『a shower time』
2)
(ふう・・・)
蘭世はバスルームの脱衣スペースに入り、後ろ手で扉をパタン、と閉めると大きく息を吐き出した。
(おちつけ、落ち着くのよ蘭世!)
先程見たカルロのシャワーシーンが目に焼き付いて離れない。
(そそ、そうだ。私のバスローブはあるよね?)
蘭世は焦る心をなだめつつ、震える手でカルロのバスローブが入っている棚の一つ下を開く。
そこには、自分用と思われるカルロのそれよりも随分小さめなサイズの
バスローブとバスタオルが確認できた。
蘭世は安心して ほっ、と息をつくとワンピースから脱ぎ始める。
そうして全て脱ぎ終え生まれたままの姿になった蘭世はシャワールームの透明なガラスの扉を開けた。
一歩シャワールームに足を踏み入れると、先程の光景が再び目に浮かんでくる。
そして、落ち着き始めていた心もまた騒ぎ出すのだ。
(カルロ様もさっきここでシャワーを浴びてたんだわ・・!)
つい昨日までは(自分が先に浴びていたこともあったが)
そんなに意識することはなかったのに。
自分の心臓の音を聞きながら、蘭世はシャワーのコックをひねり、ぎこちなく身体を洗い始める。
手に取るスポンジにさえも、これで身体を洗うカルロを連想して眩暈を起こしそうだ。
一度気になったらもうどこまでも妄想が止められないのだった。
(まだ私、真っ赤っかな顔だわ・・・)
それでもなんとか身体、顔、髪の毛・・と洗い終え、いつでも出られる状態になる。
全てきちんと洗ったのに、それもあまり覚えていないほど動揺していた。
そして、気分が高ぶってとても乙女な蘭世としては外へ出られる状態ではない。
(そうだ!おちつくまでバスタブに湯をはって浸かっていよう・・!)
顔の赤いのも湯あたりのせいにできるかも・・・
そう思い立った蘭世はバスタブに栓をし、湯のスイッチを入れた。
蛇口から勢い良く湯がほとばしり出て、湯煙がふたたびシャワールームを覆い始める。
(・・・)
5センチほど湯がたまりだしたとき、裸で待っているとさすがに肌寒くなってきていた。
蘭世はいちど脱衣所へ戻り、棚にあったバスタオルを素早く取り出してそれを体に巻きつけ、
再びバスルームへと戻っていった。
(・・・・まだたまらないなぁ〜)
湯は15センチほどまでたまってきていた。
だが以外と時間がかかり、蘭世もすこし焦り出す。しかしここまで湯を張った以上、
途中でやめるのも気が引ける。
(うーん・・・)
蘭世はどうしようどうしよう・・と思いながらもバスタブのそばに座り込んみ、
両腕を組んで縁にの背中をひたすら覗き込んでいた。
・・そのときである。
突然、ガチャッ・・と背後で扉の開く音がしたのである。
「きゃっ!!・・あ!」
その音に驚いて飛び上がり、立って振り向いた蘭世の視界に・・・
バスローブ姿のカルロが立っていた。
”まさかカルロ様が中に入ってくるなんて。”
蘭世はもう目を白黒させて驚いてしまう。
「きゃん・・カルロ様っ、・・・そのっ どうしたの?」
(もう〜覗かないでって言ったのにぃー)
「あまりに遅いので心配になった。」
・・・そうカルロに言われては蘭世は抗議の言葉を返すわけにはいかない。
確かに、湯を張る時間で相当長くココにいるはずなのだ。
「それに・・さっきはお前が私のシャワー中に入ってきた」
にっこりと悪戯っぽく、そして男の色気満載の笑みを返してくる。
「うっ、そうだけど・・・」
カルロがバスタブにちらりと視線を送った。
「湯に浸かろうとしていたのか?」
蘭世がこくん、と頷くと、カルロは ちょっと待って・・と言ってからいちど脱衣所に戻り
棚からなにやら緑色の小瓶を取り出して戻ってきた。
「それはなあに?」
「・・まあ見てなさい」
カルロが瓶の中身を2回ほど振り入れると、蛇口から落ちる湯に当たり
泡がむくむくとバスタブの中に生まれ始める。
「わぁ・・・泡のお風呂!」
蘭世は純粋な小さい子供のように、嬉しそうな顔でその泡一杯になったバスタブを見る。
カルロはその無邪気に喜ぶ蘭世の横顔を見て満足そうに微笑む。
程良い水位となったところでカルロは湯を止めた。
「カルロ様ありがとう・・・えっ!」
蘭世の見ている前でカルロはするするとバスローブを脱ぎ
さらりとバスルームの外へ放り出す。
それは実に、普通のごく当たり前のような動作だった。
(きゃ!)
素裸の彼が目の前に立っているというだけで蘭世は強烈な刺激でめまいを起こしそうだ。
そして、カルロはさっさとバスタブの縁を乗り越え泡の中へと腰を下ろしていた。
「ランゼもおいで。」
少し悪戯っぽい表情で、にこやかに ごく自然にカルロは蘭世を誘う。
「う・・ん」
(はっ はいりたいけど・・・)
蘭世の答えは歯切れが悪い。
入るには自分を包んでいる白いバスタオルを取り払わなければ。
でもそうすれば明るいバスルームの中でバスタブの中から自分を見上げているカルロに
裸が丸見えである。
(脱いだタオルを置きに行っている間も丸見えじゃない〜だめよぉ・・・)
真っ赤になりながら蘭世はタオルの胸元の合わせ目をぎゅ・・と握る。
「どうした?」
「・・タオル取るの 恥ずかしい・・」
消え入りそうな声で俯きながら蘭世は答える。
「ではそのままで入ってきなさい・・私は構わないよ」
カルロの返事に、蘭世は えっ と思わず顔を上げ彼の表情を確認する。
「ほんとうにいいの?」
バスタブの縁にもたれていたカルロが半身を起こし、蘭世の腕をそっと掴んだ。
「そうだ。構わずに早くおいで・・身体が冷えている」
「ん・・」
蘭世は胸元と裾を押さえながらぎこちない動作で タオル姿のままバスタブの縁を跨ぎ
泡風呂へおずおずと身を沈めていった。
「あったかい・・それに いい香り・・・」
バスタブの中に二人は向かい合わせで座っている。
後から入った蘭世は残る恥ずかしさで身をちぢこませ、
バスタブの中でカルロから少し離れて座り込んでいた。
グリーン系の香りがふわっと漂い、泡でお互いの身体も覆い隠されていることもあり
蘭世は次第に落ち着きを取り戻しつつあった。
硬かった表情が次第に緩んでくる・・・。
ふと、蘭世はあることに気が付いた。
湯から腕を上げると、途端に腕がスーッと冷えていくような感覚。
「なんかスーッとする・・」
「メントールが成分に入っているよ。」
「ふーん・・おもしろーい。」
このときは余り気にもとめずに蘭世は泡一杯の湯を細い両腕でなんとなくかき混ぜていた。
「あっ 髪をまとめておくの忘れちゃった・・」
もうすでに蘭世の長い髪は先から泡だらけになっており、蘭世は気にして髪を手で抑える。
わざとなのかそれとも照れ隠しなのか・・やけに冷静な蘭世にカルロは少しもどかしさを覚える。
「後で流せばいい・・ランゼ」
その言葉を合図のようにしてカルロは蘭世の小さな肩を両手でぐい と引き寄せ・・
腕の中で自分を見上げる彼女の唇を、自らの唇で塞いだ。
つづく
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