翌日に行われたクウラドの身体検査は滞りなく終わり、特に異常はないという結果が出た。ドクターから言われた通り、自宅療養に切り替えることとなった。
「もう退室手続きをして構わんからね。その代わりしばらくは休養を取ること。しっかり身体を休めるんだよ」
いずれにしてもこの身体では業務どころではない。何かの拍子で肉体の変化に気付かれれば騒ぎになるのは必定だ。ザックスとしても外に出すのは極力避けたかった。
「では調子が悪くなったらすぐに来なさい」
「はい」
診察室の廊下に出た二人は何とはなしに顔を見合わせた。
「治安維持の方にはオレが傷病休暇の申請しとく。治るまでさ、オレのとこ来いよ。寮だとその…な」
「う、うん…」
ザックスの言わんとしていることを理解したクラウドは小さく頷いた。そして今の自分の境遇を改めて思い、不安そうな表情を浮かべた。
それに庇護心を煽られ、ザックスは思わずクラウドを腕の中に抱き入れた。腕に伝わる感触にザックスは一瞬ドキリとして固まった。元より細身の身体をしていたから制服に身を包んでしまえば肉体の変化は見た目からはわからなかった。しかし実際に触れることで、その変化が手に取るようにわかる。
やはり外に出すのは危険だ。元に戻るまで自分の手元に置いておこう。
そしてこの小さな存在を守ってやらねばならない。何に代えても。
「…ザックス?突然どうしたんだよ」
「あ、いや…女の子の身体なんだなーって!今のうちに感触を楽しんでおこうと」
「バカ!何言ってんだよ!」
クラウドはザックスを突き飛ばすと腕組みをして睨みつけた。
「いつもそういうことばっか考えてんのか?中身は男だってのに」
「いやだってオレも男だし、それはしょうがないっていうかさ」
「…ったく。とんだ女好きだよ」
少しだけいつもの調子が戻ったクラウドにザックスも安堵した。
もしかしたら傷つけてしまうかもしれないとも思ったが、すぐに元に戻るという前提でいる以上、腫れ物に触るようにすればクラウドの不安を煽りかねない。
元々病室に荷物は持ち込んでいないので退室の支度はすぐに済んだ。寮には戻らず、その足でザックスの自宅へと向かうことにした。
「あ、でも服とか寮に全部あるから取りに行かないと」
「後でオレが持ってくるよ。他に持ってくる物があったらメモにでも書いておいてくれ」
「うん…ごめん」
「謝んなくていいって。別にお前のせいじゃないんだから」
ザックスが軽く頭を撫でてやっても、クラウドはなお申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
* * *
ザックスの自宅は神羅の本社ビルから少し離れたところにあった。ソルジャー用の住居も会社から格安で借り上げられるが、現在そこは利用していなかった。会社から近いので何かと便利ではあるが周りの住人も同じソルジャーである為、帰宅しても会社にいるような心地悪さを覚え、1stに昇進してからすぐにそこを出た。
「うち来るの久しぶりだよな」
「そうかな」
試験勉強に託けて遊びに来なくなっただろ。そう言おうとしてザックスは口を噤んだ。
「会社に行って休暇申請の手続きしてくるから適当にやっててくれ。あ、寮から持ってくる物があれば一緒に持ってくるから」
「ありがとう。とりあえず着替えがあれば大丈夫かな」
そう言ってクラウドはザックスに寮の鍵を渡した。
一般兵だと立場上長期の休暇は取りづらいが、渋るようなら試験中に起こった事故が原因であることを全面に出して休みをもぎ取ればいい。それでも文句をつけるならソルジャーの権限を用いてでも何とかしてみせる。
そう覚悟していたが、実際にザックスが総務部へ行ってみると休暇の手続きは楽に行えた。ドクターがすでに話を通していたらしく、すんなり許可が出た。
用意周到でありがたいことだが、ザックスの胸に疑惑の種が芽吹いた。
なぜドクターがここまで手を回してくれているのか?ということに。
珍しい症例とはいえ、神羅側からすればたかだか一般兵の身に起こったことだ。ここまで気を回してくれるものだろうか。
ドクターが人格者だから?クラウドのことを不憫に思ってだろうか?それだけで納得出来るほどザックスも楽天的ではなかった。
手続きを終えて総務部から寮に向かう途中、ザックスの前に黒いスーツに身を包んだ一人の女性が姿を現した。タークスのシスネだった。シスネはザックスの姿を見つけると手を振って駆け寄って来た。
ちょうどロビー付近で会ったこともあり、二人はそこでしばらく話すことにした。
話題は当然のごとく先日の事故のことになった。あまり話題にしたくはなかったが、ザックスとしても情報が欲しかった。
「友達が事故に遭ったそうね」
「…ああ。試験中にちょっと倒れちまってさ」
「私、知ってるわ。別に隠さなくても平気よ」
予想はしていたが、ザックスは顔を顰めた。デリケートな問題であるにも関わらず、すでに何人もの人間に知られているという事実が無性に腹立たしかった。
「…タークスには全部筒抜けってか」
不快感を露わにするザックスにシスネが言い繕う。
「ちがうわ。知ってるのは極僅かよ。私はたまたま…」
「…なるほどね」
広く知られているわけではないが、少なくともタークスの中でこのことを知っているのはシスネ以外にも何人かいるのだろう。
「気を悪くしたならごめんなさい。おせっかいだと思うけど手助け出来ることがないかと思って…」
気落ちするシスネにザックスは軽く手を振った。
考えようによってはこの状況は利用出来る。タークスであれば今回の事故について公表されていない情報を掴んでいるだろう。簡単に口外するとは思えないが、シスネは全く知らない仲ではない。そして彼女が自分へ好意を抱いていることもザックスは知っている。何より彼女自身が今回の件に同情的なようだ。何かの拍子に情報を頂戴することも出来るかもしれない。
ザックスが無言で頭を巡らせているとシスネが持っていた手提げ袋を差し出した。
「中身は好きに使って。他に必要な物があれば言ってくれれば用意するわ。…あなたじゃ用意しにくい物もあるでしょ」
「…悪いな。ありがとう」
中身は大体想像がついた。しかしありがたく受け取ったはいいものの、何と言ってクラウドに渡せばいいものか、ザックスは息を吐いた。
仕事に戻ると言うシスネにザックスは去り際にダメ元で問うてみることにした。
「お前何か知らない?…って教えてくれるわけねーよなあ」
あまり期待せずに聞いてみたが、意外にもシスネはそれに応えた。
「薬品を被った後遺症でこんなことになるなんて、出来過ぎた話ね」
「…なに?」
「独り言よ。じゃあね」
自宅へ戻る道すがらザックスは先ほどシスネが去り際に吐いた言葉を反芻した。
出来過ぎた話…それは最初からそう思っていたことだ。何らかの情報を得ているであろうシスネの口から言われたことで、確信を得た。
これは偶然起こった事故なんかじゃない。誰かが故意に起こしたことだと。