scene.5 天使の涙






「おかえりザックスっ」
 帰宅したザックスを見るやいなや、クラウドはその羽のように軽い身体をぴょこんと弾ませて無邪気に抱きついてきた。
「あ…た、ただいま」
 その身体をしっかと抱きとめると、何とも言えない庇護欲に駆られ、ザックスはぎゅーっと愛しげに掻き抱いた。
 …やっぱり誰にも見せたくねえ。
 そんな気持ちがさらに強くなった。
 出来ることならこのままずっとここにいさせたい…が、相手は天使だ。いつまでもここにいるわけにもいくまい。
 ザックスは買ってきた衣服を適当取り出し、クラウドに渡す。
「ほれ、とりあえずこれに着替えてろ」
「うん」
 受け取ったそれをソファの上に置くとクラウドは身に纏っていた布をぱさりと落とした。
「―――っ!!」
 そこには一糸纏わぬ姿の天使がいた。白磁のような白く華奢な裸体が惜しげもなく眼前に晒らされ、ザックスは食い入るようにその姿を見つめた。天使画から舞い出てきたかのようなその姿はどこか淡く光って見える。
ザックスが見惚れているうちにクラウドは渡された衣服に着替えて立っていた。
 服を着なれていない所為か、袖を引っ張ったり腕を伸ばしたり不思議そうにそれを眺めていた。ブカブカでもないし、きつそうでもない。直感でXSを選んで正解だった。
 無地のシャツ、パーカー、ハーフのスウェットパンツという没個性な服のおかげか、神がかり的にかわいい少年といったあたりまでグレードが下がっているように思えた。
 …だがそれでも規格外にかわいい。外に出したくないという気持ちは揺るがなかった。
「あのさ、クラウド。しばらくウチの中にいないか?」
「? なんで?」
 外にお前をイメクラのお姉ちゃんと勘違いしてるヤツがいるから。
 とは当然言えるわけもなく。言ったところで理解出来るわけもなく。
「あー…外すっげえ寒くてさ。今日は家でごろごろしてようぜ」
 特別寒くもないが、とりあえず今外に連れ出すことは避けたかった。外出したがっていたクラウドがごねるかと思ったが、意外にもあっさり承諾した。

「ザックスも一緒ならいいよ」

 …なんだこの可愛い生き物は。
 本日何度目かの抱き寄せたい衝動をザックスはぐっと堪え、
「じゃあDVDでも見るか」とクラウドの頭をくしゃりと撫でた。
「DVDってなに?」
「え」

 ビデオもテレビも知らないクラウドにDVDの説明をするのは少々骨が折れた。やっと納得したところでクラウドでも楽しめそうなDVDをチョイスし、先ほど買ってきたお菓子を広げてカウチポテトとなった。
 子供でも楽しめるような内容の物だったので最初はわけもわからず見ていたクラウドも10分も経つとその世界にぐいぐいと引き込まれていた。
 不意に画面に向けていた目を隣人へと移す。クッションを胸の前で抱きながら熱心にDVDに見入るその姿からは天界を追放されるほどの悪事をしたとはとても思えなかった。
 一体何をやらかしたのだろうか。
(…食いしん坊そうだから食べちゃいけない禁断の果物でも食ったか?)
 センターテーブルに広げられていたお菓子は、そのほとんどがクラウドの胃の中におさまっていた。


 * * *


『・・さようなら、ここでお別れだね』
『いやだ!どうしてだよ!!』
『ボクは人間の世界では生きられないんだ』
『だったらボクもここに残るっ』

 物語はクライマックスを迎え、登場人物たちの別れのシーンとなった。
 王道的ながらもこの切ない別れのシーンが映画公開当時話題になり、それほど涙もろい気質ではないザックスも気を抜くとうっかり泣いてしまいそうになる。
 ヤバイと思ったその時、くいっと服を引っ張られた。画面に釘付けになっているクラウドがザックスのシャツの裾をぎゅっと握って来た。おそらく関心を引こうと思って引っ張ったのではなく、何かに縋りたくなったのだろう。
 しゃくり上げながら泣くクラウドを「天使も泣くものなのか」とザックスは興味深げに顔を覗き込む。
「うっ…ひっ…く」
 惜しげもなく溢れ出る天使の涙――その大きな瞳からぽろぽろと零れ落ちる。

 ―――きれいだ…

 宝石のようなそれに吸い寄せられ、ザックスは自分でも信じられない行動を取った。
 クラウドの小さな顎を掴み、こちらへ向かせると両の目から零れる涙を頬から目尻へ舌でなぞりながら優しく舐め取った。それに抵抗するでもなく、クラウドはザックスのするままに任せていた。
 涙の塩辛さにはっと我に返ると、ザックスはあわてて顎にかけていた手をぱっと離す。
「あ、いやその…」
 何といってごまかそうと必死に頭を巡らせているザックスを余所にクラウドは小さく鼻をすすると
「ありがとう」と小さく笑った。
 どうやらただ涙を拭ってもらった程度にしか受け取っていないようだ。
 こちらが一人百面相しているのにクラウドにとってはじゃれつく飼い犬が顔をぺろぺろ舐めた程度にしか思ってないことにザックスはホッとしたような寂しいような複雑な気持ちになった。





material:月の歯車






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