『a foreign・・・』
(3)
混沌とした意識の中・・・
昨夜のことが夢の中にも浮かび上がる。
ぼんやりとした視界に、会議室の天井が映っている。
見慣れているはずのそれは何故か見たこともない場所のものに見えてくる。
背中に、頭に冷たく堅い・・じわじわと痺れるような机の感触・・・
両足は所在なく机から投げ出されつま先が床につくか着かないかの曖昧な状態。
そしてその両膝は幾度となく押し寄せる快感にぴくんぴくんと跳ね上がる。
そして、自分に覆い被さる男の金色の髪・・・
『あッ・・・!』
とりわけ敏感だと感づかれてしまった胸の蕾を、男はねっとりと唇で愛撫し続ける。
やがて机の冷たい感覚も甘い嵐にかき消されていく。
そうして会議室で抱かれた後、夕食に誘われて・・
その後も請われるまま彼の滞在している高級なシティホテルへ
ついて行ってしまったのだった。
そして、再び濃厚な夜を過ごしたことは言うまでもない。
一緒にとった高級ディナーでは、味も、交わした言葉も
あまり記憶に残ってはいない。
緊張からなのか、それとも魔法の余韻が続いているせいなのかは
自分でもよくわからなかった。
(逢ったばかりなのに何故私を抱いたの・・・?)
後からふと我に返ればそんな思いもおこる。
だが・・その時、あの男に抱かれていたときは、まるで魔法にかかったように
何も考えられず・・ひたすら甘い感覚に溺れ続けた。
あれはただの悪い夢?
”抱かれたからと言って 相手がひょっとしたら本気ではないかも知れない”
それに思い当たらないほど蘭世は子供ではなかった。
でも・・私・・・・
(どうしたんだろう・・)
あの人に、また逢いたいよ・・・。
蘭世がふと目を覚ますと・・・白いベッドの上であった。
そこはオフィス付属の診療所。病院特有の白いカーテンが廻りをぐるりと
取り囲んでいる。
(よっこい・・しょと)
蘭世は朝礼中に、貧血を起こして倒れてしまったのだった。
半身を起こしてもまだクラクラしていた。
(あはは;昨日、あんまり・・・寝てないもんね 私。)
ホテルの広いベッドの上でも、カルロはなかなか蘭世を解放
しなかったのだった。二人が眠りに落ちたのは、もう夜明け間近であった。
・・・再び蘭世に眩暈がやってくる。
(だめだぁ・・もうすこし横になってても・・いいよね)
「ふぅー」
大きくため息を付いて、蘭世は再び横になった。
その時。
「ランゼ?」
どきっ。
カーテン越しに部屋の入り口の方から、聞き覚えのある声がした。
白いカーテンの向こうに黒い影がじわじわと浮かび・・
カーテンの隙間を割ってその人物は現れた。
「!」
ダーク=カルロであった。
蘭世は目を丸くし・・顔はもう真っ赤である。
カルロはかっちりとスーツを着込んだ姿で、いつもの様子と変わりがない・・
ただ、めがねは外して胸ポケットに引っかけていた。
深い碧翠の瞳が心配そうな表情でこちらを見ている。
「お前が倒れたと聞いて驚いた。具合はどうだ・・?」
そう言ってカルロはベッドの縁に座り、蘭世の額にそっ・・と手を添えてくる。
その仕草だけで、蘭世は昨日の疼きを思い出し、ドキドキと心臓が慌て出すのだった。
「スミマセン・・ご心配おかけしてます・・」
蘭世は布団の端を握りしめて、辛うじて、やっとそれだけを言った。
「今日はもう休暇にしなさい。少し休んでから家に帰るといい」
「ハイ・・・」
蘭世がか細い声で返事をすると、カルロはふっ、と少しいたずらっぽい表情を浮かべた。
そんな表情も蘭世の心を惹きつけてやまないのだ。
「私のせい、かな?」
「〜〜〜〜」
蘭世はさらに顔を真っ赤にして布団を頭の上までずりあげた。
「ランゼ・・・」
名前を呼ばれ、蘭世は布団からちょこっ、と顔を出した。
「ランゼ。」
何度呼ばれても、その声は蘭世の心を痺れさせていく。
だが・・
今の声は、どこか少し雰囲気が違っていた。
そしてカルロはさっきとは打って変わり、少し寂しそうな表情を浮かべている。
「?」
カルロの大きな手がそっ・・と蘭世の頬に触れる。
「お前に残念なことを伝えなければならない・・・」
(?)
蘭世はなんのことかわからず、ただ じっ とカルロの顔を見上げていた。
「私は今夜の便で、ルーマニアへ戻らなければならない」
「えっ!?」
冷たいものが胸を滑り落ち・・心臓がどきどきと先程とは違った意味で
嫌な早鐘を打ち始める。
「しばらく会えない。だが、いつか必ずお前を連れに来る。約束する」
”しばらく 会えない。”
「カルロ様・・・」
突然の別離の言葉。
蘭世は慌てて飛び起きた。
「待つって どれくらい?」
「1年以上はかかるだろう」
「あのっ、じゃあ電話しても良いですか!」
だが。
それに対する答えは・・・蘭世の期待をすっぱり裏切るものだった。
「今は訳があって・・連絡先を教えるわけにいかない」
「!」
蘭世はその言葉に ガン、と頭を強く殴られたようなショックを受けた。
嫌な予感が黒い雲となって蘭世の心を覆い隠していく。
「それって・・・それって・・・」
蘭世は悲しげな瞳でカルロを見上げた。
(ああ、やっぱり行きずりの恋、だったのかな・・・)
そうよね。
こんな素敵な人が私のことを本気で思ってくれるはずがない。
きっとルーマニアに奥さんとか恋人とかいるんだわ・・・
蘭世はそれが実に当たり前のような気がしてしまった。
一瞬カルロを責めようとした心はすぐにうち消された。
(私が してほしいって 選んだんだもん・・・)
そうだ。
私がこの人の魅力に負けてしまったのだ。
自分の愚かさに胸がきゅうきゅうと音を立てる。
蘭世はなるべくこれ以上自分の心に傷が付かないよう、
俯き目を伏せてカルロを視界から遮断しようとした。
「いいんです・・・無理しないで下さい。私のことなんかほおっておいて・・っ」
次第にその視界はぼやけ、涙がぼろぼろっ・・と握りしめた手の上に零れ落ちた。
「それは違う!ランゼ・・!」
カルロはハッとなり、俯く蘭世を抱き寄せ腕に包もうとする。
だが・・蘭世は身を固くし、腕から逃れようとするばかり。
「もうやめて下さい・・!離して・・!!」
(何処が違うというの・・!?)
蘭世はひっくひっくとすすり泣きを始め、声は半分悲鳴のようである。
「もう、私に期待なんか させないで・・・!」
「ランゼ!」
「やっ・・っ」
カルロは泣いて嫌々をする蘭世の細い顎をぐいと捕らえ、その唇を塞いだ。
甘く、情熱的に。
千の言葉より、ひとつの熱い口づけを。
「・・・」
カルロは唇を離し・・呆然とする蘭世の顔を、悲しげな表情で覗き込む。
「出来ることなら事情を説明したい。だが・・今はそれもできない。
お前に不安な思いをさせてすまない・・」
カルロはいちど身体を離すと右のポケットに手を入れ、中から黒い小箱を出した。
「あ・・!」
小箱からは、銀色に光る指輪が現れたのである。
プラチナの繊細なリングには、年若くてか細い手の蘭世に相応しく小ぶりな宝石が
・・だが、専門家に見せれば相当な価値を言われるモノだったのだが・・
不思議な光彩を放っていた。
カルロは蘭世のほっそりとした右手をとり、その薬指にそれをはめたのだった。
いつの間に調べたのか、それは蘭世の指にぴったりのサイズであった。
「本当は今すぐにでも連れ去りたい・・・」
カルロはそうつぶやくと、手の甲に軽くキスをし、
そして再び蘭世に柔らかな口づけを落とした。
それは、昨日ともさっきとも何処か違う、”優しい”口づけであった。
「信じて・・待っていて いいの?」
「待っていて欲しい・・」
「・・・」
カルロは蘭世を抱きしめ冷たく流れるような黒髪をなでている。
それでも、蘭世はカルロの腕の中で心を揺らしていた。
(会えない理由が説明が出来ないなんて・・・やっぱりわかんない。
理解できないよ・・)
「寂しい思いをさせてしまうな。」
「・・・」
「・・放って置いたら、お前を・・他の男に取られてしまいそうで辛い」
(え?)
蘭世は耳を疑った。
「お前を他の男に取られたくない・・・」
俯いてうつろな表情であったものが・・・ほんのり赤らんで驚きの表情に変わる。
「いいや、誰のものになっても取り返すまでだ」
カルロの強い口調に蘭世は思わずその顔を見上げた。
「まさか!」
そして蘭世は・・声を震わせる。
「どうして・・逢ったばかりなのに・・そんなことまで言い切れるの・・・?」
カルロはふっ、と柔らかい笑みをつくり優しい瞳で蘭世を見つめる。
そして白い頬にそっ、と触れてくる。
触れた場所からふたたびじいん・・と熱い甘い感覚が呼び覚まされ
蘭世はうろたえてしまう。
(だっ だめよぉ私ったら何考えてるのかしら・・・!)
「私はおまえを愛している。それ以外に理由はいらない」
「カルロ様・・・」
そう言ってカルロは蘭世の涙の跡に唇を寄せる。
そして再びその顔を覗き込んだ。
「ランゼ。私を 待っていてくれるだろうか?」
「・・・!」
蘭世一呼吸ためらったが・・・ゆっくりと 頷いた。
「私もカルロ様のことが・・・好きなんです・・・忘れたくないです・・・。」
それを聞くとカルロは ほっ としたような嬉しそうな表情を浮かべる。
その表情はすこし、素直な子供のようにも見えて蘭世にはとても意外だった。
(カルロ様ってこんな表情もするのね・・)
カルロは再び蘭世の唇を塞ぐ。
(ん・・・)
首筋に唇を滑らせると、カルロの指先は制服のリボンをほどき・・
ブラウスのボタンを外し始める。
(・・・!)
「だっ・・だめですっ こんなところで!」
蘭世は慌ててカルロを押し戻そうとした。
ここはオフィスにある診療所の一角。
カーテンで四方を仕切られ、そして今この部屋には自分とカルロしかいない。
それでも、いつ誰が入ってくるかはわからないのである。
そして・・甘い声を立てればきっと外へ聞こえてしまう。
だが。
「ランゼ。今 お前を抱きたい・・・」
一瞬、彼の香りが強くなったように思えた。
「あ・・・」
その言葉に蘭世が顔を赤らめたとき、カルロは彼女をベッドへと押し倒した。
白い胸には昨夜カルロが残した刻印が赤い花びらのようにあちこちに散っていた。
カルロはそれに再び唇を寄せる。
蘭世の敏感なところは昨夜で全て知り尽くしていた。
胸の蕾をついばむと、蘭世は一層身悶え細い身体を仰け反らせる。
舌先で乳首を押し込んだり吸い出しては甘噛みしたり・・を繰り返す。
(カルロ様・・・っ)
そして、蘭世はすでにもう それ をやめて欲しいとは思えなくなっていた。
(もっと・・)
目が、つい・・そう訴えてしまう。
そんな表情を見てカルロは満足げな笑みを浮かべ、いちど軽くキスをすると
細いウエストから下へ下へ・・と進んでいく。
ブラウスははだけられ、ブラもホックが緩められ
ストッキングもショーツも取り払われていく。
そしてカルロはついに、密壺にやわやわと舌を滑り込ませてきた。
(アアッ!)
・・蘭世の身体は強く跳ね上がる。
(ダメ!)
油断をすれば声が出てしまいそうになり蘭世は唇をかみしめ手の甲で口を押さえる。
声を殺そうとするとなぜか・・余計に敏感に感じてしまい蘭世は一層身悶えてしまう。
我慢していても・・深い吐息が止められない。
「う・・ふうっ・・・んんっ!」
(やめて やめて・・っ!)
逃れようとするが、細い腰を大きな手のひらががっちりと抑えて離さない。
つま先、手の指先まで電流がかけのぼっていく。
カルロがそこから唇を離したときには、蘭世はもうめまいを起こしくったりとしていた。
目を開いても・・天井がぼやけて見える。
視界の端でカルロが上着を脱ぎ・・スラックスの間から熱くそそり立つ
それにゴムを被せているのが見えた。
そうして、再びカルロは彼女に覆い被さる。
「・・あっ」
ひとつになる、熔ける・・
そう思ったとき。
突然、入り口のドアがノックされた。
「蘭世ぇー大丈夫?」
こちらの返事を待たずにガチャリと扉が開く音がし、その声は部屋へ入ってきた。
蘭世は一気に現実へ引き戻される。
(楓ちゃん!!)
同期の女の子である。おそらく様子を見に来てくれたのだろう。
(大変!!)
一大事である。
今、蘭世たちと見舞いの彼女を隔てるのは1枚のカーテンのみである。
カーテンを開けられたら・・自分のあられもない痴態が丸見えになってしまう。
「入ってもいーい?」
「ちょっと待ってっっ!!」
蘭世は思わず大声で、鋭く彼女に言い放った。
「え?どしたの?」
楓の動きがカーテンの向こうで止まったようだ。
そこまでは・・なんとか自分の本能で彼女の進入を差し止めることができた。
しかし。
(どうしよう!!)
なんて言い繕おう?
蘭世は思わず助けを求めるようにカルロの顔を見た。
だがカルロは・・・ニッと悪戯っぽく笑い返してくるだけだ。
しかもカルロは蘭世の身体を抱き起こすと・・
(!!!)
自分の膝に跨らせて、座位でその身をつないだのだ。
(アァッ・・・!!)
「どうしたのーってば、蘭世ぇ?」
間の抜けた彼女の声が耳に響く。
なのに自分はその身を貫かれている・・・
(見られてないのに まるで もう見られてるみたい・・・!!!)
羞恥心は・・ますます蘭世の快感を煽っていく。
しかし、もう黙っているわけにはいかない。
「ごめんっ楓ちゃん!今っ・・先生、に 診察して貰ってるところなのっ!」
蘭世は必死に考え、それをひねりだしたのだった。
声がうわずってしまうのを必死に・・それこそ必死で押さえようとする。
「あっ、ごめんごめん・・じゃ、ここで待ってるね」
「えっ、いや、あのねっ・・・!」
それでは困る。
カルロがここにいるというのに楓がいたのでは出るに出られないではないか。
医者と言ったのに出てきたのがカルロでは十分怪しすぎる。
震える声をなだめながら・・蘭世は言葉を続けた。
「あのね、このあとも血液検査とかいろいろしてもらうことにしてるから、ちょっと
時間かかるみたいなのっ」
(カーテンに影は映らないと思うけど・・・っ!)
こみ上げる電流に耐え、必死になって身体を動かさないようにする。
「ふーん なんか大変みたいね・・じゃ、今日は休暇っていうことにしておくねー」
「ありがとうー!お願いね。」
そうして同僚の彼女は部屋を出ようとくるりと背を向け歩き出す。
その途端、カルロはさらに激しく蘭世を責め立てる。
まだ楓は部屋の中である。
(あァッ、まだよぉ まだイヤっ・・・!!)
漏れ出そうな声を必死で殺すと・・返って一層快感が押し寄せてくる。
戸口で楓は立ち止まり、また蘭世に声をかける。
「じゃあ、お大事にね。」
「うんっ・・ありがとぅ・・・」
(は はやく 行ってぇーっ!)
ガチャ、パタン、とドアの開閉する音が響いた。
「ああっ!!」
その途端、堪えきれずに、ついに声が出てしまった。
蘭世はきゅうっ と自分を貫いているカルロのそれを内襞で締め付け
細い身体を仰け反らせ、びくびくと痙攣し始める。
それにつられ、カルロも自らの想いを遂げたのだった。
つづく
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