Does Anybody Really Know What Time It Is? 〜鳥籠の少年〜 #15





 神羅本社ビルにある総務部調査課の一室。部屋にはザックスと調査課の職員――タークスのレノが対面していた。
 自分たちの監視者であるタークスへ接触を試みたのは深い考えがあってのことではない。そこへ行く以外考えが浮かばなかった。
 レノはイスに座ったまま黙り込むザックスに声を掛けた。
「顔色悪いな」
「そうか」
「話ってのは、あの一般兵のことか」
「…正直誰に相談したらいいのかわからねえ。このままじゃオレもクラウドも…」
 全て把握しているといった体で、レノは両手を軽く上げてザックスを制した。
「ひでえことするもんだよな。ソルジャー志願のいたいけな少年を毒牙にかけるとはねえ…」
 人の事言えたクチじゃないけどなと付け加えてレノは自嘲気味に笑った。
「もう…ここにあいつを置いておきたくない。でもいつ身体の調子が悪くなるかわからねえし」
「一ヶ所、いい医者がいるところなら知ってる」
「どこだ?」
「ミディール。温泉地だから身体休めるには持ってこいだな。…だがまあ言いたかないが、どんな名医にかかろうとあのぼうやを完全に治すのはもう無理だと思うぞ、と…」
「それでもいい。静かに暮らせるところに連れて行ってやりたい」
 本当は生まれ故郷に連れて帰ってやりたい。だが肉親がいない以上、身を寄せる場所もないだろうし、何より逃亡するには安直な場所すぎる。ザックスの故郷も同じだ。それ以前にザックスは勘当同然で実家を出てきたので訪ねていったところで門前払いされてしまうかもしれないが。

 レノは目の前に降りている窓のブラインドを指で軽く下げる。窓の先には神羅の栄華の象徴ともいえるミッドガルの街が広がっていた。
「神羅から逃げられるかな?」
「…死んだ人間をいつまでも追うことはないだろ」
「二人して愛の逃避行をしようとしたところで処分されたことにして欲しいと」
「頼む。こんなこと…もうお前にしか頼めない」
「…だそうだ。どうする?」
 レノが背後に目配せすると、その先にあったドアが小さく音を立てて開いた。
 開いたドアの向こうにいたのはシスネだった。
「いいわ。私が処分したことにしてあげる」
「…お前が、か」
「だってあなたたちの監視を命じられてるのは私だもの…」
 シスネが自分たちの監視役をしているであろうことはザックスも薄々感付いていた。クラウドが医務室を退室してすぐ彼女がザックスに近付いて来たのは偶然などではない。あれは全て仕組まれていたのだ。
 研究室のレポートにもあった通り、あの時からザックスたちの動向は全て筒抜けだったのだ。
 だとしてもザックスにシスネを責める気持ちはなかった。彼女の表情を見ればそれがどれほどの苦痛だったか察するに余りある。
「いいのか?バレたらお前も」
「いい気分しないからね。今までの仕事の中で一番嫌かも。だから早く終わらせたいの」
 そう言ってシスネは気だるそうに髪を手で振り払った。
 ザックスは入って来てから自分と視線を合わせようとしないシスネの方をちらりと見やった。
「…早く終わらせたくて、オレにメールを寄越したのか?」
「…そうかもね」
 その返答でザックスは確信を得た。一昨日の早朝、ザックスに送信されたメール。あれはシスネが別人を装って送信したものだ。
 セキュリティの解除、そして研究室の端末にレポートを表示させておいたのも彼女がやったことだろう。関係者以外立ち入り禁止とはいえ、あんな無防備な場所にこれみよがしに資料を置いておくはずがない。もっとも、あの場に宝条が現れたことだけは彼女にとって想定外だったのだろうが。

 シスネの胸に渦巻く女心が監視者としての立場を忘れてあんなことをさせたのだろう。ザックスとしてはそれに感謝をしたいところだが、彼女の気持ちを思うと複雑だった。
 好いた男が元は男とは言え女と暮らしている状況を監視しなければならない。おそらくは一昨日も昨日も監視していたのだろう。
 二人の間に漂う気まずい雰囲気を感じ取り、レノは小さく咳払いをした。
「…ま、胸クソ悪い化学部門の連中に一泡吹かすのを手伝ってやるだけだぞ、と」
「すまない」
 レノは逃亡計画については準備を進めてから追々連絡すると約束した。
 話し終えたザックスにシスネはぽそりと問いかけた。
「彼を一人にして平気なの?」
「え?…家から出るなって言っておいたから多分」
「随分楽観的ね。彼の精神状態は普通じゃないわ。衝動的に家を飛び出す可能性もあるでしょう」
 そう言われてザックスは二人に礼を告げると部屋から飛び出て行った。


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