お目当ての人物は、誰もいない蔵書室で一人イスに座って読書をしていた。時間潰しでよくここを訪れると耳にしていたが、話を聞くにはうってつけの場所だった。
彼は同じソルジャーではあるが年齢はザックスより上で入社した時期も先であり、それほど接点はなかった。その為かザックスにしては珍しく他人行儀な話しかけ方をした。
「どーも…。ちょっといいスかね」
「お前が話しかけてくるなんて珍しいな」
ザックスは男の隣の空いてるイスに座り、遠慮がちに訊ねた。
「ちょっと聞きたいことがあって。適性試験のことなんだけど」
「ああ…さっき聞いたよ。事故に遭ったの、お前の友達なんだって?気の毒にな」
「…あんたのダチも適性試験で」
「死んだよ」
「その…あまり話したくないことだと思うんだけどさ…」
男は開いていた本を閉じると落ち着いた様子でザックスに応えた。
「別に構わない。オレと同期で入ったやつで適性試験の魔晄照射テスト中に発狂して暴れ回った末に射殺された」
「…魔晄中毒か?」
「そうらしいな。全部終わった後に遺体を確認したがひどいもんだ。大分派手に暴れ回ったみたいで、どれだけ撃ち込んだのかわからないくらい身体中が弾痕だらけだった」
「魔晄中毒になった原因は?」
「先天的に魔晄耐性が極端に低かったそうだ」
まるで暗記した言葉をスラスラ述べるかのようだった。一連の言葉には感情はこもっていない。
当然のことながら男の中では全て終わったことで、今更ほじくり返して欲しくない話題なのだろう。これ以上の情報は得られないだろうし、古傷を抉るような真似をするのは野暮というものだ。ザックスが礼を言って去ろうとしたその時。
「こんな話、信じるか?」
口調は変わらない。先ほどまでと違うのは、怒りと諦めが入り混じった複雑な表情を浮かべていたことだ。
「オレは信じなかった。だから調べたんだ」
「調べたって何を…」
「本当の原因だ。化学部門のやつらさ。連中が魔晄耐性テストの時にやらかしたんだ」
適性試験は試験管理局が主体となって行うが、魔晄を使用する魔晄耐性テストは化学部門が補助する形で実施される。その際に受験生を使い、テストを装って実験を行ったのだという。
化学部門が普段から怪しげな実験をしていることは公然の事実だ。だからザックスも男の言葉をすんなり受け入れた。
「なんだってわざわざ受験生を」
「試験中に起こった事故なら誓約書があるから情報開示は必要最低限で済む。何かあっても死因を適当にでっち上げて終わりさ。どっちにしろ、神羅は一般兵が一人二人死んだところで関知なんかしないけどな」
静かな口調の中にやり切れない怒りと悲しみが漂っていた。
言っていることは正しかった。ザックスにもそれがよくわかった。なぜならクラウドも同じ扱いを受けたのだから。
「あいつは家族をすでに亡くしていた。連絡のつく身内は誰もいない。…仮に死んだところで誰からの追及もない。実際そうだ。実験台にするのにうってつけだったんだろうな」
クラウドも天涯孤独の身だ。唯一の肉親は他界し、身元引受人になったのはザックス。同じような人間を探して標的にしているのだろうか。
「…その気になれば実験体なんてここだろうとスラムだろうといくらだって調達出来る。連中にとっちゃ身寄りのない受験生を見つけてモルモットにするなんて単なる余興みたいなもんなんだろ」
『余興』という言葉にザックスの胸にドス黒い何かが込み上げてくる。
化学部門の人間がろくでもないことをしているのはある程度ここにいれば嫌でも耳に入って来る。
だがそれは自分には直接関わりがない話だから聞き流せたのであって、クラウドにその手が及んだとあれば…許せるわけがない。
怒り冷めやらぬザックスと対照的に男はまるで何事もなかったかのように閉じた本を開き直した。
「お前の友達も魔晄中毒か?」
「多分違う…意識ははっきりしてる」
「そうか。命があるだけマシだな」
「けど…試験を受ける前の身体に戻してやらねえと」
「熱心なことだな。オレも最初はそうだった」
「…今は?」
「調べはついてるのに証拠らしい証拠もつかめない。仮に証拠をつかめたとしてもオレ一人の力じゃどうにもならない。何の意味もないことだ」
諦めきった姿に未来の自分を見た気がした。
その時初めて、ザックスは己の弱さを痛感した。ソルジャーとして戦績を上げ有望視されていても友達一人救えないのか。
結局神羅という巨大な組織の中において、その歯車の一つにしか過ぎない自分は何もすることが出来ないのだろうか。