『a foreign・・・』

(4)

そうして彼は日本から去った。
やがて半年がすぎ・・1年も経とうとしていた。
彼は蘭世に連絡先も教えず・・・
彼が宣言したとおり蘭世へも電話などのコンタクトさえ一切無かった。
やはり蘭世のいる会社には入れ替わり立ち替わり欧米人が仕事に現れている。
だが・・まるで蘭世を避けているかのようにカルロが来日することはなかった。

素直に待ちたいと思っていた。
蘭世は日々、カルロに貰った指輪を眺めながら暮らしていた。
だが、1年経つが相変わらずカルロが戻ってくる気配は一向にない。
そして、1年も経つと心の底ではひょっとして・・と、諦める覚悟もでき始めてきた。
所詮、ゆきずりでしかなかったと。
”あんなに素敵で優しい人だもん、すぐに素敵な人ができちゃうかも。
ううん、ひょっとしたらやっぱりそんな人がルーマニアにいたかもしれない・・”

蘭世は右手の薬指に視線を落とす。カルロに貰った指輪が・・未だに光っている。
(これは・・私の未練の象徴みたい・・・)
蘭世はやはり彼の人のことが忘れられずにいたのだ。
いつの間にか、片思いしていた彼のことよりも、甘い記憶に心は
支配されがちになっているのも確かであった。

”あれは甘美な夢だったんだ。”
そう思って、蘭世は日々、一日も早くあの日の記憶が薄れていくのを願いながら
過ごしていった。
それでも・・どうしてもカルロから貰った指輪を外す気になれないでいた。

蘭世はいつも会社所属のボクシングジムを覗いてから帰るのが日課になっている。
・・・片思いの彼、・・・真壁俊、がいつもトレーニングをしているのだ。
もっとも、彼の幼なじみであり社長令嬢の神谷曜子のガードが堅く、容易に彼には近づけない。
「・・・」
いつもどおりガラス越しに彼を見てから家路につく。
だが、”あの日”を境にして蘭世の目的は微妙に路線を変えてしまっていた。
蘭世は後から気づいたのだが、真壁俊とダーク=カルロは雰囲気が何処か似ているのだ。
真壁俊に”あの人”の面影を見つけに、蘭世はここへやってきている・・・。


そんなある日。

「ちょっとちょっと、蘭世!」
楓がパソコンのモニターを見ながら蘭世をせっつく。
「?なあに??」
「来週、例の彼が日本へ戻ってくるわよ!」
「彼!だあれ・・・?!」
蘭世は一瞬”彼の人”のことかと思ったがそれをすぐに心の中でうち消した。
カルロと自分の間にあったことは自分以外誰も知らないのである。
”・・・ならば、一体 誰?・・・”
「んもうー忘れちゃったの?蘭世がきっぱり振り倒した彼よっ」
「・・・え・・あの、筒井君?」
「そう!ほらここに載ってる!」
楓はモニターに映る新着の人事スケジュール表を指し示していた。
(もしかして!?)
蘭世はそのスケジュール表を、目を皿のようにして見る。
筒井など眼中にはない。
”彼の人”の名前が入っていないかと、必死になってその名前を探したのだ。
だが・・・それは悲しくも 徒労に終わってしまった。
(帰って こないんだね・・・)


一週間後。筒井圭吾は海外の長期出張から帰ってきた。
そして蘭世の上司が管理する部署へ再び戻ってきたのだ。

日本に初出社の日、筒井は部長へ挨拶をしに来た。
蘭世はお茶を出しながらそれを無意識に部屋の隅で眺めている。
やがて挨拶が終わり、筒井は部長室から退出した。
蘭世はなんとなく彼が気にかかり・・・一言挨拶はしておこうと彼を追いかけた。
「筒井君!筒井君・・・」
蘭世が何度か声を掛けると、筒井は漸く気づき廊下で立ち止まり振り向いた。
「あの、お帰りなさい・・・」
「やあ、蘭世ちゃん。ごめんごめん 何度か声かけてくれたの?・・本当に久しぶりだね!」
蘭世に声を掛けられて筒井はとても嬉しそうな表情だ。
「筒井君・・元気だったの?」
「ああ勿論さ!」
そう言って彼はウインクをする。相変わらずキザな仕草が板に付いている彼だった。
それからしばらく二人で並んで廊下を歩き、とりとめのない話をした。
「蘭世ちゃん、見ない間にぐっとキレイになったね」
「またそんな気障なことを・・・」
「本当だよ!一層女っぽくなったみたいだ」
「・・・」
そして。やがて彼は立ち止まり・・・彼女に切り出す。
「ねえ、蘭世ちゃん。僕さ、久しぶりに日本に帰ってきて・・
 蘭世ちゃんにまた会えて嬉しくてさ・・・」
「え・・・?」
「ちょっと一緒にお茶飲みにつきあってくれないかな?・・そのさ、帰国祝いのつもりでいいから」
蘭世にきっぱり振られたことのある彼だ。だめもとだ、頼む、うんと言ってくれ!とでも言いたげな
表情で両手を合わせ拝むような仕草をしていた。
「ん・・・ちょっと、ならば」
「やった!」
筒井は幼い少年のような表情で喜んでいた。


定時後。二人は近所のカフェに入っていた。
「片思いの彼とはどう?進展あった?」
筒井はにこやかな顔で蘭世に問いかける。
「それは・・・」
蘭世はなんと言っていいか判らず困った顔で俯いた。そんな彼女の表情を見て
筒井は おや? と思う。
「それはうまくいってる って顔?」
「違うの・・」
「なんだ!まだ片思いやってるの?がんばるなぁ蘭世ちゃんも・・
 それに真壁の奴も鈍感だよなまったく」
「・・・違うの、筒井君・・・」
「えっ?」
筒井は意表をつかれ、表情が一瞬停まった。
「えっ、じゃあまた違う人を好きになったの?」
「・・・」
Yesと答える代わりに蘭世は視線を逸らしながら小さく頷いていた。
「意外だなぁ・・・でも、その顔じゃそれもうまくいってないみたいだ。」
「・・・」
「僕で良かったら聞かせてよ。大して役に立たないかも知れないけど・・」
そう言いながら、筒井は心配そうな顔で蘭世の顔を覗き込む。
蘭世は”それ”を言おうかどうしようか迷った。だが、誰かに聞いて欲しかったのも事実だった。
今の自分の、出口のない辛い気持ちを・・・
「あの・・・」
「ちょっと待って蘭世ちゃん。」
筒井は口を開き掛けた蘭世を制止した。
廻りをぐるっと見渡す。その店の中には会社で見知った顔が何人か見える。
「ここは落ち着かないな・・・場所を変えよう。」

筒井と蘭世は電車で会社から二駅ほど離れた場所で降り立った。
「お腹空いたよね。何か食べながら話そうよ」
都心であるその場所の一角にあるカジュアルな雰囲気のダイニング=バーへ入った。
初めのうちは蘭世もふたたび”それ”を話すことをためらっており、
それを察して筒井も食べることに専念し世間話をしていた。
ひととおり落ち着き・・・最後のデザートとコーヒーが出される。
「・・・」
蘭世は、喉の辺りまでその言葉が出かかっていた。
「僕で良かったら、話してよ」
筒井はあくまで優しい。
蘭世はついに、ぽつぽつ語り始めた。
「・・・一年前に、その・・おつきあいしてた人が居て・・・その人が今出張で居ないの」
”おつきあい”といってもたった2日間の話である。
だが蘭世にはそれを言う勇気はなかった。
「じゃあ蘭世ちゃん、遠距離恋愛してるんだ。」
「ん・・でもね・・・彼は旅立つ前に連絡先を教えてくれなかったの。教えられないんだって」
「なんだって!?」
「でも、彼、 私に”待っててほしい” って言ってくれたから 待ってるんだ・・・
 ううん、私が待ちたいから待っているの・・・」
「・・・蘭世ちゃん・・・それって・・・」
筒井はそれを言っていいものかどうか迷った。だが蘭世が先にその懸念をさらりと口にした。
「だまされてる、て思うでしょ?・・・普通はそう思うよね。」
そう言って蘭世は考え込むように右手を口にあてがう仕草をする。
その薬指に・・アレキサンドライトが光っているのを筒井は見逃さなかった。
(あれ、石だけで30万はするぞ・・・)
何故かそういう方面に詳しい彼だった。下世話な計算を頭の中でしてしまい筒井は苦笑する。
「その指輪・・キレイだね。その人に貰ったの?」
蘭世はちょっと顔を赤らめコクン、と頷いた。
(指輪は手切れ金なのか、それとも本気の証なんだろうか・・・?)
筒井はそんなことを冷静に頭の中で考えていた。
「その指輪、結構高額そうだね・・・彼はお金持ちなの?」
「わからないの・・・でも。会社の管理クラスの人なの・・・」
「えっ・・うちの会社の人?!」
「ん・・・親会社の人で・・・外国の人なの・・・」
ここまでくると蘭世はもう腹をくくっていた。もうなんでも話してしまおう・・・
「名前とか聞いたら、僕、ひょっとして誰だかわかっちゃうかな?」
「・・・ダーク=カルロって言うの」
筒井はその名前に一瞬で反応した。
「なんだって!?」
つい声が大きくなり、慌てて筒井は自分で口を押さえ廻りを見回す。
「そいつはだめだ・・・蘭世ちゃん!」
筒井の表情が険しくなる。
「・・蘭世ちゃん、君だまされているよ・・だって彼は取引会社の社長令嬢と
 婚約が決まっているんだ」
「えっ・・・!」
「彼は今本社でも出張中でどこへ行ってるか知らないけど、取引会社の社長がうちへくるたびにそんなことを
言っていたよ。うちの娘に・・・って」
「嘘!・・」
「僕だって嘘だといいたいけど・・・僕はずっとイギリスにある本社に出張で行っていたことは知ってるだろう?」

最悪の予想が当たってしまった。
・・・蘭世は叫びたいような気持ちに襲われる。
だが、蘭世は・・・。何故か、叫ぶことも、涙を流すこともしなかった。
ただ、大きく目を見開いたまま視線を落とし、顔を青くしていた。
心臓が嫌な早鐘をドキドキと打ちならす。胸で息がつまり苦しい・・・
予想はしていた。覚悟もあった。
だが。それが現実であって欲しくはなかった。
”本当なの? ほんとうに私は・・だまされたの?・・待っているのは滑稽なことなの?”
「蘭世ちゃん・・・大丈夫?」
筒井は蘭世の様子を心配そうに見ている。
「悲しすぎて・・・滑稽すぎて・・・そういうときって涙も出ないのね・・・」
蘭世は声を絞り出すようにそうつぶやいていた。
「ごめんよ蘭世ちゃん・・・いきなり言われたらショックだよね・・・」
筒井はその事実を言ってしまったことを心から後悔していた。

「・・・今日は飲みたい・・・」
「よっし、僕がつきあおう!!」
そうして二人はまた店を変えた。

蘭世は今までにこんなに飲んだことはない、というほど飲んでいた。
一緒にいる筒井がハラハラするくらいだった。

夜も更けた頃。
おぼつかない足取りで、蘭世は筒井に支えられながら店を出る。
「さっ、送っていくよ!」
筒井はこうなることはある程度予想していたのだろう。嫌な顔ひとつせず
飲んだくれてくたくたの蘭世に肩を貸す。
最寄りの地下鉄から一人暮らしの自宅までの道のり。
初夏の夜に涼やかな風が頬に心地よく流れてくる。

「さっ、着いたよ・・・鍵はどこかな?」
玄関前に蘭世を座らせると、やむを得ず筒井は蘭世の鞄の中を探る。
鍵は内ポケットにあり思ったほど鞄の中身をかき混ぜずに済み筒井は内心ホッとしていた。

ドアを開けると再び蘭世に肩を貸して立ち上がらせ・・・彼女をベッドへ横たえた。
「ふう。じゃ、蘭世ちゃん・・・」
「う・・・」
「蘭世ちゃん?」
筒井は蘭世が気分が悪くなったのかと慌てて顔を覗き込む。
だが、そうではなかった。
蘭世は静かに・・・ぽろぽろと涙を流していたのだ。
「蘭世ちゃん・・・」
ベッドに横たわり、静かに涙を流し続ける蘭世に・・筒井は思わず吸い寄せられるようにその枕元へ
跪いた。無意識のうちに・・・その頬に手を触れさせていく。
俯いて泣く長い睫毛に・・・涙のしずくが光っている。その表情がたまらなく筒井の心を揺さぶる。
(・・・)
筒井は、半分は無意識であった。
蘭世の涙で濡れた唇を・・・自らの唇で塞いだのだった。
「!・・!!」
これにはさすがに蘭世も驚いた。身をよじって逃れようとするが・・
その仕草がかえって筒井の心を煽ってしまった。
「蘭世ちゃん・・僕はやっぱり 今でも君が忘れられない。」
筒井はここである決心をした。
「や、やめ・・て・・っ」
筒井はすかさずベッドに上がり・・蘭世に覆い被さっていく。
「昔の彼のことなんかもう忘れるんだ。代わりに僕がそばにいてあげるよ」
「い、いや・・はなし・・てっ!」
口では抵抗するが、身体はすっかり酔いに毒され身動きがままならない。
緩慢な動きでも必死に抵抗をしようとする。だが、筒井とて男である。
そんなか弱い蘭世の抵抗など全く問題外であった。
「大切にするから・・・僕のものになってよ・・・」
両手首を押さえ・・・首筋に唇を寄せてくる。
「あっっ・・・いやぁっ」

触れる手が違う。
唇の感触も違う。
手つきも・・・あの人と全然違う!
若い筒井は どこかぎこちない。
やっぱり、あの人はとても・・・・巧み だったんだ・・・
1年も前のことなのに。
蘭世は筒井に触れられていくほどに、酔った意識の底でも”彼”との行為をありありと思いだしていたのだ。
(違う・・違う!)
やめて。やめてよ・・!
”この身体には、本当にあの人の”手”が刻みつけられているんだわ・・・!”
しかし筒井にそんな思いが伝わるはずもない。そして、
いちど覚えた快楽の場所は筒井が触れても同じく反応をしてしまう。

片手で細い両手首を押さえなおすとブラウスをたくしあげ、ブラのホックをあっけなく外す。
「綺麗なピンク色だね・・・」
そうつぶやいてから筒井はその胸の突起を口に含む。
「アアッ・・!!」
言葉と裏腹に胸の蕾は快感に自己主張を始めていた。
それは蘭世にとって特に敏感な場所で・・そこを吸い上げられ身体がびくん!と弓なりに跳ね上がる。
酔って理性が麻痺しているのか・・・だんだんと蘭世はその感覚に声をたててしまうようになっていた。

手の中で自分の意に反し次第に乱れていく蘭世に筒井自身も溺れていく。

ついに・・不躾に蘭世の秘所へ筒井の指が降りていく。
「ああ・・蘭世ちゃん、こんなにぐっしょり濡れているよ・・感じてるんだね・・」
「いやぁぁ・・っ」
筒井の指が・・ぐい、と蘭世の胎内に差し込まれ・・中の感触を味わうかのように内襞を押し広げながら
蠢いていく。
「ああんっ・・いやあっん・・・」
その妖しい感覚に支配され・・・蘭世は思わず胎内で筒井の指をぎゅ・・と締め付けていた。
「スゴイ・・・よく締まる・・・」
筒井は思わず唾をごくり・・と飲み込む。
その台詞に蘭世は真っ赤になる。
「いやいや!」
「そこを・・僕に見せてよ」
「!いやあっ やめてぇっ!!」
筒井は指を一度抜くと蘭世の足を大きく左右に割り開いた。
部屋の明かりは消しておらず・・そこの色まで鮮明だ。
「蘭世ちゃんのここも・・綺麗なピンク色してる・・・かわいい・・・」
「いやいやいや!」
筒井はその細い膝をがっちり押さえ・・その中心に唇を寄せた。
舌を胎内に滑り込ませては愛液をすくいだし、すでに濡れそぼっている廻りの花びらへさらに
塗りつける真似をする。
その口で、蘭世のそこを余さず味わい尽くそうとしているかのようだった。
「ここも・・気持ちいいんでしょ?」
すでに自己主張している敏感な芽を歯の先で転がしては甘がみを繰り返す。
「きゃああっ・・ひぁぅっ・・やあんっ・・!」
心とは裏腹に身体が反応していくことに・・自己嫌悪してしまう。
(も・・いや・・やめてっ・・・!)
涙がふたたび幾筋も幾筋も流れていく。

蘭世の身体が弓なりに仰け反り・・手足が次第にぐん・・とつっぱっていく。
「イッてしまいなよ・・!」
そう言い・・筒井は愛液まみれになった口で芽をさらに愛撫しながら
人差し指を再び胎内に突き入れた。
「きゃあああっ!」
体中がびくびくと痙攣し・・・胎内で筒井の指を、そして両膝で間にある頭を締め付けてしまう。

「かわいいよ 可愛いよ蘭世ちゃん・・・」
筒井はそうつぶやきながら果ててしまった蘭世の頬に口づける。
蘭世は酔いも相まって軽い頭痛がしている・・・
そして・・まだ吐息も荒く、身体に余韻が残るそこに筒井は黙って侵入したのだった。
「ああああっ!」
閉じていた瞳が大きく見開かれる。
(いやっ。いやあああっ!)
そこには、蘭世を感じて溺れる表情の筒井がいた。
「蘭世。蘭世・・・!」
彼の律動がますます激しくなっていく。
(やめて・・やめてよ!私はあの人だけのものなのに・・・っ!)
様々な思いが頭の中で交錯する。
(いいえ、あの人は私を裏切ったのだわ・・・もうあの人には会えないのよ)
(それでも、それでも・・・こんなのは 違う! )

私まで あのひとを裏切りたくないよ・・・
でも、そんな思いも もう 無駄なの・・・?

皮肉にも一度達してしまったその身体は容易に筒井のグラインドに反応してしまう。
高みから、さらに上へ上へと狂おしく押しやられていく。
(嫌だ・・・あの人と一緒の時と同じ感覚・・・!!)
「・・うっ」
筒井は胎内へ放出することはやめ、達する寸前にそれを引き抜いた。
そして・・蘭世の白い腹の上へと樹液を解き放ったのだった。
「ごめんよ・・突然だったから何も用意していなくて・・・」
筒井はそう・・息を途切れさせながら弁解していた。
(・・・)
蘭世は何も答えなかった。
目を閉じ、身じろぎひとつしない。
・・・一刻も早く世界から自分を遮断してしまいたかった・・・。

翌朝。
蘭世は・・・目を 覚ましてしまった・・・
ぼんやりと瞳をあげると・・蘭世は、誰かの腕の中にあった。
(なんで・・・まだ 夢・・・??)
ぼやけた意識の中、訳が分からずにいる。
視界と共に意識が像を結び始め・・・蘭世は昨夜のことを思い出した。
(あれは夢じゃなかった!)
願わくば、夢であって欲しかったのに。
慌てて蘭世は飛び起き、転げ落ちるようにしてベッドから降りた。
床に散らばった自分の服をかき集めてごそごそと着込み始める。
新しいのを出したいのだが・・それよりも一刻も早く何かを身に纏いたかったのだ。
二日酔いだろうか、ずきずきと・・・頭が痛む。

「う・・ん」
ベッドの上で筒井が目を覚ましたようだ。
「あっ、蘭世ちゃん」
(・・・)
こちらに背を向けブラウスのボタンをはめているらしい蘭世は返事もしないし、振り向かない。
筒井もまだ何も身につけてはいなかった。彼もごそごそと下着から身につけ始めていた。
「その・・おはよう・・・」
筒井はなんと蘭世に声を掛けていいものか判らなかったらしい。
一通り服を着てしまうとおずおず・・という感じでもういちど彼女に声を掛ける。
蘭世は今度は涙目できっ、と振り返り筒井をその視線で射抜いた。
筒井はその非難の視線に、思わず目を伏せる。
だがすぐに思い直してその視線にまっすぐ向き直った。
「昨日の蘭世ちゃん、とても素敵だったよ」
「ばかっ!」
蘭世はつかつかとその部屋を出ていこうとした。
「待ってくれ!」

すかさず筒井はその細い両肩を捕らえた。
「離して・・・嫌っ!」
嫌がりもがく蘭世を腕の中に納め・・・筒井は彼女を抱きすくめていた。
(!!・・・)
筒井は真剣な声で告げる。
「蘭世ちゃん・・怖い思いをさせたのなら本当にごめん。でも、僕は
蘭世ちゃんは一刻も早くあいつのことなんか忘れた方がいいと思うんだ。
僕がいつもそばにいるから・・・だから・・・泣かないでくれよ・・・」

(・・・)
筒井はいつも強引で、あたり構わず直球勝負の男だ。
だが、人当たりがよくどこか憎めない。
しかし・・・

「ひとりにして・・・」
「ダメだよ蘭世ちゃん、心配で君を一人になんかできないよ。僕と一緒に出勤するんだ」
(・・・)

蘭世は、何か暗い淵か底なし沼へと足を踏み入れたような思いがしていた・・・


つづく

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冬馬の棺桶へ 

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