『a foreign・・・』
(9)
(・・・?!)
目を覚ましても なお暗闇。
筒井は しばらく 自分の状況が良く飲み込めなかった。
口には何かが縛り付けてあり・・おそらく猿ぐつわだ・・これが苦しい。
それを外したいのに 何故か両手は動かない。
そして、両足も・・・
(一体なんなんだ、なにが自分に起きている??)
筒井は半呼吸置いて、自分の状況を思い出す。
(ああ、そうだ 僕はカルロ氏に殴りかかって・・・逆に倒されてしまったんだ。)
悔しいことに、一瞬の出来事だった。
そして。
(なんて奴だ あいつは・・気絶した僕を椅子に縛ったのか!?)
筒井は体が自由にならないかと ガタガタ、ガタガタと勢いをつけて
身体を動かそうとするが どこも緩む様子がない。
(ちくしょう・・・畜生!)
カルロに負けた悔しさ・・・蘭世を取られ、あまつさえ殴り倒され。
そのうえ縛られてしまうとは。
さるぐつわをギリギリと噛み締めるしかない今の状況・・
筒井は”屈辱”の2文字で体の中の血液が沸騰しそうであった。
ふと我に返ると、辺りが しん・・と静まり返っている。
(いない? 二人はどこかへ出かけてしまったのか・・・)
もうカルロと蘭世はここへ戻ってくる気はないのだろうか。
そういう思考になった途端、筒井の胸の内に ふつふつと怒りがこみあげてくる。
(こんなことをして ただで済むと思うなよ・・・!)
口に咬まされた猿ぐつわを 彼はギリリ・・と噛み締めた。
しばらくして 少し離れた場所でドアが開く音がし、筒井に緊張が走った。
そして 二人の足音と ・・目隠しの向こうで明かりが灯る気配とが感じ取れた。
「ねえ カルロ様 もう許して上げて・・・」
足早に歩くしっかりした足音と、それに追いすがるように小走りする細い足音。
そして歩きながら その聞き覚えのある声は遠くからこちらへ近づいて・・・
それが−正確には彼らが− この部屋へ入ってくる気配がした。
「筒井君、悪意があってやった訳じゃないのよ だから・・・」
「悪意はなくとも やったことは許される類のものではない」
蘭世は無論、筒井との間に起きたことをカルロに告げるつもりはなかった。
だが、カルロの方は何枚もうわ手で 巧みにそれらを彼女から聞き出してしまったのだ。
「ミスター・ツツイ 気分はどうだ」
「・・・!」
耳元で突然男の声がし、筒井は身体を強張らせた。
「おおかた解放されたら通報しようなどと考えているのだろうが・・・
その時は自分がランゼにやった事も明るみに出るのだと心得ておけ
お前がランゼにやったことは立派に犯罪だ ストーカー行為と強姦というんだ」
その声は淡々としていながら 鋭く筒井の心をナイフでえぐるように響いてくる。
「逆に私から通報されたくなかったら・・・ここで静かにして居るんだ いいというまで
・・・安心しろ おまえを傷つけたりはしない」
そして、それはどこか悪魔の囁きにも似て・・・
”このことは黙っていろ”と 魔法で暗示をかけられているような気がしてくる。
そうして ふと気づくと 自分の周りから人の気配が遠のいていた・・・
◇
(何処に行ったんだ・・・!)
筒井は我に返ると再び周りの気配を探る。
すると・・二人の声は 今度は隣の部屋から聞こえてきた。
筒井の居る部屋の奥に もうひとつ部屋があり、そことの境は壁ではなく
天井から大きなカーテンがかけられており 従って隣の気配も 声も筒抜けであった。
◇
「・・・あっ」
カルロはふわりと蘭世を抱き上げると 奥の部屋へ移動して行った。
筒井を解放しないカルロに 蘭世はとまどい、不安になっていた。
「あの・・」
筒井君を返してあげないの?と問いかけようとしたとき
自分を抱き上げた不思議な悪魔の瞳と目があった。
「何も心配しなくていい」
「でも・・・」
カルロが入ったその部屋には 大きなベッドがしつらえてあった。
それは寝室・・・。
蘭世の胸がトクン、と音を立てる。
カルロはその 蘭世にとってはホテルでしかお目にかかれない程大きくて広い
白いシーツが眩しいベッドへ歩み寄り 彼女を抱えたままその縁へ腰掛けた。
「あの・・・でも・・っ」
カルロは蘭世の顎を軽く捉え 続けて何か言いたげな彼女の唇を
スッ・・と自らの唇で塞ぐ。
そして、その唇は 待ちきれなかったと言わんばかりに 深く 深く彼女と
交わっていく。
「・・・んぅ・・・」
蘭世の唇から甘い吐息がもれた。そしてその頬が微かに上気する。
隣にいるエキストラのことすら 蘭世の認識から遠のいて
ひたすら、ひたすらその熱い口づけに墜ちていく・・
しかし。
(あっ)
カルロは口づけたまま 覆い被さるようにして 蘭世をベッドへ横たえた。
その途端・・やはり蘭世は現実世界へ引き戻されてしまう。
「カルロ様だめ・・・隣の部屋に筒井君が居るのに・・・!」
蘭世はカルロの腕の中で抗議の声をあげ 細い手で控えめに彼の胸を押し戻す。
いくら目隠しして縛ってあっても、声が筒抜けの場所に筒井が居るのだ。
「ね、こんなのおかしいでしょう?」
蘭世にだって次にカルロがしようとしていることは 大体想像も付いた。
夜具の上で男女がすることと言えば 愛の営みくらい・・・
しかし。
まさか隣りに筒井が居るのにコトへ及ぶはず無いわよね・・?と
蘭世は悠長に構えていたのだが。
「ランゼ。」
カルロは少し起き上がり、自分の胸に添えられた細い手の手首をそっと捉え
その甲に唇を軽く押しつける。
「カルロ様・・・」
「いくらそのときお前にその気がなかったとしても 私は心穏やかではいられない」
伏せられた長い睫毛が上がり 翠色の瞳があらわれたとき、カルロの表情は はっきりと
憂いを含んでいた。
「お前が一瞬でも他の男にとられたことが 悔しくて仕方ない」
「・・・!」
「なぜ ずっと側にいてやれなかったのだろう・・・運命が恨めしい」
やはり、カルロとて蘭世が筒井に抱かれたことは さらりと流せるような事項ではなかったのだ。
蘭世はカルロの苦しそうな表情に、胸をずきりと刺される思いがする。
「ごめんなさい・・ごめんなさいカルロ様・・・!」
蘭世は慌てて起き上がり カルロに詫びた。
「油断した私がいけなかったの。・・・やっぱりこんなの 許せないよね・・・
ごめんなさい 私ってほんとドジでバカで」
「許せないのはおまえではなくあいつのほうだ 」
隣の部屋へ駆け込んで今にも筒井をもう一度殴り倒しそうなカルロの厳しい表情に、蘭世は慌てる。
「でもっ だめよ暴力は・・どうする気なの?!」
「判っている。穏便に済ませるとしよう」
カルロは表情を緩め 上着の襟元を両手で引き整える。
「じゃあ、もう返して上げて!・・・もう十分よね?」
そして・・真顔に戻ったカルロは さらに穏やかな顔へ表情を転じ
蘭世の頬を愛おしげに両手で包み込む。
(ああ・・・)
久々に触れるその手のぬくもりに 蘭世は心地よさを感じ思わず目を閉じた。
だが、カルロの穏やかな顔に・・・次第に妖しい色が浮かび始め・・
カルロは 蘭世の耳元へ顔を寄せる。
「ランゼ あいつに思い知らせてやるんだ お前が愛しているのは この私なのだと」
(えっ)
カルロの囁きに蘭世は驚き閉じていた目を大きく見開いた。
その表情を横目に見て・・そのままカルロは蘭世の耳元へ囁きつつ唇で耳の敏感な
部分を愛撫し始める
「そして ランゼ。私にもここで示してくれ 誰よりも愛していると」
「ええ?!カルロ様・・ぁぁっ・・・」
「そう・・その甘い声を あの男にもっと聞かせてやろう・・・あの男を解放するのはその後だ」
「そっ そんなあっ!」
・・・カルロは、自分を愛しているのならば筒井のいる同じ空間で
自分と愛し合えと言っているのだ。
(カルロ様、いくらなんでも それは・・やっぱり常識を外れているわ・・!)
蘭世の答える声も 思わず裏返り・・大急ぎでその首を横に振る。
「わたしっ できません・・!」
当然と言えば当然の反応に カルロはふっ・・と悪戯っぽい微笑みを返す。
「何も考えなくていい 私に任せていればいいんだ ランゼ・・愛している」
蘭世の脳裏に、ふと 最後に会った日のことが甦る。
最後に 会社の一室で抱き合ったこと・・・
ああ、あのときも カーテン越しに何も知らない楓ちゃんがいた・・・
今度は 筒井はきっと こちらに耳をそばだてるにちがいない
こちらにカルロと私がいることを 知っているのだから。
「だ・・・だめぇ・・・恥ずかしいです・・・!」
「ランゼ」「・・・っ!」
カルロは再び蘭世を押し倒し 細い両肩をかっちりと押さえつけていた。
首筋に顔をうずめ・・耳元へ 外へ聞こえないほどの微かな声で蘭世に告げる。
「これはお前へのお仕置きだよ おとなしく受けなさい」
「!」
その言葉に 頭の芯を まるで殴られた時のようなショックが蘭世の心を走り抜ける。
そうだ これはお仕置きなんだ・・・!
カルロ様を信じないで 筒井に油断した私へのお仕置き・・・
ああ、やっぱりカルロ様は私のことも怒っているんだ。
そんなの やっぱり当然よね・・・
蘭世は観念して 強張って抵抗していた細い腕の力を抜いた。
「そう いい子だ・・・」
耳元で囁き続けるカルロの言葉は どれも悪魔が口ずさむ呪文のように
蘭世の心を浸食し 甘い遊戯に引き込んでいく・・
「あいつに 教えてやるんだ ランゼ お前は私のものなのだと」
蘭世は首筋に愛しい男の口づけをうけながら・・おずおずと 細い両腕をあげて
彼の金色の頭を包み込んだ。
◇
「・・・・っ!・・・・ぅっん・・・!」
「・・・・」
靴も、ワンピースも ネックレスさえも
蘭世の身につけていた物は全て ベッドの下に落とされ ひとまとまりになっていた。
そして 上着は脱いだがネクタイの襟元を緩めただけのカルロの下で
蘭世は生まれたままの姿になっていた。
耳に、首筋に絶え間なく注がれる愛撫に 蘭世は身悶え甘い吐息を堪えきれず
その空間にまき散らしていた。
「・・・んんんぅっ・・・」
観念はして 言われるままにこうしているけれど やっぱり声を聞かれるのは 嫌・・・
待ちこがれた腕。
ずっと 思い出しては心を溶かしていた 肌と体温・・
愛しい貴方・・・
だけど
久しぶりの抱擁なのに カーテン越しに 知っている人間が居て
きっとその彼はこちらに耳をそばだてている。
カルロは蘭世の顎の先から 喉をつたって胸元へとゆっくり唇を這わせていく。
舌を這わせながらその視線も 舐めるように蘭世の反応を愛でていく・・
(・・・っう!)
「そう・・お前は ここが弱いのだったな」
その言葉は 蘭世だけに向けられた言葉ではないのだろう・・
隣のエキストラにも 聞かせているに違いない。
カルロは すでにすっかり自己主張して固くなっている蘭世の胸元の蕾に舌を這わせ
くるりと それを舌で包み込んだりあまがみしたりを繰り返す。
(あ・・・だめ・・だめぇ・・・!)
蘭世はうつろだった目を見開き のけぞって悶える。
声を出したくない。カルロ様以外に聞かれるのは嫌・・・!
そう思って蘭世は奥歯を噛み締めているが くふん、くふんと思わず漏れる吐息は
どうにも止めることが出来ない。
たまりかねて蘭世は 思わず彼の名を呼ぶ。
「はぅン・・・だめぇ・・・カルロ様ぁ・・・」
足がビクンと跳ね、白いシーツの上で暴れて衣擦れの音を立てる。
どうにも・・・声を押し殺すと 返って快楽がまさってくる。
蘭世の両手はシーツを掴みのけぞって ぴん・・と伸ばされた。
はあ、はあと 乱れた息づかいが広い部屋に響いていく。
「ランゼ・・・ランゼ・・・」
すっかり桃色に染まった蘭世の柔肌にカルロは唇を這わせ続ける・・
その 二人の吐息も
お互いの名前を呼ぶ声も
衣擦れの音も
みんな 隣で縛られたままの筒井の耳に鮮明に届いていた。
(う・・・)
たまらない。
その様々な音で 目隠しをされた暗闇でなお 筒井の頭の中には
ありありと二人の様子が浮かび上がってくる。
でも彼女の「弱い」ところって どこなんだ・・・
あのときは 彼女はひたすら嫌がって泣き声だったし
自分の方だって必死で 一杯一杯だったんだ。
なのに
なんだよ・・
確かに 悔しい。
蘭世と睦み合っているのは 自分ではなく 突然帰国したあの男だ・・
しかも はっきりと 蘭世は抱かれて悦んでいるのが判る・・・
だが
筒井は純粋に 男としてすっかり興奮してしまっていた。
すでに筒井の下腹部は張りつめ 窮屈で苦しいくらいだった。
若い娘の・・しかも 自分が恋いこがれている娘の睦声は
ぞくぞく ぞくぞくと 甘い電流を身動きの出来ない筒井の体の
すみずみまで這い回らせるのだった。
つづく・・・・(!)
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うひゃー まだ続いてしまいました・・・
この分だと あと2話はいくかもしれませぬ
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