sequel.3 天使のお留守番 #05
翌日の朝。
エアリスはベッドですやすや眠るクラウドの枕元に腰を下ろすと、声を掛けた。
「クラウド、朝よ」
「ん……あれ、何でエアリスがいるの?ザックスは?」
昨日のことをすっかり忘れてしまっているようで、クラウドは寝ぼけ眼をこすりながらきょろきょろと周りを見回した。
「何言ってるの。昨日私と一緒に家に帰ってきたじゃない。それにザックスは仕事でしばらく戻って来ないんでしょ?」
昨夜、ミッドガル市内の飲食店で再会した二人。
セフィロスの車で兵舎へ帰宅した後、はしゃぎ疲れたクラウドはそのまますぐ寝付いてしまい…今に至る。
「あ…そうだったね。おはよう」
えへへと照れくさそうに笑うクラウドの髪を撫でながらエアリスは頬におはようのキスをした。
「エアリスお腹すいた?」
「うん。朝ごはんどうする?」
「オレが作る」
「え?クラウド作れるの?」
エアリスの問いにクラウドは大きくうなずいた。
朝の支度をすませるとクラウドはキッチンへ行き、冷蔵庫を開けた。
後ろに立ってそれを見ていたエアリスは驚きの声を上げた。
「わあ、ぎゅうぎゅう詰めね」
「ザックスが出かける前にたくさん買ってた。お菓子もアイスもたくさんあるよ」
「ふふ…クラウドがお腹すかせないか心配なのね」
クラウドは冷蔵庫から卵と牛乳を取り出した。
そしてキッチンの棚から平たい箱を持って来る。
「これで何を作るの?」
「ホットケーキ!ザックスが朝ごはんやおやつによく作ってくれるんだ」
「クラウドも作ったことあるの?」
「ううん。一人で作ったことないけど、一緒に手伝ったことあるよ」
「じゃあ今日は私がクラウドのお手伝いをするね」
まず箱からホットケーキミックスを取り出してボールに全てあけた。
「この粉は一回に全部使うの?」
「えと…ザックスはいつも全部使ってたよ。それでオレとザックス一緒に食べた」
「じゃあこれで二人分なのね。卵と牛乳はどれくらい?」
箱の裏側に必要な分量は全て書いてあるが、クラウドはそれを知らない。
ザックスが作っていた時のことを思い出しながらうーんと唸った。
「卵は一個で…牛乳はカップの半分くらいまで入れてた」
「カップ?」
「あそこにあるカップ」
クラウドは食器棚にある赤い目盛りの入った計量カップを指した。
それを取り出すと、エアリスが牛乳を半分くらいまで注いだ。
「これでいい?」
「うん」
普段ザックスが作るより少し時間はかかったがホットケーキは無事焼き上がった。
フライパンから皿に移すと、クラウドは冷蔵庫を開いた。
包丁を使わなくても食べられる果物がないか中を探し、イチゴのパックを見つけた。
水洗いしてヘタを取ってからホットケーキの横に添えた。
「わ、おいしそう」
「ザックスなら果物たくさん乗せてくれるんだけど…」
「ううん、これで十分よ。いい匂い」
初めて見るホットケーキをエアリスは興味津々で見つめる。
エアリスが皿をテーブルに運ぶ間にクラウドは冷蔵庫からバターとメイプルシロップを持って来た。
「これを付けて食べるのね」
「そうだよ」
バターをまんべんなく塗り、シロップを垂らしてようやく完成した。
それを食べやすい大きさに切り分けると二人は遅めの朝ごはんを口に運んだ。
「…ん。甘くておいしいね、ホットケーキ」
「こっち来た時にザックスが初めて作ってくれたんだ。これ大好き」
何気なく発せられた言葉だったが、それでクラウドが堕とされた時のことを思い出したのか、エアリスは目を伏せた。
「エアリス食べないの?もうお腹いっぱい?」
「ううん。食べるよ。こんなにおいしいものがあるならクラウドもこっちが好きになるはずね」
そう言われてクラウドはうれしそうにココアもおいしいと話し始めた。
* * *
その日の午後、二人は兵舎周辺や近くのショッピングモールを散策した。
クラウドには見慣れた風景だが、エアリスは人で溢れかえるそこを興味深げに見回していた。
夜になって帰宅した頃にはすっかり疲れきっていた。
「人間は同じ場所に集まるのが好きなのね…」
「そうなのかな」
「並ぶのも好きなんだわ。どうしてあんなに待たされてまで並びたがるのかしら…」
「ザックスと出かけた時にオレもお店の前で並んだよ」
「何が面白いの?」
「そこのお店、パフェがすごくおいしいんだ。だからみんな食べたくて並ぶんだって」
「そう…みんなクラウドみたいに下界の食べ物が大好きなのね」
人ごみに揉まれてくたくたになったエアリスを気遣いながらクラウドはお風呂を沸かすことにした。
「えっと…緑色のボタン…だったっけ?」
家を出る前にザックスが教えてくれた給湯器のリモコン操作を思い出しながらボタンを押した。
何とか操作を終えるとソファの上で半分眠りかけているエアリスの元へ戻る。
「もう少ししたらお風呂沸くから一緒に入ろ」
「うん…クラウド、お風呂も自分で沸かせるのね」
「ザックスが教えてくれたから」
ニコニコと答えるクラウドをエアリスは笑いながらも少し寂しそうな表情で見つめていた。
入浴を終えた二人は眠気に襲われてすぐに寝室へと向かった。
部屋の明かりを消し、ベッドの潜り込んでから互いに向き合うように横になる。
クラウドがウトウトし始めた時、突然エアリスが口を開いた。
「ミカエル様がね、心配なさってた」
「え…ミカエル様が?」
久しぶりに聞いたその名前にクラウドはパチリと目を開けた。
クラウドを堕天させた大天使ミカエル。
人間になりたいと言ったクラウドに愛想を尽かし、天界から追放した張本人。
「クラウドが人間と一緒に暮らしていけるものか、すぐ天界に戻りたがるだろうって」
「そうなんだ」
「でもクラウドは……クラウドの心はもうザックスでいっぱいだもの。こっちの方がいいよね」
どこか悲しそうな声で告げられた言葉にクラウドはしばらくの間、黙り込んでしまった。
「…オレ、エアリスに会えなくて寂しかったよ。ずっと会いたかったんだ。だから会えてすごくうれしい」
「うん…私もよ…」
慈母のような優しい笑みを浮かべるエアリスの顔は離れていた間も変わっていなかった。
クラウドは無言で暗闇に浮かぶエアリスの顔をじっと見つめると、その胸の中に潜り込んでぎゅっと抱きついた。
静かに目を閉じるとエアリスも強く抱き返した。