5)
・・あれから 季節がひとつ 動いた。・・
ちりり・・ちりりり・・・
蘭世がベッドの上で寝返りを打つたびに 不思議な音色が零れていた。
それは軽やかで 可愛らしく 繊細で。
カルロや蘭世が暮らす国のものではなく それは遙か遠い東の国からもたらされた物−鈴−の奏でる音だった。
「この音色は お前によく似合う」
カルロが出張先の国で偶然見つけ そう言って国で待つ彼女に手渡した物だった。
七色の不思議な細い紐が不思議な形で編んであり その先に丸く小さな銀の鈴がついていた。
ブレスレットのような長さのその紐を細い手首に通し 蘭世はそれを最近 お守りのようにいつも
身につけている・・・
カルロはその他にも ダイヤのブレスレットや エメラルドのネックレス
洗練されたドレス等々 様々な物を事ある毎に彼女へ贈っていたが
蘭世は そんな中で何故かシンプルな鈴を選び いつも身につけていたのだ。
それは カルロが”自分に似合う”と選んでくれたから そして
その鈴の音が どこか蘭世の心を引きつけて離さないからなのだった・・・
(・・・)
なま暖かい夜風が大きく開け放たれた窓から蘭世のいる部屋へ流れ込んでくる。
薄手のネグリジェを着ていた蘭世だが そんなに肌寒く感じる季節ではなくなっていた。
空には雲一つなく 西の空低いところに薄い三日月が小舟のような形をして この部屋の照明と同じ
茜色をしてぼんやりと浮かんでいた。
(今日は 帰ってくるかしら・・・)
俯せになり 頬杖をついて蘭世は窓から月を眺める。
−私は 彼の帰りを いつもここで 待っている−
彼・・カルロ・・は 私をこの鳥篭(部屋)へ閉じこめて 私が抗議する前に
有無を言わさず組み敷き抱いて・・自分のものにしてしまった・・・
その 私の心を顧みない男に 自分勝手なその男に
私はもっとショックを受けて 嘆き悲しんで 彼を忌み嫌っていいはずだ
あの日から彼は 帰宅するとまっすぐこの離れへ来て まず私を抱いていく。
そして屋敷で過ごす夜は 一緒に食事をとった後 再び私を抱いて腕に納めて眠る・・・
無理矢理彼に抱かれたそのときから しばらく私は彼に触れられることをとても恐れた
彼の行為が ひたすら恐ろしかったのだ
そんな私を見かねたのか 業を煮やしたのか それとも計算のうちだったのか・・
或る夜 彼は私の両手を縛りベッドにくくりつけ 目隠しをして
体中をくまなく・・それこそ指先の一本一本まで・・指と唇で愛撫し
足を大きく開かせると 恥ずかしいところの花びら一枚一枚も指で開き軽く捻ったり
そして舌で愛液をすくってなでつけたりを繰り返し 私が否応なく花開くまで
そこを”愛した”のだった。その間彼は一度も自分を満足させる行為はせず
ひたすら 私だけに快楽を与え続けた。
私はそれで初めて”絶頂”を経験してその夜何度も何度も追い立てられるように上り詰め果て
気を失い そのまま眠り込んでしまったのだ・・・。
そして気がつくと・・手首の紐は外され 私は彼の腕の中にあった。
彼は眠らずにじっと私を見ていたようで・・そして彼は目覚めた私の耳元で囁いたのだ。
「今夜のランゼはとても綺麗だった」と・・・
何故かその日から 私は彼の愛撫を素直に感じとり 彼自身をも受け入れることができるようになった
さらに 彼とともに上り詰めることを覚えたその夜から 私はこの部屋へ彼が来るのを
心待ちにするようになってしまった。
彼はこの屋敷の当主として相当忙しい毎日を送っているらしく 屋敷へ戻らない日のほうが多い。
そして 私はこの場所で 彼を待ちわびる日々を送ることになる・・・
蘭世は思わず俯き 熱い吐息を漏らし 再び身体をベッドへ横向きに投げ出す。
ちりり・・ちりりり・・・
鈴の音と共に いつかの 彼と共に過ごした夜が思い出される
自分を抱きしめる仕草をして せつなく睫毛を伏せ・・その鈴の音に耳を傾ける
視線の先で 薔薇の香りを含んだ夜風がシフォンのカーテンを揺らしていく。
確かに私は家族から引き離され この屋敷の離れに閉じこめられた
でも それ以前だって 私は家族と共に家の中でずっと過ごしてきたのだ
蘭世の家族には重大な秘密があり それを世間から押し隠すために蘭世は滅多に外へ
出してはもらえなかった。
蘭世自身は半人前で 何も能力はなかったが 蘭世の父と母は不思議な能力の持ち主だったのだ。
学校にも行かず 友達もなく・・・寂しい思いを抱えていたのは 確かだ。
(私は 家族ではない誰かを 求めていたのかしら・・・)
そりゃあ 友達が欲しいな 寂しいなって 思ったことはいくらでもあるけど。
その奥 更に心の深いところで 自分でも気づかずに求めていた何かが
あの人によってくっきりと意識するところまで引き出されてしまったような気がする。
それは 誰かを・・・友達ではなく恋人を・・欲する 心?
・・では私は彼に”恋して”いる?
それは わからない。むしろ違うような気が する。
蘭世が自分なりに思い描いていた恋は
ある日 素敵な人に出会って 一緒におだやかな時を過ごして
おしゃべりをしたり お茶を飲んだり 遊びに行ったり・・・
そんななかで想いを育てていくものだろうと思っていたのに
そこからは どう考えても 今の現実はかけ離れている。
でも
あんなに酷い仕打ちをされて こうして閉じこめられたのに 私は何故か
彼を嫌いだと思えないのだ。
ふと 蘭世は初めて彼に組み伏され抱かれたときに”お前を愛すると決めた”と言われたことを思い出す。
だが それから 私は彼から再び”愛している”という言葉は一度も聞いたことがない。
でも
自分を見つめる深い緑の瞳に
眠りに落ちてなお私を抱きしめる腕の強さと寄せられる頬の危うさに
なにか 自分が求められているような 自分が必要とされているような心地がしてきて
・・・それが何故か 幸せだと思えてしまうのだ。
それは 間違いなのかも知れない。
ひょっとすると彼にとっては自分でなくても良いのかも知れない。
でも 今の私には その彼から求められる役目をもらえているだけで 心が不思議と満たされているのだ。
それは 誰かを”愛する”と 言うこと?
・・・・わからない。
今の状況だって 愛し愛されて抱き合っているのかどうかすら 判らない。
こんなに会う夜毎に抱き合い眠るのに
あの人の心が 私にあるのかどうかは いまだにわからない
彼のする事を 彼が”愛” だと言ったとしても それが私にとって正しいのかも判断が出来ない
今の自分が心に宿すこの気持ちを表す言葉さえも 見つからないのだ・・・
かちゃり
背後で ドアが開く音がした。
その音に弾かれるようにして蘭世は飛び起きる。
こんな夜更けにこの部屋を訪れることが出来るのはただ一人・・・
「・・お帰りなさい!」
彼の姿を認めた途端 こんなふうに一人悶々と抱えていた悩みが いつも何処かへ棚上げされてしまうのだけは確かだった
転がり落ちるようにしてベッドから飛び降り 蘭世はカルロへと駆け寄り抱きついていく。
蘭世の手首から奏でられる鈴の音が カルロの耳にも軽やかに届く
「・・・」
カルロは静かな笑みを湛え 鈴の音とともに懐に飛び込んできた彼女をおしいだいた。
続く
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