scene.3 しにがみはなにもたべない






「とりあえず…何か食うか?」
「うん」
「何が食べたい?」
「何でもいいよ」
「んじゃ、ホットケーキでいいか」
「うん」
 おそらくホットケーキが何であるかはわかってないだろうが、それほど好き嫌いの別れる食べ物でもないし大丈夫だろう。
 キッチンで手早く材料を混ぜ合わせ、じっくり生地を焼き上げる。レストランさながらの整った丸型、きつね色の焦げ目。我ながら上手く焼けた。あつあつのうちに皿に乗せ、バターを一欠片。メープルシロップを皿の脇に置いてやる。
「……」
 目の前に置いてやってもクラウドは一向に食べる気配を見せない。ただそれを見つめていた。
「…食べないのか?」
「どうやって食べるの」
 どうやらナイフとフォークの使い方を知らないらしい。
 そうか、天使ってナイフとフォークを使わないのか…とどうでもいい知識が増えてしまった。
 一から教えたのでは冷めてしまう。ザックスはさっと切り分けるとフォークを皿の上に置いた。
「……」
 もういいやとザックスはフォークを手にとってホットケーキをさくっと刺すと、クラウドの眼前に持って来てやる。
「ほれ」
「あーん」
「うぐっ…」
 小分けにしてやったケーキにパクリと食いつく天使。その表情にまたしても心臓を射抜かれた。
(天使は心臓に悪い……)

「甘くておいしい。これ大好き」
 もっともっとと雛鳥のようにせがむクラウドは天使だと告げられなければ愛らしい少年そのものだった。
 …いかん、思考が邪な方にばかり向いてしまう。ザックスはホットケーキをやりながら話題を変えようと試みた。
「普段は何食べてるんだ?」
「果物。リンゴとか」
「どっかの死神みたいだな…」
「死神は何も食べないよ」
「ふーん」
 ……会ったことあるのか?
 あえてそれ以上その話題には触れなかった。



 * * *



 クラウドはホットケーキをペロリと平らげると大層気に入ったらしく、また作ってとザックスにせがんだ。
「で、何か思い出さないか?」
「んー…わからない」
 腹が膨れたくらいでそう簡単に思い出すわけないか…。
 うーむとザックスが腕組みしながら思案していると、クラウドがシャツの裾をくいくいと引っ張る。
「外行きたい」
「え」
 その格好で。いくら何でも目立ちすぎる。
 しかし外を散策していれば何か思い出すかもしれない。考えてみたらまだ午前中。外もいい天気だ。
「じゃあ…ちょっくら行ってみっか」
「うん」
「…っと。その前に」
「?」
 クラウドは大きな瞳を見開いてザックスを見つめる。
(それやめてくれ…)
 甘い視線を受け、ザックスはほんのり顔を赤く染めた。無自覚だから余計にタチが悪い。出来ることならこんな愛らしい存在を外に連れ出したくないものだがそういうわけにもいかない。
「あのさ、そのでかい翼なんとかなんねえ?」
「これ?」
 言いながらクラウドは両翼をぴょこぴょこと揺らした。
「それ」
「オレの小さいよ」
「は?」
「オレの翼小さいもん」となぜか拗ねたようにクラウドは口をすぼめる。
「ああ、そうなの…」
 ザックスにしてみれば十分な大きさだが、天界ではそうではないらしい。神話に出てくるような大天使みたいになるともっとドでかい翼を持ってるのか?となるとクラウドは結構下っ端の天使なのかもしれない。
「…じゃなくて、小さくても目立ってしょうがねえ」
「隠せるよ」
「お、お?」
 すっと霞がかったように背中から両翼が消え失せ、翼に隠されていた透き通るような白い肌が姿を見せた。
「すげえ…」
「これでいい?」
「ちょ、待った。あと服だな」
 今クラウドが身に纏っているのは真っ白な布。多分一枚布になっているだろうそれは服とは言い難かった。これも十分目立つ。
「うーん…オレの服じゃサイズが合わないだろうしなあ」
 ひとっ走り行って買ってくるか…。
 ザックスはクラウド用の外出着を買いに出ることに決めた。
「お前の着る服とか買ってくるからオレが帰ってくるまでここで大人しく待ってろよ?」
「うん」
 コートフックに掛けてある上着に腕を通すと、ザックスは玄関のドアの前に立った。そして振り返ると再度念押しした。
「いいか、絶対外に出るなよ」
「うん」
 と、ひらひら手を振りながらザックスを送り出す。
 ザックスが何をそんなに気にしているのか。クラウドは知る由もなかった。





material:月の歯車






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