1) 2) 3)
4)〜6)(最終話)
-----------------------------------------------------
1)
蘭世は魔界の想いが池の淵に立っていた。
足下には不思議な力のあるあの花が可憐に咲き乱れている。
蘭世は、想いが池に到着したものの、飛び込むのをためらっていた。
(どうしようかなぁ・・・)
ダークに会いたい。
(でも、いきなり目の前に私が現れちゃったりしたら、きっと周りの人も驚くだろうし
何よりも、ダークの迷惑にしかならないよね・・・)
そう、会いに行きたいのだがカルロの足手まといになるわけにはいかないのだ・・・
江藤家から持ってきた水筒には、すでに想いが池の水をたっぷり汲んで入れてある。
だから帰り道には不便しないはず。準備は万端である。
蘭世は足下で揺れている白い花にちら、と視線を移す。
(何かいい方法、ないかなぁ・・・)
突然、蘭世はぽん、と思いついた。
(そうだ、ダークをそっと見守るような距離のところ!!って願ったらどうなるのかしら?!)
その名案に蘭世は自分でワクワクしだした。
「もし変なところに出ちゃったら、すぐに水筒の水で帰ってきたらいいもんね!」
よーし。
思い立ったらすぐ実行である。
「いち、にの、さん!」
蘭世はざぶうんと水しぶきをあげ・・想いが池に飛び込んだ。
(ダークの側で、ダークの迷惑にならないところへ!!!)
◇
どこかへ、蘭世は到着したようだった。
蘭世がふと気が付くと、そこはやはり・・・夜であった。
「なーんにもない・・・ここは どこ?」
蘭世は思わずきょろきょろと周りを見回した。
大きな倉庫であろうか。体育館ほどの大きな建物の中で、廃墟なのかどこか埃っぽい風景
が広がっていた。コンテナと思われる大きな木箱があちこち無造作に置かれている。
むき出しの鉄筋の柱が広い空間を仕切るように何本も上へ向かって伸びている。
そして高い場所に窓がとられており、薄暗いその建物の中を・・・
まばゆい月明かりが、青白く照らしていた。
「ダークは・・どこかなぁ」
蘭世が そうぽつっ、とつぶやいた時である。
突然、自分のすぐ側で何かが空を切る音がした。そして真後ろの壁から煙が上がるのだ。
(ピストル!?)
蘭世は慌てて手近にあった1メートル四方の木箱の影に身を隠す。
やはりその場所は、単なる廃墟ではなくカルロ達が戦っている現場であったのだ。
木箱に持たれ座り込む。
ドキドキと蘭世の心臓は早鐘を打つ。
カルロが抗争中である事・・それはあり得ないことではなかった。
覚悟はしていたはずだが実際弾が飛んでくるとやっぱりひるんでしまう。
蘭世は暗闇に慣れてきた目でぐるっと周囲を見渡す。だが未だにカルロは見あたらない。
(どうしてダークがいないのお!?)
想いが池で願ったことがおかしかったんだろうか・・・
(あ。)
蘭世は ふと”ダークが見えるところへ”と願っていなかったことに気が付いた。
(もうっ、そのくらい池も考えてよぅもうう〜)
蘭世はもうがっくりきてしまった。ここにいても危険なだけである。
(・・・帰ろうっかな・・)
そう思ったとき。
「・・っ!!!」
後ろから伸びる大きな手に口を塞がれ・・蘭世は闇の中へ引っ張り込まれた。
(はっ はなしてー!!)
もがいても大きな腕は自分を捕らえて放さない。
ふと、蘭世はきき覚えのある”香り”に気づいた。
蘭世はもがくのを止め・・・おそるおそる振り向いた。
(まさか・・・まさか!)
私を捕らえているのは・・・!!
「お嬢さん、こんな場所でまた会えるなんて奇遇だね・・一瞬幻かと思ったよ」
見事な銀色の長髪を束ね、眼光鋭いオッドアイ・・
蘭世を捕らえたのは、Zだった。
端正な顔に・・不敵な笑みを浮かべていた。
「勝利の女神よ、祝福のキスを」
「・・・!!」
驚きの余り呆然としている蘭世を見て、Zはすかさずその唇を奪った。
「やあっ・・!」
叫ぼうとする蘭世の口をZは再び大きな手で覆う。
蘭世は最悪の事態に陥ったことに気が付いた。恐れで身体ががくがくと震え出す。
「幽霊でも見るような顔だね。ま、仕方ないとは思うが・・つっ」
そう言った途端Zは顔を歪めた。蘭世の口から手を離し、肩に手をやる。
(あ!肩に・・!!)
彼の香水に混じる血の臭い・・・
Zは右肩から血を流していたのだった。一目見てわかる銃創・・。
「ダークに撃たれたの?」
「まさか。あいつの射程距離に入ったら命は無いさ。敵を褒めるのは気分が悪いが・・
撃ったのはベンの奴だ 心臓を狙って来たようだがまだまだだね」
よく見ると、Zの右肩全体が血で染まっている。
「今度こそ絶体絶命だと思っていたんだが・・
勝利の女神は俺をまだ見捨ててはいなかったんだな。こんな天使を遣わすなんてね」
「なにを・・!?」
「当然。お嬢さんを盾にしてここから脱出するよ、絶好の人質だ」
「嫌!やめて!」
「まあお嬢さん、黙っていなさい」
そう言いながらZは物陰から周囲をうかがい始める・・外へ出る機会を狙っているのだ。
蘭世は頭の中で一生懸命考えた。
・・・今ここで叫んで助けを呼ぼうか・・・
だが。
今までの経験で、蘭世はいくつか学んだことがあった。
このまま見つかれば、きっとこの男はこの倉庫のどこかにいるダークに撃ち殺される。
怪我をしているとなれば、なおさら勝ち目はない。
私を人質にしていても、まず 間違いないのだ。
(・・・)
蘭世は、迷った。
いくら嫌な相手でも。目の前で見殺しにする事は・・・できない・・・
「・・あのあのっ、Zさん聞いて!!」
蘭世の心は、決まった。Zの血に汚れたスーツの上着に手を掛けゆさぶる。
「貴方だけだったら私、ここからすぐに逃がしてあげられるの!
本当に助かりたかったらおかしいと思わないで私の話を聞いて!
そんな傷を負っていたら、私を抱えたまま銃なんか撃てないでしょ!?」
矢継ぎばやにそう蘭世はまくしたてた。
「私、誰かが死ぬのを見るのは もう嫌よ・・」
「お嬢さん・・?」
Zは蘭世の言葉に興味を持ったようだった。
「私だけ、とはどういうことか?どこかにアリスのウサギの穴でもあるのかい?」
「茶化さないで!」
蘭世は急いで手元の水筒から水をコップ一杯注ぎ出す。
「お嬢さん、なんのつもりだ?」
「いいからこれを飲んで!これは”想いが池の水”よ」
「はぁ??」
「そしてね、Zさん、行きたい場所、会いたい人を念じるのよ!
そうしたら絶対テレポート出来るから」
「ふうん・・・まさに”まゆつばもの”だな」
Zは・・やはり片眉を上げて、疑わしい顔をしている。
「でも本当なのよ!私だって砂漠からこの水で一瞬のうちに脱出できたんだから!!
・・・こんな所でいい加減なこと言ってもしょうがないでしょ」
蘭世は必死になって訴えかける。
普通の人間にこんな説明をしてもわかってくれるはずがない。
でも、穏便に彼を助けるにはこれしか方法がないのである。
Zと蘭世はにらみ合うようにしてお互いを見ていた。
「・・・」
Zがふふん、と笑みをこぼした。
「よかろう。」
そう言いながら、水の入ったコップを蘭世から受け取る。
「よかった・・!」
蘭世はほっ、とした表情を浮かべた。
ところが、である。
「・・だが、行くときはお嬢さんも一緒だ」
「!?」
一瞬で蘭世はZの腕の中に崩れ落ちた。
Zは手刀で蘭世の首の後ろを叩き昏倒させたのだった。
「ま、こういうのをまさに だめでもともと、って言うんだろうな」
蘭世の言うことが嘘であったときは、人質にしてカルロと渡り合う
当初の方法をとればいい。
蘭世の言葉はまったくいい加減とは言い切れない。
今まで”たかが小娘”の蘭世がこの鉄壁な守りである自分の元から
何度も逃走していることにZはずっと疑念を抱いていたのだから。
(こういうものにその秘密があったのかもな・・・)
Zは想いが池の水を一口のみ、試しに念じてみる。
(・・・この娘を連れて アジトへ)
すると・・
霧のように二人の姿がその場所から消え去った。
次の瞬間。
今までZと蘭世がいた場所に周囲からカルロの部下達がなだれ込んでくる。
まさに入れ違い、だった。
そして、その場所にはZの流した血と蘭世の靴が片方だけ 取り残されていた・・・。
つづく
#Next# |