寝室の外で準備を進めていたザックスは不意に耳を欹てた。何かの音がする。
それは寝室から聞こえて来た。ベッドの軋む音、そして衣擦れのような音。
嫌な予感がする。ザックスは中をうかがうことなく、ドアを思いきり開けた。
「クラウド!」
目に入ってきたのはベッドの上で苦しむクラウドの姿だった。荒い呼吸をしながら何かから逃れるように頻りに寝返りをしている。
ただごとではないとザックスはすぐさまクラウドの元へ駆け寄った。
「どうした?どこか痛いのか?」
ザックスの姿を見止めた瞬間、クラウドは動きを止めてザックスを見つめた。それはあの時と同じ色を湛えた瞳だった。
「ザックス…なんでいなくなったの」
「え?」
「早く…一つになろう…」
ぞわっと全身が粟立つような感覚がザックスを襲う。
一昨日と同じだ。ここで流されてはまた同じことの繰り返しになってしまう。
ザックスは迫ってくるクラウドの両手首をつかむとベッドに押し付けた。
「しっかりしろ!」
動きを封じられたクラウドは身体を起こそうとしながら頭を振って泣き叫んだ。
「やだあ!なんで?なんで…っ」
「クラウド!」
ザックスは叫びながらクラウドの目を見つめた。
一昨日も、今も、自分がクラウドの側を離れた後に様子がおかしくなった。もしかしたらこの状態は分離不安によるものなのかもしれない。
「…ちゃんとお前の側にいるから。大丈夫だから」
「ザックス……」
目を離さず、ザックスが優しく諭すとクラウドは徐々に落ち着きを取り戻していった。色を湛えていた瞳は元通りに戻り、恥ずかしそうに視線を逸らした。
「ザックス…あの…手、痛い」
「あ、悪い…」
ザックスはすぐさまクラウドの手首を解放し、ベッドの縁に立ち直した。
ややあって、クラウドの呼吸が落ち着いたところでザックスは切り出した。
「…お前にどうしても話しておかないといけないことがあるんだ。少しだけ時間をくれないか」
その言葉にクラウドは小さく頷いた。
ザックスはまず薬品を被ったせいで身体が変わってしまったことが嘘であることを伝え、詫びた。そして先日研究室で見たレポートのことを話した。
元に戻す方法はわからない。一生この姿のままかもしれない、ということを。
もうわかっている。そんな様子でクラウドも特に騒ぎ立てることなく耳を傾けていた。
ザックスはいよいよ本題を話し始めた。
「クラウド、一緒にミッドガルを出よう」
「え?」
「ここにお前を置いておきたくない。化学部門の連中がお前のことを実験に利用しようとするかもしれない。もうそんなことに巻き込ませたくないんだ」
「でも、どこに…」
「ここから離れて静かに暮らせるところに行こう」
「…ザックスはいいの?神羅を辞めることになるのに…ソルジャーだって」
「ここにもう未練なんてねえよ」
念願叶ってなったソルジャー。その地位も名誉も今となっては無価値だった。大切な人を守ることのできないのならば、そんなものはいらない。
威勢よく言ったものの、ザックスは俯いて言葉を付け加えた。
「あ、いや…オレと一緒に行きたくないかもしれないけど、逃げる先は見つけたから、クラウドだけでもそこに…」
沈んだ様子のザックスに引きずられるようにクラウドは悲しげな表情を浮かべた。
「どうして…そんなこと……」
「…オレ、お前の意識がはっきりしてないのに…あんなことしちまって」
自分のことなど視界にも入れたくないかもしれない。だから上手くここから逃げることが出来たらクラウドの前から消えよう。一緒に逃げることも拒否されるかもしれないが、そこだけは何とか説得して。
そう覚悟していたザックスにクラウドは抱きついた。
「ザックスは悪くない…オレがザックスに…」
ここ数日のおぼろげな記憶をたどって思い出した。
ザックスはギリギリまで拒んでいた。それを突き崩してしてしまったのは自分に他ならない。全てを台無しにしたのは自分なのだとクラウドは涙を流した。
ザックスはクラウドを腕の中へ抱き込むとそれを否定した。
「ちがう。お前のせいじゃない。全部…あの事故のせいだ…」
「でもオレ…さっきもザックスに……迷惑かけることになるから…もう一緒にいない方が…いいのかな、て…」
「…本気で言ってるのか?それがお前の本当の気持ちなのか?」
クラウドはずっと胸に溜まっていた正直な気持ちを告げた。
何かに操られるように求めてしまったが、あれは造られた感情ではない。クラウドの中に確かに芽生えつつあった感情だった。
「一人にしないで…ザックスと一緒にいたい」
それはザックスの求めていた、ただ一つの言葉。ザックスは腕に力を込め、クラウドに誓った。
「…クラウドのことはオレが守る。一緒にここを出よう」