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(・・・・)
ゆらゆら ゆらゆら・・・
蘭世の身体は 温かく柔らかな液体の中を漂っているような 不思議な感覚の中にいた。
それは 熱くもなく寒くもなく 心地よい空間。
そこにか細い四肢を投げ出し 緩く目を閉じて 蘭世はその心地よさに浸っていた。
身も心もとろけて 解放されて・・・
いつまでも ここにいたい ここで たゆたっていたい・・・
(!)
その想いは突然裏切られ
階段を踏み外したときのような急激な落下感覚が蘭世に襲いかかる。
声にならない声を上げ、蘭世は閉じていた瞳を 弾かれたように ぱっと開いた。
(あ・・・!)
”あつ・・い・・!”
滑らかだが汗ばんで熱い肌が ぴったりと絡みつくようにして自分を包み込んでいる。
その肌は 蘭世が感じたことのない”人間のもつ重量”を伴って抑えつけるように
彼女をベッドへと沈めていた。
耳元に届く自分ではない人間の熱い息づかい
鼻孔をくすぐる甘いムスクの香りが 媚薬のように頭の芯を揺さぶる
目を開けたその途端、蘭世の五感にさまざまな刺激が激流のように押し寄せてきたのだ
(あ・・・あ・・・!)
空中の楽園から 突然砂嵐の中へ放り出されたような衝撃。
暑いのは寄せられた熱い肌のせいだけではない。
(お腹の中が・・・あつ・・・いぃ・・)
自分ではない”熱くて大きな物”が体の中心を さし貫いている!
カルロは蘭世の目覚めるのも待たず 熱く猛った己自身を彼女の秘部へ埋め込んでいたのだ。
彼女の細い足の片方を片腕で引っかけるようにして引き上げ 大きく開いたその秘密の場所を
初めての彼女に躊躇うこともせず 容赦なく熱い情熱をもって貫き陵辱していた
蘭世は思いがけない今の状況をはっきり認識することができず ただひたすらその熱に圧倒される
体の中からも 彼の熱で 蘭世は眩暈を起こしそうだった。
(あつ・・・い・・・あついょ・・・・)
間接照明の供する茜色に染まる部屋で 同じ色合いを帯びた金色の彼の前髪が
彼の動きに合わせて蘭世の目の前で揺れている。
それはまるで他人事のように思えていたのだが 次第に現実が彼女の意識の中で像を結び始める。
「あ・・・アァ・・・いやアァァ!」
その声と共に吐き出す息すらも 彼のもたらす熱であつく その喉はひりつくように乾いていた。
蘭世は自分のあげた悲鳴と共に一気に現実へ引き戻された。
そう、私はこの男性に捕まってしまったのだ。そして・・・
「やだっ・・・いやぁぁああ!」
蘭世は頭を激しく左右に振り抗議した。長い黒髪がそれにつれてうねうねと跳ねる。
自分を差し貫く熱い杭から逃れようと彼女はもがき手をばたつかせ 身をよじった
しかし カルロは かえってなお一層深く己を突き入れ 細い両腕を捉えて
逃さず彼女を抑えつけた。
カルロからは未だ一切の弁明も説明もない。
ただ 彼が蘭世を感じて零す熱い吐息が 耳元に絶え間なく届くのみ・・・
そして 淫靡な水音と 肌を打ちつける音の中で カルロの激しい律動がぐいぐいと 絶え間なく蘭世を突き上げる。
それは、いつまでもいつまでも止まず 永久に続くようにさえ蘭世に感じられていた
「いや・・・いやぁ・・・!」
蘭世は顔を真っ赤にして涙をぽろぽろと零し始める。
「おねがい・・ やめてぇ・・・許して・・・!」
なんで素直にこの人に・・そしてここへ ついてきてしまったのだろう?
人を疑うことを知らなかった蘭世は そんな呑気な自分を心から責めた。
こんなことになったのは 自分がうっかりしていたからだ・・・・・!
今、蘭世にあるのは痛みを伴った圧倒的な熱と貫かれる激動
そして心を黒く染め上げる衝撃と・・後悔の念 それらで一杯で 性による快楽などかけらもない。
カルロの腕の下でひっく、ひっくと彼女はすすり泣く。その声が空しく部屋に響いていく・・
「やめ・・てぇ・・・もぅ・・ゆるして・・・」
「ランゼ」
涙がぽろぽろ、ぽろぽろと流れ落ちる頬に カルロは唇を寄せ・・蘭世が目覚めてから初めて言葉を紡いだ。
「私は止めないし 許さない・・・お前はもう私のものだ」
「どうして・・ぇっ」
「今夜私がそう決めたのだ。そして私はお前を愛すると決めた」
(”愛する”・・・?)
”愛スル”
蘭世はカルロの発したその言葉とその意味を知っているはずなのに、なにか自分の知っているものとは
違う響きに感じていた。
”愛するって 何か違う意味があるの?”
わからない わからない。
若い蘭世はただその言葉に頭を混乱させるだけだ。
−私はこんなに苦しいのに。こんなに辛いのに あなたは”愛する”という言葉を使うの・・・?−
そんなの きっと違う。
でも この人が怖くて 私は抗議が出来ない・・・
蘭世は この部屋から逃げ出してカルロに追い詰められたときの 彼から感じる静かな気迫を思い出していた。
「いやぁ・・・もう・・怖いの・・・誰か・・助けて・・・!」
一層もがく蘭世の顎を捉え カルロはその言葉を唇で塞ぎ封じ込めた。
誰かに蘭世の悲鳴が聞こえたとしても この屋敷の者達は彼女を助けたりはしないだろう。
皆 カルロにかしずく者達ばかりなのだから・・・
庭の奥で 夜に咲く大輪の白い花が風に揺れ 一枚 一枚と花びらを空(くう)に散らしていく・・・
つづく
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