『パラレルトゥナイト:零れ話』



『a shower time』

1)

とある休日。
夜である。
昼間デートした二人は少し早い夕食をとり、早々とカルロの私室へ戻っていた。
窓から見える空は藍色で西の空の端に赤い色が筆でひとはけ塗ったように雲間に細く残っている。
「ふんふんふん〜♪」
蘭世はひとり応接間のソファに座り、膝の上で女性向けのファッション雑誌をひろげている。
彼女のいる広いその部屋には壁向こうからくぐもった微かな水音が聞こえてきている。
いつもはレディーファーストで蘭世が先なのだが、ちょっとした用事
(蘭世が日本から届いたばかりの女性雑誌を読みたかった)で今日は珍しく
カルロが先にシャワーを浴びていた。
まだまだ恥ずかしがりの蘭世は、一緒にカルロとシャワーを浴びる、というのは
未だに気持ち的に無理なようで交代でひとりずつバスルームを使っていたのだ。

蘭世は楽しげにページをめくっていたのだが、ふと視線を上にあげると あることに気が付いた。
(あれ?カルロ様のバスローブがあんなところに・・・??)
きちんと畳まれた大きめのバスローブが、3着ほど重なって
キャビネットの上に放置されていたのだ。
おそらく部下が洗濯済みのそれを運び入れたときに、何かの拍子に
しまわずに置き忘れていったのだろう。
(ひょっとしたらバスルームに予備があるかもしれないけど・・・無かったら大変!)
蘭世は膝の上の雑誌をソファへ移動させると立ち上がり小走りでキャビネットへ急ぐ。
そしてバスローブの束を両腕で抱えると再び小走りでバスルームへの入り繰りへ近寄り、
そのドアを開け中へ入った。

白く縦に細長い開き戸のついた棚の、蘭世にとってはすこし高いところにある
扉のひとつを開きつま先立ちで背伸びをしてバスローブをしまい込んだ。
そこまでは純粋にカルロと部下のことを思いやって動いたことだった。
(ふう・・・)
ほっと安心して何気なく振り向いたとき・・ある光景が彼女の目に飛び込んできた。
(うわぁ・・・きゃ!)
余裕を持って造られた広い洗面・脱衣スペースの向こうに、大きくて透明なガラスで覆われた
空間がある。・・・シャワールームだ。
そこも結構な広さで、勿論奥の方にバスタブもしつらえてある。
ガラスは白く蒸気で曇っている。
その向こうで・・シャワーを浴びるカルロの背中がにじむような輪郭で浮かび上がっているのだ。
脱衣所よりもシャワールームの方が明るい照明を使っているせいか、湯煙に曇るガラスにもかかわらず
中の様子は以外にくっきりと見える。
 生まれたままの姿のカルロに蘭世は恥ずかしくなり、顔が真っ赤に燃え上がる。
ベッドでは裸で抱き合うことなど何度でもあるが、明るい所で彼の全裸を見るのははじめてだった。
そして目を両手で覆い隠そうとしたが・・指の隙間から つい、彼のヌードに見とれてしまう。
鍛え上げられた筋肉が、つきすぎず少なすぎずバランスをとってカルロの四肢や背中についており
それは さながら美しい彫刻のダビデのようだ。
(わ・・・)
目が離れない・・・。蘭世の足もその場に釘付けだ。
その均整のとれた身体をシャワーの水しぶきが蕩々と流れ落ち水の玉をいくつも散らばせている。
肩胛骨の内側から背骨、そして少しうねって腰骨へと筋を描いて水が滑り落ちるその様子を、
蘭世は無意識にその流れを追うように視線を泳がせてしまう。
彼の臀部もひきしまり ある意味 その形に蘭世すらそそられる・・・

やがてバスルームの外の気配にカルロは気づき・・何気なく上半身をひねり振り向いてきた。
立ちつくしている蘭世を認めるとカルロは少し首を傾けて笑顔を作る。
以外と厚い胸板にも 湯煙と水滴がまとわりついている。
カルロと目が合い、蘭世ははっと我に返った。その途端に足の呪縛もとれたようだ。
「わあっ ごめんなさい・・・あのっ、バスローブ入れておいたからっ!」
カルロが声を掛ける前に蘭世はぱたぱたと足音も高くその場から逃げ出してしまった。



(鎮まれ心臓〜!!)
蘭世はソファに横向きに座り正座して背もたれにしがみついていた。
(カルロ様って か・・・かっこよすぎ!)
跳ね上がり続ける心臓に、思わず胸を押さえた。
呼吸すらそのピッチが上がっている。

そうしてしばらくすると、蘭世の背後でバスルームの扉が開閉される音が響いた。
カルロがシャワーを終えて出てきたのだ。
彼は勿論、蘭世の届けたバスローブを身に纏っていた。
「ランゼ、バスローブをありがとう。」
そう言いながら彼の足音がすっすと近づいてくる。
「・・ランゼ?」
カルロはソファの上で正座して丸くなっている蘭世に気づき少し心配げだ。
(気分でも悪いのか?・・)
ぽん、と小さな肩に手を乗せると、・・一呼吸置いて蘭世はぱっ と振り向いてきた。
彼女は目が潤み、もう顔は真っ赤に上気している。
「あの・・」
「どうした?」
問いかけてくるカルロの髪の先からまだ水滴がきらきらと滴を肩へ落としている。
言おうかどうしようか迷った風の蘭世だったが、ついに思い切って言葉を紡いだ。
「あの・・ごめんね カルロ様の裸をまじまじと見たのって 初めて・・・」
そう言い終わると 蘭世は きゃっ と一声上げて
手近にあったクッションに顔をつっこむように押しつける。
「・・・」
カルロはそれを聞いてクスっ と笑う。
(かわいいじゃないか・・・)
カルロは上半身をかがめ、顔をクッションに埋めている蘭世の
こめかみのあたりに、軽くキスをする。
そして、いつもと同じ様なトーンで、優しく蘭世の耳元に囁く。
「ランゼ、今度はおまえの番だよ。・・シャワーを使いなさい・・ここで待っているから」
「・・うん・・」
シャワー室に負けないくらい湯気がもうもうと立っていそうな顔をクッションから離し
蘭世はもういちどカルロを見上げる。
そして軽いフレンチキス。
今夜これからのことについて蘭世も思わずとろけるような甘い期待を胸に抱く。
蘭世は頬を染めつつ、おずおずとソファから降りて立ち上がりバスルームへと
ひとり歩みを進めた。
ふと蘭世は戸口で立ち止まり、カルロへ振り向く。
カルロはタオルで頭を拭きながらもこちらを見ていたようで、すぐに目と目があった。
「?」
「お願いだから・・・カルロ様は覗かないでね」
これに彼はぷっ、と吹き出して笑ってしまう。
「・・・はいはい、お姫様」
返事を確認すると、蘭世はひとりバスルームへと入っていった。



つづく

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