序章

 
22世紀、枯渇した資源と爆発的人口増加に悩まされた人類は、広大な宇宙にその生存圏を広げた。無数のスペースコロニーと星間ネットワークで結ばれ、地球人類は冥王星にまで進出した。
そして、約100年の月日が流れた。
困難な宇宙環境を克服し、人々の暮らしも様々な変化を遂げ、今や肉体の萌芽さえもが生まれ始めていた。
しかし、この人類の栄光の日々が、もろくも崩れさる日が来ることなど、人々は全く予想すらしていなかった。

 

──A.D.2199──とある基地にて…。

 

「こちらへ」
青年はスタッフに言われるとおり、ガウンを脱ぎ、言われた場所に座った。
モニターが連続的に明るくなり、起動音が部屋全体から起こった。
「氏名、認識番号を述べよ」
機械を通した声が青年に命令した。
「ジョナサン・タイベリアス。認識番号、3150−103,S.H.P.…」
彼は、一糸まとわぬ姿で、機械に頭部、四肢を拘束された。四肢どころか、頭部や指先までも機械で覆われ、身体の自由を全くといっていいほど奪われた状態であった。その機械達からは、無数のコードが伸び、あるものはジョナサンの体の機能を測定する機械へ、あるものは彼の背後に無言でそびえ立っているおどろおどろしい人型の戦闘マシンとおぼしき物に接続していた。さらに様々な目的でコードや器具、モニターが数え切れないほどあり、何か重大な実験が行われようとしているただならぬ雰囲気が漂っていた。
「ジョナサン・タイベリアス…君は、他の人間とは違う特殊な能力を持っている。その事を君自身知っていると思うが…。これから行うのは、わが軍の開発中である新型パワードスーツのパイロットとして、君が十分な素質を備えているか、その最終テストである。君は自らこのプロジェクトに志願した。──しかし、これは告げておかねばなるまい。君と同じような能力を持った者が、6人このテストを受けた。そして6人とも、死亡もしくは発狂した。もしも、今中止したければ、今申し出よ」
ジョナサンは、無言で目を閉じた。
「それでは、テストを開始する」
一瞬後、容赦ない衝撃がジョナサンの全身を襲った。何か、あまり鋭くないが堅い物が、体中を抉って、無理矢理入り込んでくるような、確かに発狂しそうな痛みだ。
「う…くっ…く…うう…」
歯を噛みしめて堪えるが、痛みも、異様な侵入される感覚もますます激しくなるばかりだった。しかし、ジョナサンは必死で正気を保とうとした。
コードがいくつか、千切れ飛んだ。
「うあああああーーっ!!…」
機械の拘束に逆らって顎をのけぞらせて、ジョナサンは絶叫した。これ以上、この責め苦が続いたらどうかなりそうだった。
その時、機械の様子が変わった。異様な光を発し、計測器の触れ方が大きくなった。
意識がぼうっとしてきた。ジョナサンの脳裏に、ふと「彼」の姿が浮かんだような気がしたが、それはすぐにかき消えて、真っ白になっていった。
 
「う…」
目を開けると、白い天井が見えた。
ジョナサンがゆっくりと身体を起こしてみると、
「目覚めたか」
と声をかけられた。声の主を見ると、片目で片腕が義手という姿の長髪の男であった。医師と思われる人物が駆け寄って来て、ジョナサンの頭部や、胸や手足につけられていた計測機器類をはずしていった。
「身体的に異常はないのに、なかなか起きないから心配した。せっかく初の合格者となるはずなのに、とね」
「えっ、では僕は…」
「おめでとう。君を新型パワードスーツのパイロットに任命する」
ジョナサンは一瞬目を見開いたが、すぐに複雑な、影を落とした表情になった。
「…はい」
「浮かない顔だな。望みが叶ったのだろう?」
「……」
「まあ、とにかく今日の所は早く部屋に戻って休むがいい。お呼びがすぐにかかると思うが…」
男は、ベッドにいるジョナサンを見下ろし、そばに置いてあったガウンをつかみ、投げた。
「それでも羽織れ。…悩ましい姿だ」
からかうように言って出ていった。
言われて初めて、自分がテストされた時の姿のままであることに気づいたジョナサンは、赤面して、あわててガウンを着込んだ。
 
その研究施設を送り出されて、寮の自分の部屋に戻った。
寮は基本的に二人部屋だが、彼にはルームメイトはいない。…今は。
ジョナサンはドアの横の、自分のネームプレートの上にある、空白のプレートを指でなぞった。目を伏せて、部屋の中に入り、自分のベッドに倒れ込んだ。
もう一つの空(から)のベッドは、きれいに整えられてあった。
彼は寝返りを打ってそれに視線をやりながら、
「レナード、君との約束を果たす…ことになってしまうかもしれないな」
と呟いた。
 
2年前、最初の犠牲になった冥王星の生存者はゼロ、つまり壊滅した。太陽系を征服し、銀河に進出し始めた人類の前に、奴らは何の前触れもなく襲いかかってきた。奴らがどこから来たのかは知らない。だがどうやらその目的は…。
奴らは戦闘時に捕らえた人間を融合させ、その脳から人類の情報を得、取り込まれた者は、もはや人間ではなく、兵器を構成するパーツとなってしまうのだ。人々は奴らに、恐怖と軽蔑を込め、アポカリプス=黙示録と呼んだ。
太陽系の人々は、アポカリプスに抵抗するため、急作りのパワードスーツを設計し、戦場へと兵士を送り込んだが、片っ端からといっていいほど捕らえられ、アポカリプスの巨大兵器の頭部に、変わり果てた姿で固定される「マンヘッド」の数が増えていくのみであった。
そして…。
人類側では、アポカリプスに対抗すべく、新型パワードスーツの開発が行われた。謎の敵であるアポカリプスの機体をどうにか手に入れ、それを元に未知数の部分が多いまま開発した物だから、特殊な能力が無いと搭乗不可能であり、下手をすると廃人になるか、死か、という代物だ── とまことしやかに噂されていた。実際に、テストを受けた後、消息不明となった兵士が何人もいた。よって、そのような危険を侵してまでパイロットになりたがる輩は、よほど切羽詰まった人物か、自分の力にうぬぼれているような勘違いな奴くらいであった。おまけに、もし合格出来たとしても、無論前線へ送られるため、命を投げ出しに行くと言ってもいいほどであった。
初の合格者となったジョナサンは、亡き父は軍でも高い地位についていて、内戦の処理による殉職だったので年金が保証され、金に困った記憶はなく、現在も母は故郷で元気で暮らしている。彼自身も、特に出世欲が激しいわけではない。
そのような彼が、何故新型パワードスーツのパイロットに自ら志願したのか。
話は、しばらく前に遡る…。
 

     

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