『another・・・2』






2)

キス。
鳥篭の小鳥に与える口づけは 熱く そしてなまめかしく・・・

カルロは一度軽く唇を重ね、少し離れて蘭世の視線を美しい翠の瞳で掬い
・・それはまるで最後の甘い魔法をその瞳にかけるがごとく・・
そして、再び深く口づけた。
「ん・・・」

”初めてあったばかりなのに 何故か懐かしいあなた・・・”

(こんなに懐かしいのは 何故?)
蘭世はそれが知りたくて それを確かめるような思いで カルロの口づけに応える。
そして、次第に頭の芯が熱く 甘くとろけていくような感覚に墜ちていく。
本などでしか知り得なかった ときめきの行為に蘭世は早くも
・・そう、自分でも気づかないうちに溺れ始めていたのだった。

そんな蘭世を深い翠の瞳で見つめていた彼は やがて 小さな肩を抱いていた手を
少しずつ滑り落としていく。
しかし・・
首筋を這う体温の違う手のひらの感触。
さり気なく外される服の釦・・・

やがて それが何を示すのか 若い蘭世なりに漸く思い当たった。
だが彼女にはまだそこまでの行為は 思いも寄らないことだった。

「だめ・・・」
蘭世は唇を離し、恥じらって胸元を引き寄せ細い手を伸ばしカルロから身を離そうとした。
だが。
「ランゼ。」
カルロの大きな腕は まるでびくともしないのだ。
この籠へ彼女を入れた以上 彼には躊躇をするつもりは無かった。
彼には絶対的な自信と・・不可思議な確信があった。
どんなことをしようと どんな手段を選ぼうとも 最後にはこの娘を・・この娘の心を
私は手に入れる事が出来る。手に入れる自信がある。
ならば、いっそのこと この出会えた好機は逃さずにいたい。
(おまえはすでに 私のものなのだ・・・)
「ランゼ こわがらなくていい・・」
ひどく静かで落ち着いた声が 蘭世の耳元で囁かれる。
だが、その声で蘭世の心は大きく泡立ってしまった。
「いや!」
この人は私を・・無理矢理抱こうとしている?!
テレビや小説の世界だけの話だと思っていたのに まさか、自分にそれが起きるなんて。
「ごめんなさい!」
蘭世は命の危険にも似た恐れを感じてドン・・と勢い良く 両手で彼を突き飛ばすようにして
反対に自分がソファから転がり落ち・・カルロの手から逃れた。

幸か不幸かカルロが油断していたのか、その脱出は成功し 
蘭世はよろめきながらも立ち上がり、その豪奢な部屋の入り口にあるドアめがけ走りだした・・
夢中でドアノブに飛びつく。
(開いたわ!)
そして、蘭世は勢い良くその扉を開けて 後ろも振り返らず飛び出していった。





通路は来たときと違い ランプ一つ灯っておらず真っ暗であった。
蘭世は一瞬ひるんだが、勇気を奮い立たせ闇の通路を出口目指して走っていく・・・。
やがて蘭世は通路の再奥にあるドア・・離れの入り口へとたどりついた。
そこには、重厚な木でできた大きな扉が構えている。
蘭世はその扉に付いている金属の飾りノブを掴んで引っ張った。
(・・・開かない!)

どうしよう・・・
きっと、もうすぐあの人がここへやって来るわ!

扉は、蘭世がいくら押したり引いたりしても開くことはなかった。
「誰か!開けて!!開けて!!」
蘭世はドンドンドン!とその扉を叩き外の誰かが気づいてくれるのを
ひたすら祈った。
だが。
・・・外だって 皆カルロの部下達ばかりなのだ・・・

闇の奥から コツン、コツンと足音が響いてくる。

その足取りは やけにゆったりとしており 次第に蘭世の居るところに近づいてくる。
そして・・真っ暗だった通路は、カルロが歩んだ所から順に ほわり ほわりと
両脇のランプが魔法のように灯されていくのだ。

蘭世には、どこにも逃げ場はなかった。
「ランゼ・・・」
目の前に現れ、彼女にそう呼びかけた彼の顔は、ランプの明かりに映し出されてもなお、
表情が読みとれない。
怒っているわけでも、笑っているわけでもなかった。
蘭世には、ひたすら 美しい悪魔が自分の元へやってきたとしか思えないのだ。
「カルロ様、ごめんなさい・・お願い!私を家に返して・・!」

蘭世は彼から「すまない」とか「わかった」という優しい言葉が
返ってくるのを期待していたが 彼はただ黙ったまま。
その沈黙が、さらに蘭世を怯えさせる。
蘭世は再びドアを開けようとあがき カルロに背を向けそのノブを必死に両手でがたつかせる。
カルロはそれを止めさせることはせず ただ彼女の背後から 覆い被さるように
その左右に手をついた。
まるで 彼女の退路を断つように・・・
そして その耳元に静かな声で再び囁くのだ。
「ランゼ。その扉は開かない」
その声にハッと我に返り振り向くと 再び至近距離の妖艶な視線に出逢い
蘭世は・・身を凍り付かせる。
(恐ろしい・・・でも・・・なぜなの それだけじゃあ ない気が する・・・)
ならば、 その感情は 何?
・・・わからない・・・
心の奥底に 恐怖ではない何かが わだかまっている。

彼は蘭世が逃げたことを責めもせず、そして自分の突然の行為にも詫びを入れたりはしない。
ただ、ひたすら彼女を目的のところへと追い込んでいく。
カルロはそっと蘭世の手を取り、自分の頬へ寄せた。
「不思議だ・・私は何故こんなにお前を自分の手元に置いておきたいと思うのだろう・・
初めて会ったばかりなのに」
蘭世は足がすくんで動けない・・。
”やっぱり こわい!”
誰か・・!
「お願い・・怖いの・・うちへ帰して!」
蘭世はぽろぽろと涙を流し 首を横に振る。
だが、カルロは蘭世の両手首を掴んで離しはしない。それどころか その両手首を開いて
ドアに押しつけ 蘭世へ一歩更に深く歩み寄る。
彼の香りが濃くなり 蘭世の肩を、指先を 何かが走り抜けていく。
(・・・・っ)
そして彼女の耳元に寄せられる唇は。
「ランゼ・・ランゼ 愛している・・・」
カルロのつま先が蘭世の靴の先に当たったとき、蘭世の身体が がくん、と沈み込んだ。
腰から下の力が抜けてしまったのだ。
座り込んだ蘭世に、カルロは覆い被さるようにして・・冷たい通路の上に彼女を押し倒していく。
「あっ いやあっ」
いくら蘭世が抗っても 鍛え上げた男の腕からは逃れることは出来ない。
片手で蘭世の肩を押さえ、もう片方の手でカルロは再び蘭世の前あわせのワンピースを
再び、しかも先程よりも大胆に するすると紐解いていく。
彼女の白い胸元が 茜色のランプの光に映し出される。
蘭世がいくらもがいて抵抗しても その表情はいたって冷静で それが余計に蘭世を戦慄させる。
「いやっ いやあっ!!」
カルロのことは嫌いではなかったが、まだ深い関係など考えも及ばない。
それなのに・・

(どうして・・・どうしてカルロ様・・・・)



蘭世の意識が暗転する。
強ばっていた体から 力が抜けていき・・その細い腕がぱたん、と冷たい床に投げ出された。
彼女は・・気を 失ってしまったのだった。
閉じられたその目の端から 涙が一筋こぼれ落ちていた。






(漸く、効いたか・・思ったよりも時間がかかったな。
 効き目が穏やかなものだから 多少は仕方がないか・・・)
実は、蘭世が飲んだワイングラスに 微量の眠り薬が入っていたのだ。
足腰が立たなくなったのは 実は薬が効き始めた兆候であった。

カルロは その涙を親指でそっとぬぐってやると
投げ出された細い腕を手元へ引き寄せ 宝物を大事そうに抱き上げた。
(やはり ここは冷たすぎる・・・)

カルロはいちど籠から逃げ出そうとした小鳥を再び腕に納め
やはり ゆったりとした足取りで 元来た通路を戻っていった。




つづく

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冬馬の棺桶へ

bg photo:Silverry Moon Light

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