どれくらい経ったか、部屋のドアが開き、ドクターが戻って来た。部屋に戻って来るやいなや、ドクターは口を開いた。
「…試験管理局から連絡が入ったよ」
「え?」
「事故の詳細についてだ。…どうも試験中に誤って薬品を被ってしまったそうでね」
「薬品?」
「開発中の新薬だそうだ。女性ホルモンの分泌を一時的に促進させる作用のあるものらしい。その薬品の効果でこのようなことになったのではないかということだ」
なんでそんなものが試験中に?大体そのような薬が研究室の外に存在することがおかしい。
当然湧きおこってくる疑問だか、ドクターは口を差し挟むことを許さない雰囲気を醸しながら続けた。
「はっきりとした因果関係はわからないが、時間経過に伴って薬品の効果が薄まれば元に戻るかもしれん」
要領を得ない話にザックスの苛立ちが再燃する。
「何なんだよ、それは。下手したらずっとこのままかもしれないってのか!?」
掴みかからんばかりの勢いのザックスにドクターは目を伏せ、胸の前で手を左右に振った。
「これ以上のことは教えることは出来ないし、調べることもまかりならん。そういうお達しだよ」
「そんなのが通用するかよ!」
「君もソルジャーならわかるだろう。ソルジャーに関わることは全てがトップシークレットだ。そして適性試験中にいかなる事故が発生しようとも神羅に責任を問うことは出来ない。ちがうかね」
それはザックス自身も適性試験を受ける際に誓約書で書かされたことだ。
そう、こんなことは神羅では珍しいことではない。会社にとって不利益なことはあらゆる手段を用いて闇に葬って来た。ここはそういうところなのだ。そんなことはソルジャーとして過ごして来た中で嫌というほど目にしてきた。
こうして自身の身に降りかかってきたことで、いかに理不尽な行いをしている企業かということをザックスは痛感した。
ドクターは今口にした以上のことは教えられていないのだろう。ここでどれだけ追及しても無駄だと悟った。
途方に暮れるザックスを横目にドクターはイスに座り直すと、端末上に表示された電子カルテを見やりながら再びザックスに話しかけた。
「君には身元引受人ということで話はしたが今私が言ったことは他言はしないようにしてくれたまえ。表向きに公表されるのは試験中に起こったただの事故という情報だけだろうからね」
当然口外するつもりはなかった。こんなことが広く知られてはクラウドに好奇の眼差しが向けられるのは必至だ。
「明日の検査で異常がないようだったら自宅療養に切り替えてもいいが…」
これだけ異常な事態が起こっているのに異常がないも何もないだろう。ザックスは頭の隅で冷めた突っ込みをした。そうでもしなければ頭がどうにかなってしまいそうだった。
「彼は治安維持部門所属者用の寮住まいだったね?」
「…ああ」
「しばらくの間、君の元で預かれるかね?さすがにあの状態で寮に住まわせるわけにもいくまい。それに一人にさせるのは少々気がかりだ。精神的なショックも大きいだろう」
クラウドが目を覚ました時のことを考えると頭が重くなってくる。どうやってこのことを伝えればいいのか。この事実をクラウドが受け止められるだろうか。
「…わかりました。オレのところで預かります」
どんな状況になってもクラウドを支える。そう心に決めてクラウドを送り出したのだ。何があろうと守ってやらねばならない。他ならなぬ自分が…。