ミッション後、本社に戻って調べたところ、件の人物は現在遠征に出ていることがわかった。
戻り次第会って話を聞いてみようと待つことしばらく。昨日帰省し、今日本社に出てくるという。
早速会いに行こうと、出社する時と同じ時間にザックスが起床すると何やらキッチンの方から物音がした。
リビングから覗いてみると、そこにクラウドの姿があった。
元々朝が弱く、ここに来てからもザックスに起こされるのが常で早朝に起床するなどまずなかった。
「今日は随分早起きだな。寝付けなかったのか?」
「あの…朝ごはん作ってたんだ」
「へ?何で急に…」
「世話になってるのに何も出来ないから、せめてごはんくらい作ろうと思って」
聞けば前日に朝から本社に行くとザックスから告げられたので、何とか早起きして作ろうと思ったという。
もじもじと指を動かすそのいじらしい様にザックスはドキリとする。胸が高鳴った。クラウドも顔をほんのり赤らめ、視線を床に落とした。
鼓動がどんどん早まって行く。ややあって、ザックスはわざとお茶らけた口調で笑いながら口を開いた。
「お前、料理苦手なのにちゃんと作れたのかあ?」
「手の込んだものじゃなければオレだって作れるよ!全然作れないわけじゃ…」
拗ねた様子を見せるクラウドにザックスは肩を軽く叩きながら慌てて取り繕った。
「わ、わかったわかった。せっかくクラウドが作ってくれたわけだし、食べようか」
味は悪くなかった。トーストにハムと目玉焼き、インスタントのコンソメスープだから極端に悪くなりようがなかったが、料理の苦手なクラウドが用意したことを考えれば上出来だった。
場を持たせる為もあって、ザックスが朝食をおいしいと過剰に褒め称えると、クラウドはうれしそうに顔を綻ばせた。
その表情が、ザックスの心を乱す。
クラウドがこんな表情をしたことがあっただろうか。それとも自分が意識しているからそう感じるだけだろうか。
ぐるぐると頭を巡る雑念を振り払い、ザックスは食器をシンクへ持って行くと手早く支度をし、玄関へ向かった。後ろにクラウドが立っているのがわかったが、ザックスは振り返らず、手を軽く上げて声を掛けた。
「行ってくる」
「あ…ザックス」
「ん?」
ザックスが振り向こうとしたところで、クラウドが後ろから抱きついた。
腰に巻かれた腕を解こうとしたが、クラウドに触れる直前でザックスは手を止めた。触れてしまった瞬間、何かが壊れそうで怖かった。
互いに固まったまま、二人の息遣いだけが玄関に響く。
振りほどくことも出来ず、ザックスはクラウドの出方を待った。しかし待っていてもクラウドは腰に手を回してたまま動かない。
じんわりとクラウドの体温が背に伝わってくる。心地のいい感触にザックスは眩暈を覚えた。
オレは一体何をしている?何を考えている?
先日クラウドを家に上げた日――あの日、脱衣所で顔を合わせた時からザックスの思考は狂い始めていた。
あの白い素肌を自分の腕の中に抱き入れ……頭に浮かんでくるのはよからぬ妄想ばかり。今もその柔らかい身体を抱き締めたいと思い始めている。
――クラウドは友達。弟のようにかわいがっている大切な存在。
それを念仏のごとく唱え、ザックスはギリギリのところで踏みとどまった。頭にまとわりつく不埒な念を取り払い、クラウドに語りかけた。
「…どうした?調子悪いのか?」
「迷惑かけて…ごめん」
「そんなの気にするなよ。迷惑なんて思ってねえし」
「…オレ、いつ元に戻るのかな」
事故の日からしばらく経ったが戻る気配はない。いつ戻れるかなどわかるわけがない。原因すらわかっていないのに。
いつまでウソを吐き続けなければいけないのだろう。クラウドも不審がり始めている。だからこんなことを聞いてきているのだ。それでもザックスが口に出来るのはウソの理由だけだった。
「薬の効果が消えるのを待つしかねえよ」
クラウドがその言葉を信じているのか、疑っているのかはわからないが、胸に溜まっていた不安を吐露し始めた。
「もしかしたら…ずっとこのまま、戻れないのかなって」
「……」
「そしたら…オレどうしたらいいんだろ。いつまでもザックスのところで世話になるわけにもいかないし」
「…戻れなかったら、ずっとオレのところにいろよ」
ザックスの押し殺した声にクラウドは息を飲んだ。
それは嘘偽りないザックスの本音。こんな状態のクラウドを追い出すなど出来るわけがない。
いや、むしろ本当はそれを望んでいるのではないか?
ずっとこの姿のまま、自分の元に置いておきたいと思っているのではないか?
自分が何を考えているのか、ザックス自身わからなくなってきた。
――オレは一体何を望んでいる?
「…悪い。そろそろ行くわ」
そう言って、ザックスは緩んだクラウドの手から逃れ、出て行った。