scene.6 ココアと大天使






 結局その日はゲームをしたりして一日家で過ごすことが出来た。

「さーて、夕飯何にすっかなあ」
 おそらく聞けば何でもいいと言うだろうが、クラウドは人間の食べる物をよく知らない。好きな物・嫌いな物もよくわからないし、作った後で嫌いだとわかっても何だか悲しい。ホットケーキはお気に召したようだが、さすがに夕飯までそれにするわけにもいくまい。
「何か作るの?」
 悩みの種の主がいつの間にか側に来ていた。
「どうしようか…」
 ああでもないこうでもないと考えながらザックスが独り言のようにつぶやくと、
「ザックスがいつも食べてる物が食べたい」とねだってきた。
「オレがいつも食べてる物?」
 そういえばいつも何食べてたっけ。
 ここ数日は遠征先で戦闘糧食ばかり食べていた。まともな食事を最後に摂ったのはいつだろう。
「遠征前だから…あー、外でオムライス食ったのが最後か」
 庶民的ながらおいしい定食を出してくれる店があると聞いて仲のいい連中何人かと連れ立って行ったんだ。中でも人気のあった昔ながらのオムライスを頼んだことを思い出した。
「おむらいす?」
「ああ…まあオムライスなら食えるかな」
 そうは言ってもオムライスが何だかわからないクラウドは首を傾げる。
「おいしいの?」
「ああ、うまいぞ」
「じゃあそれがいい」
 クラウドの了解も一応取れたので夕飯はこれで決まった。
「…って冷蔵庫ほとんど空っぽだったな」
 よくよく考えてみると、遠征前も何かとバタバタしていて家でちゃんとした食事をしたのは大分前だ。昼間クラウドに作ったホットケーキで残っていた卵も使い切ってしまった。結局また買い出しに行かねばならない。服を買いに行った時に一緒に買っておけばよかったと後悔した。
「…もっかい行って来るか」
 イスから腰を上げ、玄関に向かいながら再びジャケットに袖を通していると背後でクラウドがその裾を引っ張った。
「オレもザックスと一緒に行きたい」
「え…いやでももう暗いし」
 と、突然のお願いに訳のわからない弁解をしてしまった。
「オレも行きたい」
 今度は宥めても無駄なようだ。
 …というか、上目遣いで訴えられてはもうダメだと言うことが出来なかった。すでに夜だし、連れ出しても昼間ほど目立たないだろうとザックスはその望みを叶えてやることにした。
「わかったわかった。じゃあ一緒に行こうな」
「本当?うれしい!」
 昼間買ってきたジャケットを着るよう促すと飛びついてきた。
 自分と出掛けられるのがそんなにうれしいのだろうか。ザックスは妙な感動を覚え、例の衝動に負けてクラウドを抱き上げた。するとクラウドはその首にしがみつき、
「ザックス大好き」と頬にかわいらしくキスをした。
 ぷちゅとこれまたかわいらしい音がザックスの耳に響く。
(…まずいな……)
 なるべく意識しないようにしているのに向こうはそんなことお構いなしに純粋に慕ってくるものだから、昂進する気持ちに歯止めが利かなくなりだしている。
 このままだとオレがこいつに『堕ちる』。
 しかし心のどこかでそれでも構わないという気持ちも確かに湧きつつあるのをザックスは意識の奥で感じた。


 * * *


 外へ出るとすでに日は暮れていたが、不夜城ともいうべきミッドガルの都市部は夜でも変わらず明るい。昼間足を運んだショッピングモールへ向かうべく、ザックスはクラウドの手を引いた。
「はぐれるなよ?」
「うん」
 プレートの上はスラムほど治安は悪くないが、クラウドを狙う不逞の輩がいるのではないかという過剰なまでの疑心暗鬼に捕らわれ、ザックスはクラウドを包み隠すように歩いた。それは逆に目立つのではないかという考えは頭になかった。
「ここはいつも明るいね」
「ああ、表通りはこんなもんだ」
 会話に若干の違和感を覚えながらも、周囲への警戒で手一杯だった為ザックスはそのまま流した。

 食品フロアで当面の食材をカートに積み込むと、お菓子コーナーへ向かった。スナック菓子などを適当に入れながらフロアを物珍しそうにキョロキョロと頭を忙しなく動かすクラウドに尋ねた。
「何か欲しい物あるか?」
「ホットケーキ」
「ホットケーキはまだ家に残ってるから大丈夫だって」
「じゃあ昼間食べた甘いのが欲しい」
「んん?どれだ?」
「茶色いやつ」
「あー、チョコか」
 そういえばDVDを見てる時に二箱ほどチョコ菓子を空けていたことを思い出した。昼間買ったチョコ菓子の他に何点かカートに突っ込む。
「…じゃああれも買っとくか」
「あれってなに?」
「ココア。多分お前好きだと思う」
「何でわかるの?」
「ふっふっふ…クラウドのことは何でもお見通しなんだよ」と人差し指でクラウドの小さな鼻を小突いた。
 単純にチョコが好きならココアの味も好みだろうと踏んだだけだが、思いのほかクラウドは驚いた様子で目をキラキラさせながらザックスを見上げた。
「すごい…ザックスって大天使様みたいだね」
「え?なんで?」
「大天使様も同じこと言ってた。お前のことは何でもお見通しだって」
「へー…何か怖いな」
「うん。怒ると天界で一番怖いよ」
 と、ここまでの会話を聞いていた周囲の痛い視線を感じ、ザックスはクラウドを引いてコソコソと違うコーナーへ移った。





material:月の歯車






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