「じゃあ行って来るから」
それはオレがザックスの住む兵舎で同居するようになって数ヶ月経った時のこと。
仕事ではなく普段受けるメディカルチェックに加えて精密検査のようなものを受けると言ってザックスは出掛けていった。
どこか調子が悪いのかと訊ねると、人間ドックのようなものだから安心しろと諭された。帰宅は翌日の夜になると言っていた。少し長引くかもとも。
でも…ザックスはその日の夜になっても帰ってこなかった。
今思えば、遠征予定があるわけでもないのにメディカルチェックなんておかしかったんだ。でもその時は何かの理由で検査が長引いているのだろうくらいに考えていた。
だってただの身体検査だと思っていたから…。
ザックスはいつもと変わらない笑顔で自宅を後にした。
次に会った時に、あの笑顔が見られなくなるなんて、その時は考えもしなかった。
* * *
ザックスが検査から帰ってくる予定の日の夜――。
あれは何時だっただろう。0時近かったと思う。ザックスが帰って来るまで起きていようと思ったが、昼間の演習で身体がクタクタだった為、諦めて先に寝ることにした。
睡魔に襲われながら寝室に向かう途中でインターフォンが立て続けに何度も鳴った。
こんな時間に誰だろう?ザックスが鳴らすわけないし…眠りかけた頭を引きずりながら玄関のドアレンズを覗き込むと、そこには肩息をつくカンセルさんの姿があった。
何事だろうと慌ててドアを開けるとカンセルさんが神妙な面持ちで玄関に入って来た。その表情からただ事ではないということがわかった。
「ど、どうしたんですか?」
「…ザックスが」
「え?ザックスならメディカルチェック受けに…」
カンセルさんはメディカルチェックに行ってることを聞いてないのだろうか?本社に行ってて不在だと告げようとしたが、遮られた。
「……いや…ちがうんだ」
何かを言い淀むカンセルさんに背中を冷たい汗が流れた。睡魔が吹き飛び、心臓がドクドクと高鳴り出す。嫌な予感がした…。
「ザ…ザックスに何かあったんですか!?」
叫びながらカンセルさんの腕を掴み、問い質した。
ここがドアで閉じ切られた場所であるにも関わらず、カンセルさんはまるで敵地に侵入しているかのように周囲を警戒しながら部屋を見渡すと、小声で話し始めた。
「…落ち着いて聞けよ?それとこれからオレが言うことは絶対他言するな。知ってることがバレたらヤバイ情報なんだ」
「え…?」
そんなこと急に言われて落ち着けるわけがない。
知っちゃいけない?なんで?
「ザックスはメディカルチェックに行ったんじゃない。…神羅の極秘実験の被験者に選ばれたんだ」
「実、験?」
寝耳に水だった。ザックスはそんなこと一言も言ってなかった…。
「…その実験が、失敗したんだ。昨日の午後のことらしいが」
「え…しっ…ぱいって…」
全身がガタガタと震えだす。
一人で立つこともままならなくなり、床に膝を着きそうになったところをカンセルさんに両肩を支えてもらう。
「いいか、落ち着け。ザックスは生きてる。ただ容態がはっきりわからないんだ…」
その後のことはよく覚えてない。
カンセルさんがひどくオレのことを心配してくれてたみたいだけど、あまり記憶に残ってない。大丈夫だからとか、何かわかったらすぐ知らせるとか、そんなことを言ってた気がする。
気がつくと窓の外が明るかった。あれから眠ったかどうかすら自分でもわからないが、どうやら夜が明けるまでソファの上に座ったままで過ごしていたようだ。
「ザックス…早く帰って来て……」
その時初めて涙を流した。