットする弾倉間違えてないか?」
「え?」
銃器と弾倉を交互に見やっていると違う同僚からも同様に声を掛けられた。
「本当だ。これ違う銃器のじゃないか」
「あ…」
単純すぎるミスだった。誤って持ってきた弾倉を片手にその場に立ちつくした。するとなんだなんだと他の同僚も集まって来る。
まるで規則正しく時刻を告げていたのに何の前触れもなく壊れてしまった時計を前にしたように不審そうな顔でコリンが見つめてくる。
「お前らしくないなあ」
「…いや、寝ぼけてたみたいで」
「ガキじゃないんだから夜更かしすんなよな〜」
「ガキはお前だろ。ガキじゃないから夜更かしすんだよ。なあ?」
ギャハハハと楽しそうに笑う同僚たちの声がどこか遠く感じる。愛想笑いすらする気力がなかった。
「おい!お前たち何をしている」
上官の怒鳴り声が演習場に響くと笑い声がぴたりと止まった。どかどかと足を踏みならして上官がこちらに向かって来ると、全員蜘蛛の子を散らすように持ち場へ戻っていった。
「何の騒ぎだ、ストライフ」
「すみません。自分が弾倉を誤って持って来たせいです」
「何だ。珍しいこともあるものだな。…ん?顔色がよくないぞ。どうした」
上官に顔を覗き込まれ、首を横に振って否定した。
「…何でも、ありません。弾倉を取り替えてきます…」
どう取り繕うと頭の中はザックスのことでいっぱいだった。
早く、無事に帰って来てくれ。無事であったら後はどうでもいい。とにかく帰って来て…。
そしてその願いは歪な形で叶えられることとなった。