scene.7 優しさに包まれて






 買い物を済ませ兵舎に帰りつくとザックスは早速夕飯を作ってやった。オムライスとサラダとスープと定番のメニューだったが、クラウドにとっては初めて見る食べ物であった為か妙にはしゃいでいた。
 クラウドの嫌いな物はその中にはなかったらしく、全てきれいに平らげてくれた。
「スプーンとフォークの使い方はもう覚えたな」
「うん。簡単だよ」
 昼間はフォークの使い方すらわからなかったが、夕飯を食べながら教えてやると上手く使いこなせるようになった。
「よし、ちょっと早いけど今日はもう風呂入って寝るか」
 ザックスは浴室へ行き、風呂を沸かす準備をする。その後キッチンで一通り洗い物を済ませたところで、ちょうど風呂が沸いたことを知らせる音がリビングに鳴り響いた。
「なあ、風呂って入ったことあるよな?」
「あるよ」
 天界にも風呂はあるのか。
 ザックスは大理石で出来た神殿のような大浴場を頭に思い描いた。それに比べれば大分劣るだろうが、この家の風呂も設備としては悪くはないと自信を持って言える。広さだって二人で入っても問題ないくらいだ。とそこで変な考えが湧いて来たのでそれ以上考えるのをやめた。
 とりあえず一人でも入れるだろうと思ったが、一つ心配なことが浮かんできた。
「あのさ…シャワーって使ったことある?」
「シャワーってなに?」
 案の定知らなかった。やはり天界にそんなものはないか。
「あー…じゃあ教えるから」
「一緒に入ろ?」
「………うん」
 そして断れなかった。


 * * *


 結局二人仲良く入浴となった。クラウドはもちろん楽しそうだが、ザックスはそうはいかなかった。なるべくクラウドの方を見ないようにしていたが、どうしたって目がそちらに向いてしまう。ともすれば、下半身が反応してしまいそうだった。
 オレってやっぱり変な性癖でもあるんだろうか…と隣で真剣に苦悩するザックスを尻目にクラウドは初めて見るバスグッズにはしゃいでいた。
「ザックス、これどうやって使うの」
使い方のわからないシャワーヘッドを持ちながら尋ねるクラウドにペチペチと身体を叩かれ、自然な流れで目を向ける。湯船から立ち上る湯気にわずかに覆われた白い身体が目に飛び込んで来た。
「あ、これはこうやって」
 取り乱す気持ちをはぐらかすようにコックを捻るとシャワーヘッドから水が溢れ出る。
「ひゃ!冷たいっ」
「わ、悪ィ!」
 突然出て来た水に驚いたクラウドがシャワーヘッドを放り投げ、思わずザックスに抱きつく。床で水を放出し続けるシャワーもそのままに、ザックスはその場に凍りついてしまった。
(…待て待て、落ち着けオレ。相手は天使だ…。平常心平常心)
 スーハーと深呼吸を繰り返しながら精神統一を図るが、胸部から下腹部にかけて感じる生暖かい感触にさらに動悸が激しくなる。
 放置されたシャワーの水音だけが浴室に響く。長いようで短いようなその沈黙を破ったのは―――
「はっくしょん!」
 横でぶるりと震えるクラウドにぼーっとしていたザックスの頭が動き出す。
 足元でようやくお湯を切り替わったシャワーを手に取りクラウドの身体に掛けてやる。
「ん…あれ?あったかいね」
「ああ、最初は水が出て来るからここのコックで温度を調整して使うんだ」
「ふーん」
 シャワーヘッドを渡すと出てくるお湯の水圧が気持ちよいらしく、自分で全身に掛け始めた。
 これでシャワーの使い方は覚えてくれた…と思いたい。風呂に入る度にこれでは疲れてしょうがない。


 * * *


 やっと入浴が済み、ヘトヘトになっているザックスを横目にクラウドは先ほどの買い出しで買ったアイスを食べていた。
「アイスっておいしいね」
 ニコニコとチョコバーを頬張る。甘党(特にチョコ好き)なのは今日一日でよくわかった。
 しばし訪れた平穏に脱力するが、ザックスの心労は尽きない。
(あ…寝床どうしよう)
 この流れでいけば、ある程度予想はついていたが、それでも一応聞いてみる。
 ちょうどアイスも食べ終わり、寝るモードになったところのクラウドに話しかけた。
「クラウド、向こうの部屋のベッド使っていいから。オレ今日はここのソファで…」
「なんで?ザックスも一緒に寝よ」
「だよな…」
 果たして予想通りの結果となった。

 元々大きめのベッドを所有していたので男二人といえども小柄なクラウドとならそれほど狭くもない。変なことを考えださないうちに早いとこ寝てしまおうとザックスはふとんに潜り込む。
「ふかふかだね」
「これ特別に取り寄せたいいふとんなんだぞ。さ、もう寝た寝た」
「うん。おやすみザックス」
 普通に挨拶を交わすようにまた頬にキスをして来た。
(頼む…勘弁してくれぇ……)
 更に距離を置いて寝ようと思っていたら、人肌を求めて向こうからザックスの身体にぴっとりとくっついてきた。
「あの…クラウド?」
「寒いからこうさせて…」
 そう言われて邪険に出来るわけがない。というか何と言われようとも突き放すことなど出来ようもなかった。
 自棄になったのか、ザックスは後は野となれ山となれとばかりに逆に腕の中にクラウドを抱き入れる。するとふわっと日なたに似た香りがザックスの鼻をくすぐった。煩悩にまみれた頭がふやける様な不思議な感覚がした。それは子供の頃に体感したことのある懐かしい何かを思い起こさせた。何の不安もなく故郷で過ごしていた頃の安らぎが蘇る。
 ザックスは心地よい温もりを与えてくれる存在をより一層自分の中へと抱き込む。クラウドは抵抗することなくそれを受け入れ、やがてザックスの腕の中で静かに寝息を立て始めた。
 腕の中のクラウドの身体を包んでいるのは自分だが、逆にこちらの方が暖かい何かに包み込まれているようだった。
 まるでクラウドの両翼に包まれているような…。

 そうしてそのままいつの間にか眠りに落ちて行った。





material:月の歯車






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