sequel.2 カンセルくんと天使 #02
家に着くとザックスは早速夕飯の準備に取り掛かる。クラウドはリビングへ行っているよう言われ、ソファでテレビを見ながら寛ぎだした。
カンセルはダイニングテーブルのイスに腰掛けると甲斐甲斐しく料理をするザックスの姿を見つめた。こうして料理する姿を見るのはかなり久しぶりだ。以前は何かにつけて自宅へ食事や酒に誘われたものだが。
…もしかしてオレはあの子に嫉妬でもしてるのか!?
そんなわけあるか!とカンセルはぶんぶんと頭を振る。
背後にいるカンセルの困惑など知る由もないザックスは料理する手を止めることなく愚痴り始めた。
「にしても油断も隙もねえな。やっぱあんま外に出したくねえなあ」
先ほどのナンパのことだろう。
じゃあ一生ここに閉じ込めておけばいいんじゃないか?と言ったら本当に実行しそうな気がしたので口に出すのを止めた。
「お前が隠すようなことしてるからだよ。この子はオレのもんだって見せびらかせとけば誰も近づかねえよ」
現に今日ナンパしていたのはクラウドがザックスの恋人だと知らなかった連中だ。知ってさえいれば誰がソルジャークラス1stの恋人に手を出そうなどと思うものか。
「うーん、でも見せるのがもったいねえ」
「一生言ってろ…」
付き合いきれないとカンセルはさじを投げた。
* * *
ほどなくして夕飯が出来上がり、皿に盛られた料理がテーブルに置かれ始めた。カンセルも勝手知ったる人んちの台所とばかりに運ぶのを手伝う。
メインのホワイトシチューの匂いに誘われ、クラウドもダイニングテーブルへとやって来た。
「わあ、おいしそう」
「クラウドの好物だから腕によりを掛けて作りました!」
「ありがとうザックス」
「!?」
あろうことか、カンセルの目の前でクラウドがザックスに飛びついて頬にキスをしたではないか。何だこの新婚家庭は…。今どきこんなベタな新婚家庭なんてあるか?いやない。
「あれ?カンセルくん、顔が赤いよ?」
「うるさいな!」
すっかり当てられてしまった…。
平然とするザックスに「ああ、ここでは日常茶飯事なんだな…」とカンセルは一人納得した。
「まあまあそう怒んなって。今日は久々だからつまみもたくさん作ったからさ」
鯛のカルパッチョ、カプレーゼにピクルスの盛り合わせetc。どれもカンセルの好きなつまみばかりだった。
「…おお、豪勢じゃないか。久々に飲むか?」
「最近全然飲みに行ってないしな」
そう言って冷蔵庫から缶ビールを何本か取り出す。
「付き合い悪いって言われてるぞ」
「わかっちゃいるんだけどよー」
ザックスはエプロンを外しながら横にいるクラウドの頭を撫でる。
「こいつの飯のこととかあるしさ」
確かに見るからに料理は出来なさそうだ。料理どころか家事全般が危うそうだが。
「お前、遠征入ったらどうするんだ?」
「それが悩みの種なんだよ。なるべく遠征入れないでくれって頼んでるんだけどさ」
「んな…いつまでもそんなわけいかないだろ」
「そうなんだよな…」
きょとんとした顔で二人を見やっていたクラウドは話題の中心が自分だとわかると
「オレ、一人でも大丈夫だよ」
とニコニコしながら言った。
「大丈夫じゃねーだろ?飯どうすんだ?」
「この間カレー作ったよ」
「ありゃレトルトだろ?」
「ダメなの?」
ダメではないだろうが、時に一ヶ月以上も任地へ赴かなければならない場合もあるのにずっとレトルトというわけにはいくまい。この様子だと一人で外食もさせたことがないのだろう。
「お前さあ…かわいがるのもいいけど自分で生活出来るようにしてやんなきゃダメだろ」
というか、この子は一体今までどうやって暮らして来たんだ?よほどの金持ちの生まれなのだろうか?そうでなければ今日日子供でも外食や料理の一つくらい出来るだろうに。
同じ2ndのロイドによるとイメクラに勤めてたという話だが、こんな子が風俗店で働いていたとはとても思えない。ますます謎な少年だ。カンセルは訝しげな目でクラウドを見やる。
当のクラウドは隣に座るザックスに頭を撫でられながらテーブルに並べられた料理を眺めていた。
「うーん…そろそろ考えないとダメだよなー」
…こいつは前々から目先のことしか見えなくなることがあって困る。そんな親友にカンセルは投げやりに言い放った。
「じゃあ【オレのです】ってでかでかと書いたタグでも付けとけ。神羅の人間なら誰も手出さないから」
「そうするか…」
「本気にするなよ」
雑談もそこそこに冷めないうちに夕飯を食べることにした。久々に食べるザックスの手料理にカンセルは舌鼓を打った。加えてつまみと酒の美味いこと。
「うーん。やっぱ美味い」
「オレって器用だよなあ」
「まあな。それは認める」
「…ん。クラウド、顔に付いてる」
「え?」
クラウドはザックスの方へ振り返り、シチューを食べていた手を止める。そしてザックスはクラウドの口の端に付いていたシチューを見咎めると、ぺろりと直接舌で舐め取った。
「ん、ごめんね」
そして何事もなかったかのようにクラウドは再びシチューを食べ始めた。
またしても当てられた。カンセルはわなわなと震えながら捲くし立てる。
「…お前わざとか?わざとやってんのか?」
「いんや。いつもやってることだし」
そりゃそうなんだろう。何しろお互いがお互いの行動を自然に受け入れている。
最初はちょっと過保護な親子みたいなもんかと思って見ていたがやはり違う。紛れもなく恋人同士だ。
「おい、酒寄越せ、酒。飲まずにいられるか」
カンセルは冷蔵庫からワインを一瓶持ち出すとビールとちゃんぽんで飲み始めた。
「あん?大丈夫かよ」
「お前らに当てられる方がよっぽど悪酔いする」
「カンセルくん、早くかわいい彼女作ろうよ」
「ほっとけ!」
怒鳴りながらカンセルはワインを一気に飲み干した。
* * *
夕飯が終わるといよいよ酒盛りムードとなった。カンセルに釣られる形でザックスも久々に浴びるほど飲んだ。クラウドは飲むことを許されず、ソフトドリンク片手に酔っ払い二人に混じっていた。
元々アルコールには強い二人だが飲んでいる量が尋常ではない。積み上がった缶、転がっている瓶の数を見ても相当だ。しかし飲んでも飲んでもどこかから湧いて出てくる酒にカンセルはぼやいた。
「お前…どんだけ酒貯め込んでるんだよ」
「いやー、いつも飲もうと思って買うんだけどさ。結局夜は飲まずに大体クラウドと」
「もういい!それ以上言うな!」
カンセルは制止の声を上げると同時にもっと飲んどけとザックスに酒を押しつける。
ああでもないこうでもないと仕事の愚痴やら何やらが飛び交う中、カンセルはずっと胸につっかえていた疑問をザックスにぶつけた。
「んで、この子は一体どこの子なんだ?」
指を差された当のクラウドは目をパチクリさせるだけだ。
直球でぶつけられた質問にザックスはもったいつけるように含み笑いをした。
「聞きたいかね?カンセルくん」
「おお、聞きたいね」
「んじゃお前だけに教えてやろう。クラウドはな、なんと天使なんだよ」
「バカ。んなのお前がいつも言ってることじゃないか」
何を改まって言っているのだとカンセルは缶ビールを傾ける。
「いやいや、マジで天使なんだって」
「あ?惚気るのもいい加減にしろ」
「だから本物の天使なんだよ。伝説通りそこの宿り木に止まってたんだよ…」
クラウドの肩を抱き寄せるとザックスは惚けた様子で兵舎の裏側に生えている巨木の方を見つめる。
「…じゃあ聞くけど、なんだって本物の天使さんがお前んとこにいるんだよ」
「そらお前…オレに恋しちゃったからさ。な?」
「…うん」
言われてクラウドは頬を赤く染めると小さくはにかんだ。不覚にもその愛らしさにカンセルの胸がドキンと弾む。きっとこちらの顔も赤くなっているだろう。酒を飲んでてよかったとカンセルは密かに安堵した。
「オレと一緒にいたいって人間になってここに住むことにしたんだけどな」
「つ、付き合いきれん…」
「あ、お前信じてねーな?」
「そんな与太話信じるわけねーだろ!」
そんなこんなで酔っ払いの話が盛り上がるうちに時間は深夜に差し掛かろうとしていた。
「お、カンセル。もう遅いし今日は泊ってくか?」
「あー…そうする」
カンセルの自宅もこの兵舎の下の階にあったが、どうも飲み過ぎたようでそのわずかな距離の移動も煩わしい。
「じゃあ先に風呂入れ」
「おう…」
だるい身体を引きずり、カンセルは浴室で簡単にシャワーだけ浴びた。出るとザックスが着替えを用意してくれていたのでそれを着てソファに沈み込んだ。
「オレが入ってる間にクラウドに手出すなよ?」
「こんな状態で手出せるか…」
ザックスが浴室に消えると、クラウドがぐったりしているカンセルの元へやって来た。二人が酒盛りしている間に入浴を済ませていた為、すでにパジャマに着替えていた。
「カンセルさん大丈夫?」
と水を注いだコップを持って来てくれた。ゆっくり身体を起こし、一気に飲むと再びソファに身体を沈めた。
「ありがとな…しばらくしたら醒めるから大丈夫だ」
ソルジャーのアルコール耐性は常人より強い。2、3時間もすれば酔いもきれいに醒める。
ソファの上で寝転がるカンセルの横にクラウドは静かに座った。
「カンセルさんはザックスと仲良いよね」
「ああ、まあ…同期だし仲間内じゃ一番付き合い長いからね」
「ザックスが一番心を許してるのはカンセルさんだから、よく知ってるよ」
「…え?」
「ずっと前にザックスがすごく落ち込んだ時にカンセルさんが側にいてあげてたでしょ。オレ、見てることしか出来なくて…あの時カンセルさんがいてくれたからザックスも素直に泣けたんだよ」
「……何でそんなこと…」
酔った頭で必死に思い出す。一度だけ。たった一度だけ、ザックスが自分の前で泣いたことがある。
きついミッションの後、精神的に参ってそれまで一度として口に出すことのなかった弱音を吐いたのだ。あの時は見てる方もつらかった。
そして酒の勢いもあって、あいつは泣いた。おそらく本人は覚えていないはずだ。翌日それとなく聞いても覚えていなかったから。そしてこのことは一緒に飲みに行った自分以外知らない。
…なぜこの子が知っている?
それを問い質そうとした時、シャワーを済ませたザックスが浴室から出て来た。
「二人でなに内緒話してんだ?」
すでに眠りに落ちたカンセルがその問いに答えることはなかった。