執務室には、大きめなはずのデスクと、ゆったりしているはずの椅子の間に、巨体をぎゅうぎゅうに詰め込んでいる、という感じでコンチネンタル大尉が座っていた。手では、鞭を弄(もてあそ)んでいた。よくもまあ、この大尉にぴったりの軍服を作ったものだ、という感想がつい浮かんでしまうくらいに、人間離れした巨体である。
ジョナサンは礼儀正しく直立し、敬礼をした。
「タイベリアス少尉であります!」
大尉はそれをちらりと見て、手元の資料に目を落とした。
「お前は射撃の成績に問題があるようだな」
「はっ、技術不足に関しては、鋭意努力して向上に精進するつもりであります!」
背筋を伸ばし、心からそう宣言した。さっきの、レナードの指導により、射撃への苦手意識が先より薄れていたからだ。
大尉は歩み寄って、タイベリアス少尉の姿を頭のつむじから、靴の踵まで、舐めるように眺めた。軍服ごしに見た限り、軍人としてふさわしい体躯だが、まだ少年の面影を残している。顔や首筋の肌の色がこんなに白いのだから、服に隠れている部分はもっと白いに違いない。声変わりがすっかり済んだらしい低めの男らしい声ではあるが、そこがまた大尉の興味をそそった。この男を、裸に剥いて、激しく攻め立てたら、どのような表情で、どのような声をあげるのだろうか。そして、どんな姿で哀願するのか…。
コンチネンタル大尉が、秘書に視線で合図を送り、秘書がそれに答えて後ろ手に執務室のロックシステムを操作して開放不可にしたことに、緊張していたジョナサンは気づかなかった。
「ふむ。なかなか真摯な心がけだな。だがお前は軍人の基本がなっていない…」
大尉は、ジョナサンの顎に鞭の柄を当てた。
「上官への答えはイエスかノーしか許されておらん!」
その鞭で、彼の顎を突くようにした。勢いでジョナサンは後ろによろけた。よろけながらも敬礼をした。
「イ…イエス、サー」
軍人というものは、上官に逆らってはいけない。少々理不尽なことがあっても、秩序を保つことは、軍を運営するために必要なことであるから、上官の命令には従わなければいけない。そして、上官には常に敬意を払うこと。これは士官学校でよく教え込まれたことであった。
大尉は、今度は頬に鞭の先をしならせながら、命令を出した。
「もう一つ、言葉の前に『サー』をつける!」
「サー、イエッサー!」
ジョナサンは敬礼のまま、一音一音、はっきり発音した。
「よし、なかなか飲み込みが早いぞ」
コンチネンタル大尉は、自分よりはかなり小柄なタイベリアス少尉を満足げに見下ろした。
「服を脱ぎたまえ」
「えっ?」
ジョナサンは驚きの表情を浮かべた。
「服を脱げ!」
大尉は彼の頬にまた鞭を当てた。
「…サー、イエッサー」
ジョナサンは戸惑いながらも、ボディチェックでもするのか、という程度に考えて、素直に上着を脱いだ。その下のタンクトップも取り去った。すこし色素が薄いが、逞しい胸が現れた。血の色が微かに透けて見える乳首が、外気に触れて微かに勃ちあがっているのがわかる。コンチネンタル大尉は、その姿を見て密かに舌なめずりをした。
ジョナサンはベルトに手をかけようとして、戸惑いの表情を浮かべて大尉を見上げた。さすがに心の準備もなく、裸同然の姿になるのは、羞恥を感じた。
「それも、だ」
ジョナサンは仕方なく言うとおりにした。体の最低限の部分だけを隠した下着のみの姿になったところで、秘書に後ろから体を掴まれた。
「……!」
何か首にベルトのような物を巻き付けられた。ジョナサンは振り払おうとしたが、秘書は素早く両腕をとらえた。それが拘束具であることに気づいたのは、後ろ手に固定され、胸にもベルトが食い込んでいるという悪趣味な姿にされてからだった。
──士官学校時代に、悪友にこういった姿のモデルが載っているポルノ画像を見せられた記憶はある。もちろんその画像は成人指定もので、モデルは女性だ。その時のジョナサンは嫌悪感しか感じず、楽しげな悪友たちから、そっと離れたのだったが…。
(この男は僕を、性的な対象にしようと…している!?)
自分の置かれている状況を理解したジョナサンは、身震いを感じた。「この男」が、近づいてきた。
「どうだ…?私に忠誠を誓うか?」
大尉は鞭の先でジョナサンの臍(へそ)の下を辿り、さらに下着の上から彼のそれの形をなぞるような動きをした。
「ぅ…!」
体が強張った。大尉は当然のように恭順の言葉を待っているようだった。だがジョナサンは黙ったまま、返事をしない。思い通りにならない部下に、大尉は声を荒げた。
「誓うと言え!」
「……サー、ノーサー!」
ジョナサンは顔を背けて、しかしきっぱりと低い声で宣言した。いくら軍人でも、こんな命令に従うなんて絶対できるはずがない。
「なんだと?!貴様、上官に対して逆らう気か?!それでも軍人なのか!」
大尉は、怒りにまかせてジョナサンを激しく鞭で何度も打ち据えた。ジョナサンはその衝撃に、呻いて床に崩れた。
「誓え!誓うと言え!」
もう一発、頬を打たれた。苦痛に顔を歪めながらも、怒りと嫌悪を込めた目で、大尉を下から睨み、きっぱりと拒絶した。
「サー、ノーサー…軍人としてではありません!人間としてです!私はそれを受け入れることはできません!」
「うむ…?」
思ってもみなかった部下の激しい主張に、コンチネンタル大尉は後じさった。
ジョナサンはよろけながらも立ち上がり、まっすぐ大尉を見て言った。
「命令は、戦場でして下さい!」
「うぬっ…!!」
大尉は憤怒の表情を浮かべたが、反論の余地はなかった。
 
やっと解放されたジョナサンは、部屋に戻る前にシャワーを浴びた。あのおぞましい感覚を早く洗い流したいと思ったのだが、湯は拘束具が食い込んでいた箇所や、鞭で打たれた傷に滲みて痛みを感じたため、温度をかなり低くして、そっと洗った。
鏡を見ると、まだ頬に赤みがあるのがわかる。熱を持ったようだった。自分の肌の色素が男性にしては薄いことは、少しコンプレックスではあったが、色が薄いと、こういった傷跡が目立ってしまうため、今日はことさらに嫌だった。とりあえずタオルを濡らして押さえておいたが、明日までには引いてくれるだろうか。…あんなことがあったなんて、絶対人に知られたくない。男である自分が、同じく男である大尉に縛り上げられ、殴られて、関係を強要されるなんて…屈辱的だ。
部屋着に着替えて、部屋に戻ると、レナードはもう眠っているようだった。
ジョナサンはベッドに身を投げ出した。今日のレナードの教えてくれたことが、頭に反復される。
(人間の尊厳を奪うのは、アポカリプスだけじゃない…。いや、人間だからこそ、欲望のために人の尊厳を踏みにじる…。なんと醜い!)
怒りに体が震えた。とにかく寝ようとしたが、熱を持った体が痛んで寝苦しく、寝返りをうつと、また擦れて痛んで、小さく呻いた。
 レナードは、帰ってきたジョナサンの様子がおかしいのに気づいて、横になってはいたが、目は覚めていた。ようやく彼が寝入ったらしいことを確かめて、小さめの灯りをつけて、様子を見てやった。押さえていたタオルがずり落ちていて…頬に紅く腫れたような跡があった。
嫌な予感がして、掛け具も被らずに寝ているジョナサンのタンクトップをそっとたくしあげた。透けるような白い身体にいくつか細く、紅い傷跡があった。よく見ると、手首にも何かが巻き付けられたような跡がある。
「……!」
コンチネンタル大尉について、良くない噂は聞いていた。要するにサディストで、鞭を持ち歩いていることがあるが、それは違反した部下を罰する為でなく、自分の嗜好を満たすために、何の罪もない兵士達をいたぶって悦んでいるとか…。それが、彼の身の上に降りかかるとは!
寝ているジョナサンを起こさないように、レナードは自分が愛用している、薬草を練り込んだ、刺激の少ない軟膏を塗ってやろうとした。
「ああ…っ」
熱を帯びた傷に軽く触れた時、ジョナサンは苦しそうな声をあげて、身をよじった。目を覚ましてはいないようだったが、起こすのは避けたほうがいいだろう。レナードはせめてこれくらいは、とタオルをもう一度濡らして、頬に置いてやった。
ジョナサンは、無心に眠っていた。
(俺は…お前を守ってやる)
彼は素直で純粋なところがある。それは美点であり、自分はそんな彼を…愛おしいと思う。しかし、この隊の権力者であるコンチネンタル大尉は、それを見逃さないのだろう。奴は腕力だけは異様に強いが、指導力も統率力もない男だ。ただ自分の欲のために、上官の立場を傘に、部下を踏みにじろうとしている…!
(だから、俺がなんとしても庇ってやらなくては…)
レナードは、ジョナサンに毛布を掛け、そっと黒い髪を撫でてから、自分のベッドに戻った。
 
翌朝、ジョナサンの頬の傷は微かに紅い程度にひき、レナードが見たところ、いつもと変わりがなく、正確な型の攻撃をして見せていた。
しかし、時折表情が引きつるように見える。まだ体の方は痛みがひかないのだろう。二人は早くから自主練を行っていたが、他の兵士達も道場に集まってきて、それぞれ戦闘訓練を始めた。スパーリングの激しい音があちこちで聞こえる。
…珍しく、コンチネンタル大尉が秘書と共に入ってきた。そして、秘書は「総員注目!」と叫んだ。兵士達は、一斉に手を止めた。
「今日は模範演技を行う!タイベリアス少尉、前へ」
ジョナサンは呼ばれたとおりに前へ出、コンチネンタル大尉と対峙(たいじ)した。
「君はマーシャルアーツの最年少チャンピオンの記録を持っているそうだな」
「…サー、イエッサー」
「いい機会だ。私が相手をしよう。存分にその技を見せつけるがいい」
「サー、イエッサー!」
ジョナサンの声は張り切っていた。彼にとってそのタイトルは、誇りに思っているものである。それを大尉が取り立てたことに喜びを感じたのである。
だが、レナードは嫌な予感がして、目を伏せた。
 …彼の予感したとおりだった。ジョナサンは、まず正攻法で、先制攻撃の正拳を繰り出した。しかし、大尉はその腕をぐいと掴んで、床に叩きつけた。
「ううっ…」
体格差がありすぎた。男性にしては小柄な方に入るジョナサンと、人間離れした巨体と腕力の持ち主であるコンチネンタル大尉とでは、幼児と大人がお互いに本気で戦うようなものだ。…幼児に勝ち目はない。その上、コンチネンタル大尉のやり方は、ジョナサンが今までやってきた武道というものではなく、ただただひたすらにジョナサンを徹底的に痛めつけようとしているに違いなかった。
「ぐ…ぅ」
大尉は絞め技をかけてきた。ジョナサンは窒息しそうになった。
「どうした?降参か?私に忠誠を誓うというのなら、許してやってもいいぞ?」
大尉はジョナサンの耳に口を近づけてこう囁いた。この男は、このために今日の模範演技を…?ジョナサンの体は、怒りに熱くなった。
(死んでもいうものか…!!)
「…サー、ノーサー…」
ジョナサンは苦しい喉から絞り出すように、だが強い意志を込めてそう言った後、目を閉じて、ぐったりと体を弛緩させた。
通常、対戦相手が気絶すれば、そこで自分の勝利は決定しているので、それ以上のダメージを加えるようなことはするべきでない。しかし、大尉は、倒れているジョナサンを無理に起こし、
「誰が倒れて良いと言った!!」
と叱責し、立たせて、まるでサンドバッグでも相手にしているかのように激しく何度も殴った。無抵抗なジョナサンは朦朧としていた。口の中の血の味が気持ち悪く、また、殴られる衝撃もあって嘔吐感が起こっていた。
「どうした!立って勝負を続けろ!立たんか!!」
立ちあがることすら出来なくなっているジョナサンの尻を、コンチネンタルはブーツの踵で思い切り踏みつけた。
と、その時、コンチネンタル大尉は背に軽く殴られた感覚を感じた。
「むぅ?誰だ!」
振り向くと、いつの間にか壇上にレナード・シュテインベルグ少尉が上がっていた。彼の仕業らしい。
「貴様、何のつもりだ!」
「彼はもう充分に戦いました!これ以上は赦(ゆる)してやって下さい。後は同室者の責任として私が…お相手致します」
大尉の顔は怒りに歪んだ。レナードは冷静に構えの体勢をとった。
「うおおっ!」
大尉は勢いよく走りかかった。レナードはそれを軽くかわして、綺麗なカウンターパンチを繰り出した。
大尉は数メートルほど吹っ飛ばされ、床に轟音を立てて倒れた。気絶してしまったらしく、白目を剥き、唾液を流している。見ていた兵士達は、ざわめいた。秘書が大尉に駆け寄り、必死で体を起こさせようとした。…それはひどく難儀そうであった。
「…言い忘れましたが、自分の得意は空手であります!」
レナードはそう言い残して、床に伏せっているジョナサンを抱き上げ、壇から降りていった。

 

     

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