智明が三毅を堕とそうと色々する話(7)

 6日目であるその日は、藤堂が三毅の世話をする係だった。
「今日もどうせ食われへんやろーけど……はい、これ。亜毅ちゃんの分」
 厨房で三毅の分の食事を受け取る。
 その場に智明はいなかったが、それでも小峰は「亜毅ちゃん」と三毅のことを呼んだ。他の誰もが、同じようにしていた。
「どうもっす」
「……まぁ、確か明日には帰るんやろ? 藤堂も元気出して頑張りや」
「え? …別に、自分は何ともないっすよ? でも、ありがとうございます」
 しかし、誰の目から見ても明らかに藤堂の様子は変わってきていた。

「食事の時間っすよ」
 そう言って物置の扉を開ける。三毅は首だけを動かして藤堂を一瞥すると「おう……」と聞こえるか聞こえないかという小さな声で返事をした。
「今日こそは食べてくださいっす。倒れたりされても困るってご主人様も言ってたっすし…急に食べても胃がびっくりしない物、小峰さんが作ってくれてるっすから」
 そう言ってレンゲでおかゆを掬い三毅の顔に近付けるが、口は開かない。
「他の人も言ったと思うっすけど、毒なんか入ってないっすよ?」
 藤堂はレンゲの中身を自分の口の中へ運び、軽く咀嚼して飲み込んでみせた。
「うん、うまいっす。だから、大丈夫っすよ。ほら」
「……おい、亜毅」
「え?」
 その三毅の声は、無気力ではない、はっきりと意志のこもった物だった。急にそんな風になったので藤堂は驚いて目を瞬かせて、三毅を見る。
「亜毅……助けてくれ」
「……!」
「あいつ、絶対頭おかしいだろ…!? 俺だけじゃない…亜毅、お前もここにずっといるなんてどうかしてる!! 騙されてんだよ、洗脳されてんだよ! 早くここから逃…」
「何を言ってるっすか?」
 藤堂の声は冷酷だった。
「亜毅は……あんたじゃないっすか」
 この家で今、「亜毅」と呼ばれる人物は一人しかいない。その決め事は、既に藤堂の中でも隠然とのしかかっていた。
「あんたが…あんたが、亜毅なんすよ」
 怒りを通り越して悲愴な声になっていた。藤堂はレンゲを握りしめたまま、無意識のうちに三毅に殴りかかりそうになった。振りかぶったところで自分が何をしようとしているか気付き、拳を止める。
「……」
 藤堂は右の拳を自分の目線の下にやると、信じられない物を見るような目で見つめた。
 三毅は何も言わなかった。
「あ…、た、食べないなら、下げるっすよ……いい、っすか……?」
「……あぁ」
 手元を危うくしながら食器を盆に乗せて、逃げ出すように物置の外へ出た。
 食器を返しに行くために厨房へ向かっていると、その前に智明がいた。
「あ…ご主人様。おはようございます」
「亜毅の様子はどうだった? 藤堂」
 壁に寄りかかって腕を組んだ智明が言う。
「あ、あの、何ともないというか……いつも通りだと思うっす。やっぱり食べませんでしたし……申し訳ないっす」
 藤堂は手に妙に力が入って、持っている盆を割ってしまいそうになっていた。
「本当に? ならよかった。藤堂が亜毅を逃がしたりするんじゃないかって思ったから」
「えっ、そ、そんなことするはずないじゃないっすか!」
 智明がそう言ってみると、藤堂は慌てて反論する。
「いやほら、何か最近機嫌悪そうだったからさぁ。俺があんまり亜毅に酷いことするから、怒ってるのかと思って」
「そんなわけ……! 自分が、ご主人様に対して怒るなんて、そんなことあるわけないっす!!」
「でも、何か虫の居所悪そうなのは本当じゃないのか? 俺じゃないなら、何に対して怒ってるんだよ」
「そ、それは……」
 藤堂は口ごもる。
 未遂ではあったが、たった今三毅を殴りそうになったことを思う。
 嫉妬……と一言で済ませていいのかはわからないが、藤堂が三毅に、今までとは違う複雑な感情を抱いていることは事実だった。
「……あいつに対してか?」
「そうかも…しれないっす」
 藤堂は自分の中でも感情を処理しきれていなかった。
 そして、把握しきれていないのは智明も同じだった。
 でもとにかく、ぶち壊したいと思った。
 藤堂が生まれたその日からずっと、藤堂は三毅の弟であり、三毅は藤堂の兄である。
 その動かしがたいことが腹立たしくて妬ましくて、どうにかしてその事実を破壊するか作り替えたいと思った。
 でも、どうすればそうすることが出来るのか、智明にはまだわからなかった。わからないままなのかもしれなかった。
「……何で腹立てる必要があるんだよ。あいつは亜毅だ。もう一人のお前だ。自分にムカついてどーすんだよ」
「え、あの…ええっと……」
「まあ、お前ずっとそんな感じか。自分に自信が無くて、自分が嫌いで」
「うっ…あぁ……えっと、その」
 何て答えればいいのかわからないと言った風に、藤堂はまごついていた。智明は、ただ思いつくままにしゃべり続けた。
「そうだ。俺、今日はお前のオナニーが見たいな」
「え? えっ、えぇっ!?」
「イライラしてる時はオナニーでもしてストレス解消しろよ。もう一人のお前とするんなら、何したってオナニーだ。そうだろ?」
 詭弁だとは思っているが、智明は苛立ちを三毅にぶつける藤堂が見たかった。
「そ、それって……あ、亜毅とまたセックスしろってこと……っすか」
「セックスじゃない、オナニー、だ」
「りょ…了解っす。あ、あのその前にこれ、片付けてきてもいいっすか」
 藤堂は智明に手に持っている食器を見せて言う。
「あぁ、いってらっしゃい。待ってるから」
 ひらひらと手を振って見送る。智明は物置に向かって歩き出した。

「お待たせしたっす……」
 戻ってきた藤堂は、ある程度腹をくくってきたのか以外と落ち着いていた。すたすたと三毅に近付いて行ってから、智明の方へ向き直る。
「あの、ご主人様。一つお願いというか……お聞きしたいことがあるんすけど」
「お? 何だ言ってみろよ」
「この……縛ってる物、取ってもいいっすか?」
 藤堂は三毅から伸びている鎖を持ち上げる。ジャラリと重量感のある音がする。
「あの、大丈夫だと思うっす。逃げ出したり、ご主人様に危害を加えるようなことにはなりません。だって……自分なんですから。そんなこと、するはずないっす」
「……なるほどね、わかった。鍵ならここにある」
 鍵はいつも溝口から預かり、ジーンズのポケットの中に入れてあったので、それを藤堂に投げてよこす。
「ありがとうございます」
 藤堂は、まず足、次に手と、三毅を拘束している物の鍵を静かに外していった。
 三毅も大人しく、その場から動くことさえなくじっとしていた。
「ほら……平気でしょう? ご主人様」
「そう…みたいだな」
 藤堂は少しほっとしているように見えた。
 軽く息を吐くと次の瞬間に、普通に着替えるか風呂に入るかくらいの潔さで豪快に着ている服を脱ぎ始めた。
 智明が藤堂の物分かりの良さに感心していると、藤堂は自分の服を畳んで置き、今度は三毅の服を脱がせ出す。
 三毅は「またか」みたいな顔をして、これと言った面白い反応も見せない。
 もう犯されることに慣れてしまったのか、それとも相手が藤堂だからなのか。智明は二人を見つめながら考えていた。
「あの…ご主人様、自分、オナニーすればいいんすよね」
 藤堂が智明にそう確認すると、三毅は訝しげな顔になる。
「あぁ。まあ、二人じゃなきゃ出来ないこともいっぱいあるからなぁ。そこらへんは臨機応変に、藤堂の好きなようにすればいいよ」
「了解っす」
 言っている意味がわからないらしい三毅はぽかんとしている。手足が自由になったのに裸に剥かれて、どうすることも出来ずに困っている姿は何やら間抜けだと思った。
「じゃ、亜毅、まず一つ目っす」
 智明は藤堂の声色が変わったのを感じた。かつて聞いた、三毅と対峙した時のそれとはまるで違う。敢えて言うなら、門の前で遊んでいた小学生に対する時に近いかと思ったが、それとも少し別物だった。
「何…だよ」
「フェラしてくれるっすか?」
 智明は驚いて声を上げそうになった。
 藤堂の目は完全に据わっていて、逆に三毅は目を真ん丸に剥いていた。
 興奮して笑いそうになるのを抑えて、智明は腰を落ち着けることにした。これは思った以上に楽しいことになりそうだ。
「え……」
「どうしたっすか? 出来るっすよね?」
 手で自分の物を軽く持って、藤堂は三毅の顔に寄っていく。
「早くしてくださいっす。ご主人様が待ちくたびれちゃうじゃないっすか。口開けて」
 藤堂のただならぬ様子に、智明まで背中をゾクゾクさせていたが、三毅も怯えているように見えた。恐々と藤堂を睨みつけていたが、しばらくして三毅はほんの少しではあったが自ら口を開いた。
「……そんなんじゃ入らないっすよ」
 藤堂は大きくなった自分自身で、三毅の頬をぴたぴたと叩く。五往復もしただろうか、三毅はようやく覚悟を決めたのか、自分の頬を打っている物に手を添えて、そっと口を接近させた。
 そして今度こそ口を大きく開けて……飲み込んでいった。
「すっげぇ……はは」
 智明自身は、噛みちぎられそうな気がどうしてもしたので、させようとは思わなかった。聞いた限りでは、小町もやらせていない。
 つまり恐らく初めて、三毅は男のペニスをくわえたのだ。
「……しかも弟の! ぷっ、くっく……あぁ、今は違うか、これセルフフェラかぁ。あはは……!」
 智明が独りごちていると、藤堂はチラリとその様子を伺いながら、三毅に向かって言う。
「口の中に入れてるだけじゃ、フェラとは言わないと思うんすけどね」
「……ッ」
 確かに見たところ、三毅はくわえたきり動いていないようだったが、それを指摘する藤堂の物言いがやけに無慈悲で、ぞっとした。
 三毅は藤堂の言うことを聞き、そろりそろりと動き始める。手で僅かに擦りつつ、顔も緩やかに前後させた。
「下手っすね……。自分もそんな、上手い方じゃないと思うっすけど、もっと頑張れるはずっすよ?」
 藤堂の容赦ない口振りは止まらない。そして三毅の従順さもどんどん上がっていくようでだった。藤堂の行った通りに「もっと頑張り」始めたのだ。
 智明は、事態が自分の思わぬ方向へ転がっていくのを感じたが、それが気に入らないとか面白くないとは全く思わなかった。
「んッ、ふ、ふうう……んぐ、んむううっ」
「そう……その調子っすよ」
 藤堂は、余裕の笑みを浮かべつつ三毅の頭を撫でていた。
「あれ…勃ってるっすね」
 藤堂が指摘すると、三毅は頬を紅潮させて眉をしかめた。でも三毅のそれは確かに、ごまかしようのないくらいに痛々しく勃起していた。
「……じゃあ、亜毅、二つ目っす」
 三毅の口から怒張した物を抜き去ると、藤堂がまた優しい声になった。
「そこに仰向けに、寝転がってくださいっす」
 憮然としてはいたが、三毅は言われるがままその場に仰向けで寝る。
 三毅に挿入するのだろうと智明は思った。
 しかし、そうではなかった。
「今から、これ……自分に挿れるっすよ」
 藤堂は三毅の上に跨り、三毅の隆起したペニスを手で持って己の中に導くようにしながらそんなことを言い出したのだった。
「……っ!!」
「はぁ?」
 三毅が声にならない声を上げたのとほぼ同時に、智明は無意識のうちに声を出してしまった。
 すると藤堂はそれに気が付き、智明の方に振り向く。
「ご主人様は、自分のオナニーが見たいって、おっしゃったっすよね。……自分は、ご主人様に挿れていただくのが一番嬉しくて、好きっすから…それ思い出して、いつもしてるっす、だから…」
 顔を赤らめながらそんなことを言う。
 自分がおかずにされている、と改めて言われると智明は複雑な気持ちになったが、藤堂に好きなAV女優が誰それだとか言われたり、ましてやゲイビデオで抜いているなんて言われたとしたら、もっといい気がしないだろうと思った。
 極めて個人的な行為である自慰の時でさえ「ご主人様」のことしか考えられないというのは、それはそれで嬉しいかもしれないな、と智明は感じた。
 しかも三毅を目の前にして自らそう言い切ったのだ。
 初めてではないとはいえ、兄とセックスするかという異常な局面なのに、藤堂は俺に抱かれたいとだけ思っている。
 そう思うと、智明の中にとてつもない優越感が沸き上がってくるのだった。
「ふーん、そうなんだ。へぇ…邪魔して悪かったな。どうぞ、続けて」
「了解っす」
 藤堂は自分の指を舐めてからその指で穴をなぞり濡らした後、そのまま三毅のペニスを体内に沈めていった。
「ん、くぅ……ごしゅじん、さまぁ…!」
「あ…あぁ……あぁああ……ッ」
 切なげなよがり声を藤堂が上げて、三毅は哀れで痛ましい声を発していた。形容し難い、歪さ。
「はは、あはは……全部、入ったっすね」
 笑いながら、ゆるゆると腰をうごめかせる。
「うぁ…あああぁ……! や…やめてくれ……ぬ、抜、けぇ……っ!!」
「……何かうるさい声がするっすね。おかしいっすね…ここにいるのは自分と、ご主人様だけなのに」
 藤堂は身を屈めると三毅の唇を唇で塞いだ。
「……ッ! んんんんッ」
「う、わ…」
 そっくりに似ているの男二人が、裸で絡み合って睦み合っている光景は奇妙で、異様で、禁忌的で……どうしようもなく興奮する。
 智明の陰茎は下着の中で痛烈な疼きでもって膨らんでいたが、それを今どうにかしようとは思えなかった。
 目の前にあるスペクタクルに、自分が入りたいとは今は思わない。この絵画が自分の物であるということが何より重要で、そこに新たな色を乗せる必要は現時点では無い。そう感じていた。
 智明はズボンの中の痛みはそのままに任せて、とにかく鑑賞することに努めることに決めた。
「んぁ…ん、むう、んんん……っ!!」
 二人分の唾液と舌の肉が絡まる粘っこい音が聞こえている。
 藤堂の腰は貪るように上下に動いていたが、その激しさに紛れて、三毅の腰も僅かながら浮き上がっていると智明は気が付いた。
「っふ……ん、ちゅ…ん、ぐ、んむぅ……ぶはっ」
 唇同士が離れたが、下に向かって弧を描いた粘り気のある白い線が繋がっていた。
 二人して口の周りはべとべとで、額の辺りは汗だくで、それはとても艶めかしい眺めだった。
「ご主人様ぁ…自分、きもちいい、っすぅ……」
 自分のことを言われて、智明はふと我に返る。
 そう、これは藤堂のオナニーなのだ。
 自分が藤堂に、そう思ってしろと命じたことだ。
 今の官能的なキスも、親愛の情からやったことではなく、ただうるさかったから口を塞いだというだけのこと。
 そして三毅は、藤堂にこんな風にダッチワイフ扱いされていることを、受け入れているようにしか見えなかった。
 俺は一体、何を作り出したんだ?
 智明は不意に、恐ろしくなる。
「あぁ……ああっ、んッ! ご主人、様…ッ! ごしゅ…じん、さまぁ……! あぅ、はぁああっ、も、らめ、っす…! イク…ッ!!」
 藤堂は自分のペニスを擦りつつ智明を呼び続け、そして絶頂を迎えた。
「ん……うあ…ッ、ひゃう……」
 藤堂の腰が小刻みに震える。白濁した濃い液体が藤堂の先端から飛び出し、三毅の腹に向かって降下していく。
「ふっ……ぁあああっ、あぁ、あ、き…ッ! うぉ…あぁああ!!」
 その直後、三毅の呻きも大きくなる。びくりと体を揺れ動かせて、息を詰まらせて……射精していた。
 三毅の力が抜けて、浮いていた腰を床に落とすと、同時にぐったりした物が抜けていく。
 物置の中に漫然と漂う、雄の臭い。
「はぁ、はあ……」
 立ち上がれずにいる藤堂に、智明は近付いていった。
「藤堂……お疲れ様。最高だった。やっぱりお前が、一番可愛いよ」
「ごっ…ご主人様……あ、あ、ありがとうございます……こ、こんなで、よかったっす…か?」
「あぁ。凄く良かったぞ?」
 智明は藤堂の頭を軽く撫でた。汗にまみれて少し濡れていた。
「ありがとうございます…自分、嬉しいっす……」
 目に涙を溜めている藤堂の顔を見て、そんな姿もまた可愛くて愛しいと智明は思う。
「じゃ、こいつは一応また繋いどいてくれ。片付けたらシャワーでも浴びてこいよな」
「あ、はいっ、わかったっす!」
 そう命ずると、智明は物置を後にした。

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