sequel.2 カンセルくんと天使 #03
喉の渇きを覚え、カンセルは目を覚ました。時間は…深夜3時。
ソファからゆっくり身体を起こすとキッチンへ向かい、水を一杯飲み干した。
もう一眠りしようとソファへ戻ろうとしたところで寝室の方へ何気なく視線を向ける。ドアが僅かに開いていた。
カンセルは自分が眠りについた後、二人が一戦交えたのを知ってる。眠りについてしばらくして寝室から微かに喘ぎ声が聞こえてきたからだ。睡魔の方が勝ったのでほとんど聞くことなく寝られたが。
(ったく…酔いつぶれてるとはいえすぐ側で人が寝てるのによくヤれるな…)
そう思いながらちょっとした出歯亀根性でカンセルは二人が眠っている寝室をそっと覗き込んだ。するとクラウドが生まれたままの姿でふとんの中から身を起こし、すっかり眠りこけているザックスのすぐ横に座っているのが見えた。
ほら見ろ、やっぱりヤってたな…とそこまで考えてカンセルの思考は止まった。
こちらに背を向けているのでその表情は窺い知ることはできないが、クラウドが慈愛に満ちた顔でザックスを愛しげに見つめているだろうことがなぜか手に取るようにわかった。そしてぐっすり眠っているザックスの頭を優しく撫でるクラウドの白い背に――目の錯覚か幻か、淡く光る翼のようなものが見えた。
見てはいけないものを見てしまったと、カンセルは慌ててソファへ戻り毛布を被った。
「て…天使…?」
脳裏に焼き付いて離れない先ほどの光景を思い出し、我知れずつぶやいたカンセルはザックスの言葉を反芻した。
―――だから本物の天使なんだよ
まさか本当に……?
「んなバカな…」
そう自分に突っ込むと再び眠りに落ちて行った。
* * *
翌朝。カンセルは今日から休暇に入っていた為、そのまま朝食を一緒にもらってから退散した。
「また来いよ」
「ああ、呼ばれなくても飯食いに来るから」
「事前に連絡しないとお前の分作んねーからな」
言いながらカラカラ笑うザックスの横でニコニコ笑うクラウドの頭をカンセルは無意識のうちに撫でていた。
「…?」
目をパチクリさせるクラウドとザックスを交互に見やり、カンセルは必死に弁明した。
「…はっ。いやまて、今のは手が勝手にだな…」
文句の一つでも飛んで来るかと思われたが、当のザックスは別段気にしている様子はなかった。どうやらクラウドにとって危険人物じゃないと認識されたらしい…?
「お前まだ酔ってんじゃねーのか?」
「…かもしれん」
「また来てね、カンセルさん」
「ああ、また来るよ」
…もしかしたらこの子…オレに気を遣って昨日誘ってくれたんだろうか?
あのまま別れていたら、ザックスと前みたいに飯を食うことも早々なかったかもしれない。そのくらい最近疎遠になっていた。それに…この子がどんな子か知ることもなかった。何だか色々と誤解をしていたようだ。
「じゃ、またな」
カンセルは朝風を全身に受けながら晴れやかな気持ちで自宅へ帰って行った。
* * *
カンセルがザックスの家を訪れてから三日後。カンセルはメンタルチェックを受けに本社を訪れていた。チェック終了後、同じく所用で本社に来ていたザックスと廊下で偶然はち合わせた。
「よお、三日ぶり。メンタルチェックか?」
「ああ。今終わったところだ。…せっかくだしカフェテリアでも行かないか?」
ザックスもデスクワークの休憩がてら出歩いて暇を潰していたのでカンセルの誘いに乗った。高層階にある社員用のカフェテリアはすでにお昼を過ぎていた為、人はまばらだった。
窓側のカウンター席が空いていたので自販機でコーヒーを買うとそこに並んで座った。
「最近メンタルチェックの結果かなり良好らしいな」
「ああ。一時はヤバかったけど何とかな。カンセルとちがって繊細なんだよね、オレ」
おどけるザックスとは対照的にカンセルは存外真面目な口調で返した。
「あの子が来てからだろ。それまでひどかったもんな」
「…まあね」
ザックスは紙コップをくいっと傾けると眼下の景色へ視線を投げた。
「この間あの子をナンパから助けてやったって言ったけど、あれ違うんだよな」
「あ?やっぱりお前がナンパしようとしてたのか」
「違う!そうじゃなくて、オレが助けるまでもなかったってことだ。…お前にしちゃいい子見つけたな」
「ああ……ってどういうことだよ」
ザックスは眼下に向けていた視線をカンセルへと向ける。
「お前、見た目さえよければ誰とでも付き合ってただろ?」
「そんな過去の話をほじくり返すなって…」
一時女をとっかえひっかえにしていた頃を思い出し、ザックスは頭を掻いた。
どうしようもない女たらしだと思っていたあのザックスがこんな風に変わるとは…人生何が起こるかわからないものだとカンセルは一人感心する。
「あー、オレも天使見つけたいなあ」
「ま、オレみたいに本物の天使はなかなか見つかんねーよ?」
「まだ言うか…」
カンセルは空になった紙コップをくしゃりと握りつぶす。
不意にあの夜見かけたことを思い出した。背中に見えた光る翼。あれはまるで……寝ぼけて幻を見たか?それとも…。
「…幻に決まってんだろ」
「あ?」
突然何を言い出すのかとザックスはカンセルに向き直る。
「いや、何でもない。…今日も天使さんの元に真っ直ぐ帰るんだろ?」
「ああ。……今度さ、遠征入ったんだ」
「ほー…どうすんだよ」
「いい機会だから全部一人でやらせてみようかなって」
指で紙コップを弄るザックスにカンセルは驚いて視線を向ける。
あれだけべったりだったこいつに恋人離れが出来るもんかね…と内心つぶやいた。
「ふーん…タグでも付けとけば?」
「それどうしようかなあ?」
「だから本気にすんな!」
カンセルの声が響く中、カフェテリアの午後は緩やかに過ぎて行った。