ザックスが部屋から去った後、クラウドはベッドの上で膝を抱え込んだ。ここしばらくのことが少しずつ脳裏に蘇ってくる。
たった数日の間に色々なことが狂い出してしまった。試験を受けに行って事故に巻き込まれ、男から女の身体に変わってしまった。元に戻るのをじっと待ち続けていたのにその気配はなく、気付けばザックスと身体を重ねていた。
一昨日、本社へ行くというザックスに縋りついてしまったあの時からおかしくなったのかもしれない。
そのうち元に戻ると言われてはいたが、それが一体いつなのか、診察してくれたドクターもはっきりと口にはしなかった。
もし元に戻れないのだとしたら。そうなった時、一体どうしたらいいのか堪らなく不安になった。
本当はザックスに色々相談したかった。しかし世話になっているだけでも申し訳ないのに、その上答えに困るようなことを訊ねるわけにもいかず、口を噤み続けた。
それでもあの日は家から出て行こうとするザックスを見ているうちに不安な心を抑えられなくなってしまった。
「…戻れなかったら、ずっとオレのところにいろよ」
きっとそう言ってくれるのを待っていたのだ。
その言葉でクラウドの心の靄は消えていった。
でもこの時からかもしれない、とクラウドは思い返す。自分の中で抑えがたい衝動が生まれ始めたのは…。
* * *
ザックスとクラウドは互いに兄弟はなく、年齢も二歳差と近いこともあり、仕事で行動を共にしたのをきっかけににソルジャーと一般兵ながら親しく付き合うようになった。人付き合いの苦手だったクラウドもいつしかザックスを本当の兄のように慕うようになった。
だがいつの頃からか、クラウドはザックスの態度に違和感を覚え始めた。
何がきっかけだったのかは明確にはわからなかった。
クラウドが記憶を追って行くと行きつくのは大浴場で一緒に入浴した後からだった。
ソルジャー用に用意される個人寮は浴室が備えられているが、一般兵が居住する寮には浴室はない。だから入浴は寮内にあるシャワールームか大浴場で済ます。
当然ソルジャーであるザックスは大浴場を利用する必要はなかったが、たまには広い風呂に入りたいとクラウドが入浴する時に一緒に入りに行ったことがある。
脱衣所で服を脱いでいる時、ふと視線を感じてクラウドはザックスの方を向いた。
「なに?どうかしたの?」
「あ。いや…色白いなって。北国育ちだからかな」
「まあ母さんも白いけど…そんなに白いかな」
会話もそこそこに大浴場へ向かうと、ここに似つかわしくないソルジャーの姿に中が一瞬ざわめいた。当時2ndで1stになるのも時間の問題だと言われていたザックスの登場に否でも周りの視線が集まる。
早く自分もこんな風になりたい。そんなことを思いながらクラウドが注目を浴びる横の友人へ視線を移すと、どこか上の空だった。話しかけても心ここにあらずといった雰囲気だったが、思いの外騒がれたのが嫌だったのだろうかとクラウドもその時は特に気に留めなかった。
クラウドの記憶の中ではザックスの態度が変化したと感じるようになったのはこの後だった。
それでも変わらず友人として付き合いは続いた。何かにつけて世話を焼いてくれるザックスはクラウドにとって兄として、憧れのソルジャーとして大きな存在となっていった。
だから同じソルジャーになりたいと強く願った。そして、事故は起きた。
だが事故に巻き込まれ、厄介事を抱える身となってもザックスは快く迎え入れてくれた。
元の身体に戻れなかったらずっといればいいとも言ってくれた。
こんなにも自分のことを大切にしてくれるザックス。
どうしてこんなに優しくしてくれるのだろう。最初はその疑問が心に植え付けられ、それは次第に好意へと変わっていった。
肉体が変わったからといって内面まで急激に変わることはないが、事故を境にクラウドの中でザックスへの想いが段々と募っていくようになった。友達としてではなく、好意を抱く対象として……。
弱っていた心はクラウドのザックスを想う気持ちをゆるやかに、しかし確実に大きくさせていった。
だがザックスに抱きついてしまったあの時から、急激に気持ちが高ぶっていった。心が何かに囚われ、歯止めが利かないほどに目の前のザックスを求め始めた。
ザックスは行為に及んでしまったことを詫びたが、あんなことになった原因は気持ちを抑えきれなくなった自分のせいなのだ。
ザックスと同じようにクラウドの心もザックスへと傾倒していった。だからこそ、こんな形で結ばれたくなかった。
目まぐるしい環境の変化、そしてジェノバ細胞の力がクラウドの心を蝕んでいく。
こんな事態になっても心のどこかでまたザックスを求め始めている。自我が大きな何かに覆われようとしていた。
このままではまたザックスに迷惑をかけることになる。
これから自分はどうすればいいのだろう?
クラウドは膝を抱えながら涙を流した。