とある、銀河防衛軍基地があった。
その基地の中で最高の地位にある、コンチネンタル大尉の寝室の巨大な寝台に、薄い掛け具のみを纏った青年が横たわっていた。青年は軍人らしく、厚い胸板や広い肩幅を有していたが、肌の色は透けるように白く、顔立ちはやや女性的なところがあり、繊細な印象があった。
寝室に続くバスルームの戸が開き、巨漢の男が現れた。身体のどこもかもに贅肉がたっぷりついており、そればかりでなく顔立ちは下卑ていて、醜悪という表現がふさわしかった。この男こそが、分隊長であるコンチネンタル大尉である。
大尉は、寝台の上に乗ってきた。ダブルベッドより二周りほど大きいその寝台は、彼が乗り上げただけでほぼスペースはなくなった。青年は、羞恥を感じたのか、壁側を向き、身体を背けた。しかし、ねっとりと首筋にくちづけながら、大尉は、後ろから腕を伸ばし、脚をつま先から内股の際まで、その体躯に似合わない器用な手で、愛撫した。
「ああっ…ああっ…はああ……」
青年の口から荒い息が漏れる。
コンチネンタルは青年の体中に巧みな愛撫を繰り返す。大尉はあまり趣味がいいとはいえない光モノが好みらしく、こういう時でもごついピアスとゴールドで作られた識別札はつけたままだった。腕を愛撫し、乳首を指の腹で擦り、指先でそれをつまむようにしてこね回すと、青年は切なげに喘ぎ声をあげた。
「ああ…っ…うああ…っ、大…尉……」
「どうだ?私に忠誠を誓うか?」
大尉は手を脇腹の辺りにすべらせた。そのまま下腹部に移動させ、青年の脈動しているものを掴み、軽く苛(さいな)んだ。
「はああ…っ、く…ぅう」
青年は我慢できない、という様子で、自分から獣の体勢をとった。
「はい…誓います。だ…だから…」
「だから?」
大尉はからかっているように、聞き返した。
青年は、恥じらいを顔に浮かべた。その表情は大尉のサディスティックな感情を煽るものであり、それは大尉がこの青年を気に入っている理由である。
「だから……早くっ…ああっ」
青年は、恥じらいをいっそう激しく感じながらも、腰を高く掲げて、脚を開いてそこを露わにし、「欲しがっている」ことを訴えた。
「だから早く…何だ?はっきり言わないとわからんぞ」
大尉は、酷薄な笑みを浮かべて、言った。青年の望むことは分かり切っているというのに、わざと分からないふりをし、恥ずかしい言葉を言わせようとしているのは、明白であった。
「…早くっ、イカせてくださいっ!」
青年は、掠れた声で言葉をつづった。
しかし、それは大尉の気に染まなかったようだった。
「まだ分からんのか! 上官に対して口をきく時は『サー』をつけろと言っているだろうが!!」
怒声をあげながら、枕元にあったムチを手に取り、青年の腰に数回振り下ろした。
「ああっ!」
悲鳴とも喘ぎ声ともつかない声があがった。青年は痛みに顔を歪めながらも、従順に言い直した。
「お願いであります、サー、私を…イカせてください…」
荒い息の下で、やっと声を絞り出すように、懇願した。
「よかろう。だがその前に私を愉(たの)しませろ」
「はい…」
青年は四つんばいのまま向きを変えて、大尉の膨らんだ腹部の下の、屹立しているものを口に含んで、舌と唇で奉仕した。
「あ…ふぅ…んぐっ…んんっ」
青年の丁寧に奉仕する姿を見下ろして、大尉は満足げに笑った。この青年は当初はこの奉仕の行為をさせても、歯をたててしまったり、加減を知らなかったりと、上手くは無かったが、厳しく躾(しつけ)ているうちに、大尉に精神的にも肉体的にも十分な悦楽をあたえることができるようになっていた。
「よし、後ろを向け」
青年はその通りに動き、腰を心持ち高く揚げた。
大尉は少し、双丘を分けるように開かせてから、青年のそこに自分のを一息に突き刺した。行為に慣れた青年のそこは、奥までの侵入を許した。青年は傷みに目を大きく見開き、叫び声を上げた。
「はああっ!…うぅ! 」
「どうだ…?」
青年の苦痛は、すぐに快感に変わった。
「あ…くゥ…!サー、す…素晴らしい…です…うぅっ…」
「どうして欲しい?」
「うっ…動かしてください! サー、お願いです、あっ、ああっ!!」
羞恥心が吹き飛んだ様子で、叫ぶ青年を押さえつけて、大尉は無言で、大きく腰を動かした。征服感を感じながら、何度も、何度も、突いてやった。
「ああっ…うああっ!……あぅ、ああぅっ!」
青年は突き上げられる度に切なげな裏返った声をあげ続けた。激しく深く責め立てられ、やがて、掠れ声で叫んだ。
「大尉、自分は、もう…!」
「そうか、一緒に達(い)くか?」
「サー、イエッサー!」
青年はこのような時でも、大尉の思い通りに答える。そんな彼に褒美をあたえるかのように、大尉は腕を回して、青年の限界寸前のそれを掴んで激しく扱(しご)いた。そしていっそうきつく彼の内部を抉(えぐ)った。
いっそう激しく甲高い声があがった。
「あふぅ、ああっ!ああっ!ううっ…くっ…くぅ……あっ、ああああっ!!」
青年は頭をのけぞらせて、自分を解放した。
大尉もしばらく腰を動かしてから、唸り声をあげて、一段ときつくなった青年の中にほとばしせた。
 
ぐったりと弛緩した青年は、コンチネンタル大尉の片腕に身をあずけていた。青年の満足そうな寝顔を見下ろしてから、もう片腕で資料を引き寄せて、仕事を始めた。といっても、新任の少尉達の履歴書に目を通す程度のものだったが。
軽く目を通していったが、その中の数枚目に目をとめた。
その履歴書の写真には、色白で、少年らしさが幾分残る端正な顔立ちの青年が、緊張した面持ちで写っていた。
大尉は名前の欄に目をやった。
「ジョナサン・タイベリアスか…」
 
その本人である、ジョナサン・タイベリアス少尉は、荒れ地で車を走らせていた。かれこれ30分ほど、同じような場所を走り回っていた。
「おかしいなあ、たしかこの辺のはずだが…」
ジョナサンは自分の黒い髪を軽く掻いた。彼が行き着くべき基地が、見つからないのであった。行けども行けども、見えるのは崖と荒れた地面ばかりだった。銃声が聞こえるので、このあたりでないかと思うのだが…。
と、突然車のナビゲーターが警告音を発した。
「演習エリアに入っています、速やかに避難してください」
「えっ!?強制退避警報?するとここは…」
その途端、崖の上から空中へ光る機体何機も横切り、目の前に巨大なパワードスーツが舞い降りてきた。砂塵が舞う。爆音と共にペイント弾が飛び交うのが見えた。ジョナサンはとっさにハンドルを切ったが、その先にもまたパワードスーツが倒れてきた。
「うわああっ!」
このまま激突してしまう──ジョナサンが思わず目を閉じた時、別のパワードスーツが彼の進行方向に倒れていた機体を素早く起こし、そのまま空に向けて、信号弾を打ち上げた。どうやら訓練緊急停止を知らせるものだったらしく、パワードスーツはいっせいに動きを止めた。
「ふう…」
ジョナサンはブレーキから脚を離して、安堵の息をついた。どうやら助かったらしい。
信号弾を撃ったパワードスーツのキャノピーが開き、パイロットが降りてきた。ヘルメットを脱ぎ、こちらに歩いてきた。濃い金色の髪が揺れた。
ジョナサンも、車から降りて、帽子を正し、笑って見せた。
「ありがとう、おかげで…」
助かった、と言おうとする前に、無言で金髪の青年はジョナサンに拳を繰り出した。それはジョナサンの頬に思い切りヒットし、予想してなかったその青年の行動に、無防備だったジョナサンは見事に吹っ飛ばされた。
「…なんだよ!」
ジョナサンは土に手を突いたまま、呟いた。いきなりの彼の行動は、理解不能だった。何だったら、反撃の一発や二発お見舞いする気もあった。
「ここが戦場なら、誰も助けてくれないぞ」
金髪の青年は冷たく言い放った。
ジョナサンははっとした。そうだった…。彼の言うことは全く正しい。ここは士官学校じゃない、本物の戦争をするための基地なのだ…。
ジョナサンは唇をかんだ。
 
なんとか、入隊式に間に合った。入隊式は厳粛な雰囲気であった。
「我が軍は、不覚にも、一度も戦果ををあげることがなく、今日に至っている。しかし、最新鋭のパワードスーツの完成は間近である。そして諸君らは、そのスーツのパイロットとしての資格を有する、士官学校上位卒業者の、エリートである。これからは、第81機動歩兵師団25期生の少尉として、訓練に邁進して頂きたい。…なお、実戦上がりの尉官が先に同士官に着任しているが、くれぐれもトラブルがないよう、お願いする」
士官学校の卒業生は、ほとんど自動的に少尉の位が与えられ、現在は開発中のパワードスーツに搭乗する資格が与えられている、というわけである。ジョナサンは、パワードスーツのことはさておき、これからの生活について考えていた。士官学校を出た者は、恵まれた家で育てられていることが多い。彼はそれを一応自覚していたから、寮のルームメイトが実戦上がりの少尉、と聞いて、少なからず緊張した。士官学校の中で耳にした話では、そういった輩はとにかく粗暴で、戦闘能力だけはやたら高くても、まるで獣じみていると…。
そういった人間と、共に生活できるのだろうか…。
ジョナサンは、荷物を持って、自分の部屋を探した。
「ええと…ああ、ここだな」
<Jonathan Tyberius>と書かれた真新しいネームプレートが貼ってあった。もう一つのネームプレートには…
<Leonard Schteinberg>
と書かれている。
「ええと…レナード…シュテインベルグ、かな?」
これが同室者の名前らしい。
ジョナサンは部屋に入ってみた。照明は暗く、誰もいなかった。ルームメイトは外に出ているらしい。
ここが、今日から生活する場所か…、とジョナサンは感慨を持って、部屋を見回した。
ベッドが二つと、共用らしいチェストが一つ。一応ドア脇に洗面台は付いているが、トイレやシャワーは階ごとで共用らしい。家具らしい物はそれくらいか。ごくシンプルな部屋だった。
…と、チェストの上に見慣れない物が置いてあるのに気づいた。ナイフと、木の棒がある。木の棒は、ナイフで削られた跡があった。近づくと、人の形をしているような…ジョナサンは、手にとってよく見ようとした時、ドアが開いた。
入ってきたのは、金髪の大柄な男であった。そう、さっき自分を殴った…。
「ああっ、あなたは…!」
相手もわかったようであった。
「お前は、さっきの…」
ジョナサンは、(不思議な縁だな)と思って笑った。笑うと、顔の少年らしさが強調された。
金色の髪のレナードは、ジョナサンをまじまじとみた。新しく入るのは士官学校出だというから、この青年は相当若いはずだ。肩のあたりはしっかりと筋肉がついてはいるが、レナードより小柄で、艶やかな黒い髪のつむじが見えるほどの身長差だった。顔立ちも体つきも男らしくはあるが、全体的にやや幼さが残っている雰囲気がある。髪が短く切ってあって、額が広く出ているせいもあるかもしれない。肌の色は男性にしては白く、睫毛が長いのと、綻(ほころ)んだ口許が、愛くるしさを加えていた。
レナードは息を呑んだ。先ほどは気づかなかったが、彼は…似ている。救おうとして救えなかった、この手にもっと力があれば、引き上げられたかもしれない…。転落して、帰らぬ人になってしまった、自分の愛おしい…。
彼が無意識に伸ばしていた手を、ジョナサンに掴まれた。ジョナサンは、握手を求めた手だと解釈したらしい。青年は我に返った。
「あなたが同室の、レナード・シュテインベルグ少尉でしたか。本日よりここに配属された、ジョナサン・タイベリアス少尉です」
ジョナサンは丁寧に挨拶した。
レナードは軽く首を振った。
(そうだ、単に他人の空似でしかない)
「お前さんが新入りの…」
「ええ。…さっきは、なかなかいいパンチでしたよ」
ジョナサンはおどけるように、自分の頬に拳を当てる仕草をしながら言った。
「よせよ」
レナードはそっけなく、汗を拭きながら自分のベッドに座った。
「お前さん、確かマーシャルアーツの最年少チャンピオンだそうじゃないか」
「ええ」
「すると俺は、とんでもない相手に、拳をお見舞いしたわけだな」
「いえ、あれは…、僕の不注意ですから。二度とあんな失敗はしません」
ジョナサンは明るく言った。
「そう願いたいね」
彼は、顔をタオルで拭きながら、喋りだした。
「アポカリプスに捕虜は存在しない。…捕まればその瞬間から敵だ。たとえそれが愛する者であっても、殺さねばならない敵になってしまうんだ…。お前さんもうっかりすると、そうなっちまうぞ。ただ死ぬよりも、敵の手先になって味方を殺すために生かされる分、痛々しい…」
彼はふと、さっきの木の棒に視線を送った。
「ここの訓練はハードだ。生き残りたければ、手を抜くな」
レナードは立ち上がって部屋を出ていった。
「ふう…」
ジョナサンは、緊張が解けて、ため息をついた。
レナード・シュテインベルグ少尉は、一見厳しいが、言うことは理にかなっている。なんとか、やっていけそうだと感じた。
 
ジョナサンがマーシャルアーツチャンピオンとなり、軍隊に入ったのは、彼の母親の教育の影響かもしれなかった。
ジョナサンがまだ幼い頃、割合地位の高い軍人だった父親は戦死を遂げた。国からの保証で、特に生活に困ることはなかったが、母親は支給される金を一人息子のジョナサンの教育にひたすら使った。金だけではなく、情熱も注いでいたとも言える。ほとんどスパルタ式と言っていいやり方だった。普段の学習はもとより、肉体的な面でも妥協を許さず、格闘技の訓練まで課した。ジョナサンは母に反抗心を覚えることなく、素直に努力を重ね、結果としてマーシャルアーツ最年少チャンピオンの栄冠を手にし、士官学校でも優等生といっていい成績で卒業した。
母はことあるごとにジョナサンに対し、「男とは、強くあらねばならない、愛すべき者を、守らねばならない」ということを言って聞かせた。多分それは、亡きジョナサンの父のポリシーだったのであろう。母ははっきりそう言ったことはないが、ジョナサンには容易に想像できた。母の言葉はジョナサンの心に強く焼き付いている。
しかし、女性といえば、その母くらいしか知らず…。士官学校出の彼は、女性とお近づきになる機会は少ない。ここのような軍隊などなおさらである。…つまり、母以外に「守るべきもの」がまだいないのである。そんな環境で育ったジョナサンには、女性が遠い存在に思え、まだ強い興味を持ったことはない。しかしそのようなことを嘆いている暇など無かった。
レナードが言ったとおり、この基地の訓練は厳しかった。白兵戦向けの肉体的鍛錬、宇宙戦に向けての対G訓練etc.…。
ジョナサンには慣れないことばっかりだった。匍匐前進、走り込みなどは士官学校でも訓練としてあったが、崖に素手ではりついて登るという訓練は初めてで、非常に辛く、ジョナサンは息が上がっていた。その時、足をずるっと滑らせてしまった。
「うわあっ!」
滑落する…と思ったところを、がしっと掴まれた。レナードの力強い、腕だった。
「大丈夫か?」
「ああ…」
ジョナサンは、笑ってみせて、最後まで登り切った。
「ふう…」
頂上にたどり着き、ジョナサンは大の字に倒れた。呼吸を整えようとしたが、まだ落ち着いてくれない。
「どうした、立てるか?」
見上げると、レナードが手をさしのべていた。
「ああ、大丈夫」
ジョナサンは身体を起こした。
「そうか…」
レナードは余裕十分という様子だった。羨ましい、とジョナサンは思った。彼は大柄で、筋肉が隆々としていて、彫刻のような姿をしていた。肌は日によく焼けていて男らしい雰囲気があり、自分を片手で支えることが出来るほどの腕力があって…。
「どうした?」
「あっ…何でもないです」
ジョナサンは、つい彼の身体をじっと見ていたのだ。その視線に気づいたレナードが、不審がるのは仕方ない。ジョナサンはあわてて目をそらした。
「ここからは基地が見えるぞ」
レナードの言葉に、ジョナサンは立ち上がって、彼に並んだ。言われたとおり、基地の全景が見える。
「へえ…いい眺めだなあ。風も気持ちいい」
「…お前さんは、本当に素直なんだな」
「そう…かな?あの、それは改めるべきなのですか…」
「いや、別にそういう意味ではないさ」
「……そういえば、さっきは助けて頂いてありがとうございました」
「…いや」
「でも、最初にお会いした時は、戦場ではだれも助けてくれないとおっしゃったではないですか?」
レナードは、少し辛そうに、笑みを浮かべてつぶやいた。
「……俺は人が落っこちるのを見殺しにしたくはない。ましてや…」
「えっ?」
その時、集合命令が聞こえた。
「…何でもないさ。行くぞ」
「はい、レナード少尉」
「おいおい、俺たちはどっちも少尉だ。そんな丁寧な言葉遣いは、慣れてないからむずがゆい。俺のことはレナードでいい」
「わかりました、…いえ、わかった、レナード」
ジョナサンは、レナードの後に続いて、集合場所に向かった。
レナードは背中も広く、逞しかった。ジョナサンは男として、彼に憧れを抱かずにいられないのであった。
 
「レナード、ちょっといいか?」
「なんだ?」
ベッドの上で手帳を見ていたレナードは、ジョナサンに声をかけられて顔を上げた。
「格闘の自主訓練をしたいんだ、つきあってくれないか?」
「消灯時間が近いが…まあ、過ぎても平気だろう。つきあう」
「ありがとう」
格闘技の練習に使われる道場は、二人だけだと広く感じられる。
「では…」
上半身裸になったジョナサンは、レナードと対峙し、拳を繰り出した。レナードは素早く避ける。そして彼も攻撃を返す。
(…強い……!)
勝負は五分五分だった。
「ふう…」
「休むか」
二人は、ひんやりした床に寝そべった。
「レナード、君は、強いんだなあ…。何か習っていたのか?」
「せいぜい空手程度だが…。お前は、基本はよく押さえてはいるが…実戦は積んでいないな」
「実戦?試合は嫌になるほどしたつもりだが…」
「…実戦というのは、本当の喧嘩のことだ。命がけの喧嘩とか、したことないだろう?」
「…ええ」
「だろう。お前のこの肌…」
レナードは、軽くジョナサンの脇腹を叩いた。
「ジムで鍛えていた、という感じだな。屋内トレーニング一辺倒だろう?」
「いや、ちゃんと野外で走り込みとかもやっていたさ。日に焼けないのは体質だと思うけれど…」
「ああ、それはすまなかった」
「…気に、してるんだ。少しは」
「いや、悪かった。だが悪いと言っているのではない…褒めているんだ」
「……」
ジョナサンは複雑な表情をして、天井を見た。レナードは、ふと話題を変えた。
「お前さん、一人っ子だっただろう?」
「…分かるのか?」
「ああ。何となくそう思った。どっちに似たんだ? 母親似か?」
「多分…、母親かな。父親のことはよく知らない。早死にしたから」
「そうか…おふくろさんは元気なのか?」
「ああ。かなり気が強いタチだから…長生きするんじゃないかな。君は?」
「…両親とも、割合早くに死んでしまって、一応弟もいたんだが、それも事故で死んでしまった」
「あっ…」
レナードは辛そうな表情に、ジョナサンは悪いことを聞いたか、と思った。
「気にするな…。俺は軍人だからな。後に残される者のことを考える必要がなくて、好きなように戦って死ねるのも、悪くはない」
「…そんなっ!」
レナードのどこか突き放した言葉に、ジョナサンは驚いて身体を起こした。
「冗談だ。そんな簡単に死んでたまるか…もしどうしても死ぬのなら、犬死にだけは嫌だな。何か、これの為なら命をかけていい、というもののためになら、納得して死ねるかもしれない」
「…僕の母が、言ってた、似たようなことを。愛すべき者を守るために、男は強くなくてはいけないと…」
「そうか」
レナードも身体を起こし、遠くを見るような目をしていた。とても切ない…。時々、彼は自分と話しながら、こんな目をする。何故だろう…?とジョナサンは彼の横顔を見つめた。が、レナードはすぐに現実に戻ったようにはっとして、笑って見せた。
「さあ、練習再開だ。よかったらアドバイスしてやる。まず相手の隙を作り方を…」
こんな調子で、二人はよく深夜の自主訓練を行うことがあった。しかしレナードは強く、何度手合わせをしても、ジョナサンはせいぜい良くて辛勝くらいしかできなかった。
レナードは、第一印象とは違い、ジョナサンに対して優しく、軍隊で戸惑うこともある彼を、さりげなくフォローしてくれた。もっとも、最初の出会いも、自分のためを思っての行動であることは、ジョナサンにもよく分かっていたが。
二人は、訓練時はもとより、その他の例えば食事時間には混み合う食堂で席をとっておいてくれるなど、一緒に行動することが多かったし、勿論部屋も同じなので、一日の殆どを共に過ごしていた。厳しい母と二人暮らしだったジョナサンとしては、もし自分に「兄」というものがいたならばこんな感じだろうか、と考えてみたりした。
 
ジョナサン・タイベリアス少尉は、肉体的な能力は標準以上、しかし、射撃の成績がいいとは言い難かった。
「一度、見てやる…宇宙戦をやるのには、一番重要だからな」
全体的に、成績での問題点は特に見あたらないレナードは、まず戦闘シミュレーターに座り、操作して見せた。
シミュレーターは、実際の敵との戦闘の記録を元に、リアルに作られている。レナードは難なく敵を撃破した。席を降りて、ジョナサンと手をぱしっと合わせた。交代、ということである。
「やってみろ」
今度は、ジョナサンが操作を始めた。アポカリプスの機体に対しては、ためらいなく迎撃するが、その機体の頭部の装甲が撃ち落とされ、それを動かすマンヘッド──恐怖に凍り付いたような、白目を剥いた、機械に固められた裸の人間──を見た途端、ジョナサンの手は止まった。シミュレーターのアポカリプスの機体は、容赦なく反撃してきて、「YOU DEAD」のメッセージが画面に点滅した。
「どうした、マンヘッドを撃て!」
レナードは叱るように言った。
「ああ…わかっているさ。でも、あの人間の顔を見ると、どうしても…」
「…奴らに同化された人間が──何を考えていると思う?」
「えっ?」
ジョナサンは振り返った。突然の問いに戸惑って、何も答えが浮かばなかった。レナードの表情は、とても哀しげに見えた。
「そう、何も考えちゃいないさ…奴らは人間じゃないんだからな」
「……」
レナードは、身体を屈(かが)めて、戸惑いの表情を浮かべているジョナサンに顔を寄せた。
「だから、せめて形だけでも人間として死なせてやるんだ。彼らを包む装甲や基盤を撃ち剥がし、人間としての姿をさらけ出させ、名誉と尊厳ある死を迎えさせてやる。よく狙うんだ」
レナードは、ジョナサンの手に自分の手を重ねた。もう一度、シミュレーターを立ち上げる。
「そして確実に打ち抜く。戦いの中で、人間としての魂を奪われた彼らに、敬意と惜別を込めて…」
そうだ。ただ、「人間(マンヘッド)を撃ち殺す」ことから逃避しても、何もならない。撃つことで、「救う」と考えるんだ…!それでもやはり、戸惑いは完全には消せなかったが、レナードの強く暖かい手が包んでくれていたおかげで、ジョナサンは勇気を持って、マンヘッドに狙いを定め、攻撃のボタンを押すことが出来た。アポカリプスの頭部がばらばらに砕け、マンヘッドが落下していく。彼の言うとおり、敬意と惜別の気持ちを込めて、それを見届けた。これは…弔(とむら)いだ。
「ふう…」
「そうだ、それでいい」
「ありがとう、レナード。君のおかげだ」
二人は顔を見合わせて微笑(わら)った。
その様子を、じっと情欲たっぷりな視線で、絡みつくように見ている者がいることを、ジョナサンは気づかなかった。視線の主は、彼らの上官である、コンチネンタル大尉であった。ただでさえ醜悪な彼の姿は、卑猥さも加わって、人間とは思えないほどであった。
大尉は、秘書に何事かささやいた。この秘書はサングラスをいつも装着していて、表情が読めない。この男はうなずいてジョナサンに歩み寄り、
「タイベリアス少尉、コンチネンタル大尉がお呼びです。執務室までどうぞ」
と、告げた。
特に呼ばれる心当たりのないジョナサンは、不思議に思ったが、大尉の命令に従った。レナードは(部屋に帰っている)と合図し、ジョナサンは出来る限り服装を正しながら、執務室に向かった。

 

   

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