『闇夜のランデヴー』:蘭世ちゃん御誕生日記念その1




3)

蘭世が現れたあの倉庫には、未だZを探すカルロの部下達の姿があった。
「なんとしても奴からファイルを取り戻さなければ・・・」
どの部下の顔にも焦りの色が見える。
その国でのカルロ家の取引の致命傷になりかねない重要事項がそのファイルに書かれていた。
それをZはある組織に雇われカルロの部下から強奪したのだった。

追い詰めたと思ったZが一瞬で倉庫から消えてしまったのだ。
部下達は浮き足立ち、ざわめきながら電気を灯した倉庫中を探し回っている。
「お前達・・・何をやっている!」
ベンの怒号が響く。
苛立つベンと、静かな表情のカルロが倉庫の中へ入ってきた。
「・・・」
この二人が入ってくると、途端にその場の空気が一変し キン・・と
部下達の間に(良い意味での)緊張感が生まれてくる。
「申し訳ありません!こちらへ・・・」
部下の一人が頭を下げながらかいつまんで事情をボスに申告する。
「・・・」
カルロは血が飛び散っているその場所へ足を踏み入れる。
まだ乾ききっていない血の跡は・・確かにそれはZの痕跡なのだろう。
カルロはふとコンテナの隅に転がる白いものに目を止めた。
(?)
何故か胸騒ぎがしてそれを見ようと身をかがめると・・それは白い、片方のハイヒールであった。
どこか見覚えのあるそれに・・喉のあたりに締め付けられるような悪寒が走る。
(まさか?そんなばかな)
蘭世はルーマニアの屋敷に残してきたのだ。それなのに・・・?
カルロはおそるおそるその靴を拾い上げようと腕を伸ばし・・それに触れた。
その途端。
靴が覚えている記憶がカルロへとなだれ込んできたのだ。
蘭世の足から靴が離れる瞬間、蘭世はZに昏倒させられ一緒に姿を消していた。
Zに何事かを訴えかけている蘭世、Zに囚われた蘭世。
そして想いが池のほとりに立つ蘭世、屋敷から鳥になって魔界へ向かう蘭世・・・。
物が覚えている記憶を読みとる力。
魔界人となった彼はそんな不思議な能力も芽生えさせていたのだった。
「このっ・・!」
彼の、感情の均衡が破られる。
ランゼ。よりによって何故!?
(何故私の元ではなく こんなところへテレポートしたのだ・・!?)
あんな・・男の側に。何故なんだ。
カルロは怒りの余り木のコンテナを片手で殴りつけ肩で息をする。
身体の奥深いところから、次々とどす黒い怒りと・・そして嫉妬とが 
わき上がってくる。

(とにかく 想いが池へ!)
カルロは部下達にも構わずすぐさま瞬間移動する。
人間界から直接想いが池へ行くことが出来ないのがもどかしい。
手近のジャルパックの扉から江藤家の地下室、
そして魔界へと移動しなければならない・・・
魔界人として復活したカルロだが、その後もテレポートするには
異世界間は直接移動できなかったし移動距離にも限界が存在していたのだった。



「ううぅ・・うっ!!」
蘭世はソファの上でZから逃れようと必死になってもがいている。
だが、手錠も塞がれた口もその戒めは緩むはずがない。
「若い娘というのは面白いな・・会うたびに印象が変わる・・ますます女らしくなった」
「・・・」
蘭世はぽろぽろと涙を流し、泣きじゃくって白い胸をひっくひっくと上下させていた。
カルロとは違う唇の感触。知らない。私は知りたくもない・・・
なのに。
Zは耳元にキスをしながら囁く。
「相変わらず綺麗な肌だな・・
 前回は実にいいところまで行ったのに惜しいことをしたと思っていたが、
 まさかこうしてまたチャンスが巡ってくるとはね」
(前回・・?)
Zは一体何を言っているのだろうか・・?
砂漠のハレムにいたときのこと?でもそんなに触れられた覚えはない。
大げさに言っているんだろうか・・・?
蘭世は身に覚えのないことを言われ混乱する。
だが・・・肌に寄せてくる唇の感触に・・微かな記憶があるような気がして蘭世は戸惑う。
乱暴に引き裂いた服の前をさらにぐい・・と割り拡げ、Zはその白い胸を唇で味わい始めていた。
(いや・・いやあっ!!)
それでもZが以前見つけていた敏感な部分のひとつ・・右胸の蕾に唇が及ぶと、
蘭世はぎゅ・・と目を閉じる。
その感覚に耐えようと必死に身を固くするが、白い頬が感じるそのたびに
赤く染まるのをZは見逃しはしない。
そんな蘭世の様子に、Zは愛しささえ覚える・・・
「・・・」
Zは一度半身を起こし・・涙を流し続ける蘭世を見下ろした。
ふうっ、と彼の口から何故かため息が漏れた。
「傷の手当を手伝って貰ったお礼だ。少しは紳士的に対応しようじゃないか」
彼はそばにあったテーブルへ手を伸ばすと残っていたウイスキーを一気に飲み干した。
小さくなった氷も口に含み・・ガリリ、とかみ砕く音がしている。
「お嬢さん・・取引をしよう」
コップをテーブルの上に戻しながら、Zは話を始める。
「私は今 カルロファミリーの大事な書類の入ったファイルを持っている・・
 ある組織の依頼でそれを盗み出したんだが」
蘭世は突然の、意外なその言葉に思わず我に返り、大きく目を見開いてZの顔を見上げた。
「今私が本拠地に戻らずここにいるのは、依頼主にファイルを渡すためだ。
 依頼主に渡せば、カルロはこの国での取引はおそらく出来なくなるだろうな。
 ファミリーを壊滅、ということまでは行かないだろうが相当な打撃の筈だ」
(どうするつもりなの・・・!?)
表情を堅くする蘭世に、Zはニッと笑いながらその白い首筋から頬を
節の目立つ長い人差し指の背でゆっくりとなであげていく。
「そこでだ、お嬢さん。ここでこのまま大人しく私に抱かれるなら このファイルはお前達に返そう・・」
(えっ!?)
「お嬢さんがすんなりと手にはいるなら、今回の仕事など棒に振ったって構いはしないさ」
(それは・・!)
蘭世は始めZの言うところの意味が分からなかった。
だが、次第にその理不尽な”取引”の主旨を理解すると・・がくがくと震え出す。
「マフィアのボスの女として、お前ならどうする?」
「ウ・・・」
「何か言いたいことがあるだろう?・・猿ぐつわは外してやろう。だが騒げば容赦はしない」

Zが蘭世の猿ぐつわを外す。
「わたし・・わたしは・・!!」
カルロ以外の男にこれ以上触れられるくらいなら死んだほうがましだ。
だが、「マフィアのボスの女」という言葉に蘭世は翻弄される。
自分にその資質が足りないことを気にしていた蘭世は、その言葉に呪縛をかけられてしまうのだ。
(私さえ我慢したら・・・ファミリーが助かるの・・?)
蘭世の頭の中は思考で千々に乱れていく。
そしてその動揺はそのまま揺れる瞳に映し出されていく。
ソファの背に肩肘をつき、Zはその蘭世の表情を楽しんでいた。
「迷っている?少しはその気になってくれているのかな?嬉しいね」
「ばかっ!違うもん・・」
「いいのかね?カルロファミリーがどうなっても」
「・・・私がNOと言ったら・・」
「そうだね、ファイルをすぐに依頼主に渡して金を貰ったら、一緒にハレムへ行こうか」
「そんなのは嫌!お願い、うちへ返して!!」
「では、Yesかね」
「う・・それも嫌・・・!」
「じゃ、交渉決裂・・お遊びはおしまいだ」
Zは蘭世の両頬を大きな手で捕らえると、その唇に口づけを落としてから
立ち上がりソファから離れた。
一度部屋から消えると・・今度は例の水筒を肩に提げ・・
なにやら左手にアタッシュケースを持ってその部屋に現れた。
そして蘭世に背を向け、何か作業をしている・・
「どうするつもりなの・・!?」
蘭世の問いかけに、Zが振り向いた。
「”ランゼ”。お前は私がもらい受ける。」
そう言いながらZは大きな銃に弾を充填していた。
蘭世は、Zが初めて自分をきちんと名前で呼んだことに気がついた。
「なにはともあれ早速本拠地に戻ってカルロを迎え撃つ準備だ・・味方は多い方が楽だ」
「そんな!!」
(迎え撃つ?!)
蘭世に戦慄が走った。
Zはカルロがテレポートで現れるのを待ち伏せして倒す気でいるのだった。
「あのあのっ・・・ファイルは!?」
「気が変わった。後回しだよ。期限に遅れても少し報償額が減るくらいの話だ。
 それよりも確実にカルロを倒す方が大事だ」
アタッシュケースの蓋を閉じると、Zは再び蘭世の元へ近づいてくる。
「さて、お嬢さん 行こうか」
どうしよう?どうしたら・・・!
ソファの上の蘭世は必死になって考えている。
(そうだ、近づいてきたらこの人に噛みついてしまおう!)
もう油断などしない。
蘭世は両手が自由になる瞬間を待った。
Zの手が蘭世の手錠へ伸びるその時・・・。

(!!)
(何っ!!)

突然の出来事だった。
蘭世とZの間に、立ちふさがるようにカルロが出現したのだ。
カルロは怒りに燃え・・見る者を凍り付かせるような鋭い表情をしていた。
突然すぐ目の前にカルロが出現し、さすがにZは動揺した。
次の瞬間、Zの身体は壁際へと飛ばされていた。
カルロが突然の出来事にひるんだZを殴り飛ばしたのだった。
「・・予想以上に早いお出ましだったな・・さっさと移動すれば良かった」
Zは冷静な顔で・・口の縁に流れる血を親指でふき取った。
カルロはすかさず銃を手に構えZに照準を合わせる。
「だめ!殺さないでお願い!!」
蘭世のその叫びと銃声はふたつに重なっていた。

 「なんだ・・!?」

今度はカルロが驚く番だった。
Zの姿が、撃ったはずのZの姿が忽然とそこから消えたのだ。
(何故あの男がテレポートできる!?)
カルロが撃ちはなった銃弾は空しく壁に食い込み、わずかに白い煙を上げていた。


つづく

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